81 閑話:悪くない仕事

◆◆



 普段お嬢様が魔道具の開発をされる仕事部屋でのこと。


「オーバン先生やみんなの言うことも一理あるけど、でもそれじゃあ使う時に不便だって言っているんです! 使う人のことをもっと考えないと!」


 お嬢様の、どうして分かってくれないんだって、訴えかける声が大きく響く。


 ……また、始まった。


 声音はまだ幼く高いのに、そこに込められた信念や情熱は大人顔負けだ。


「しかし実際に使うのは使用人達じゃろう? そこまで考えずとも、使わせれば良いではないか」

「そうですよ。使用人にとってはそれも仕事だと思います」

「手に入れれば絶対に自慢したくなりますから、特に貴族のご夫人、ご令嬢ともなれば、見栄とプライドのため、絶対に使い勝手より見栄えの方を重視しますって」

「せっかく性能が素晴らしいのに、見た目で損をしたら販売数に影響しますよ」


 しかしバロー卿、そして他に九人いる魔道具師も職人もまた、それぞれの熱意や主張があり、お嬢様の意見と真っ向ぶつかり合う。


 こういうときは大抵、お嬢様vs他の十人になりがちだ。


 なぜなら、こういうときのお嬢様の発想の基となっている考えが、天才魔道具師とうたわれるバロー卿をして、一言二言では理解出来ないほどに斬新であったり、慣習や常識と掛け離れていたりするからに他ならない。


 わたしはいつも、その光景を不思議に思いながら眺める。


 公爵令嬢であるまだ幼いお嬢様と、一代限りとはいえ男爵位を持つ老齢のバロー卿と、平民でしかも出身も年齢もバラバラの魔道具師や職人達。

 身分はおろか年齢もこれだけ違うのに、それぞれが意見を主張する時は、お互いに一切の遠慮がない。

 貴族の中には、対等に口を利くことはおろか意見を述べることすら許さない者もいると言うのに。


 それなのに、むしろお嬢様はそれこそを望んでいる。


 忌憚のない意見。

 自由な発想。


 それがぶつかり合ってこそ新たな発想や正解が生まれる、そう考えているからだ。


 これがたった六歳の女の子の考えで信念だと言うのだから……。

 バロー卿がお嬢様を愛で、褒め、時にからかうように口にする、『天才幼女』の二つ名は伊達ではないと思う。


「分かりました。では実証実験をしてみましょう。アラベル、ここ、ここに座って」

「は? はい、お嬢様」


 お嬢様がちょっと怖い顔で、また難しい言葉を使いながらわたしに指示を出した。

 皆、怖いくらい真剣な表情なので、緊張で思わず背筋が伸びる。


「あ、お嬢様、それはあたしが」


 お嬢様がわたしに指示しながら自分で椅子をガタガタと動かしたので、エマが慌てて椅子を受け取ると、お嬢様が指定する場所、わたしの前へと持ってきた。


 お嬢様はこういうときいつも、使用人や護衛に指示してさせるのではなく、さっさと自分でやってしまおうとする。

 おかげで、周りにいるわたしやエマがいつも慌てることになるから、少しは自重して欲しい。


 こういうところもお嬢様の公爵令嬢らしくないところだ。

 でも……だからこそ他の人とは違う発想が生まれるのだろうか?


 お嬢様の指示通りわたしが椅子に座ると、同じくお嬢様の指示でエマがわたしの背後に立った。


 エマは、良く言えばお嬢様を溺愛している上に心酔しているので、こういうときはなんら疑問を差し挟まずに言われたとおりにテキパキと動く。

 それは使用人として正しい姿だと思う。


 だけどその反面、突拍子もないことを言ったりやったりするお嬢様相手にそれでいいのかと、時々ちょっと心配だ。


「じゃあエマ、これを持って」


 お嬢様がエマに手渡したのは、取っ手と筒がくっついたL字型の、試作品の魔道具の本体だ。

 バロー卿他九人の好奇と険しい視線がそれに注がれる。


「エマは、アラベルの髪がお風呂上がりで濡れていると思って、この前の実験で見せたみたいに、ここ、この筒の先から温かい空気が勢いよく出るところを想像しながら髪を乾かしてみて」

「はい、お嬢様」


 エマの宣言の後、部屋がしんと静まり返った。

 エマは後ろにいるから、何をやっているのか分からない。


 少しの不安と、わたしも何かしらリアクションをした方がいいのだろうかと戸惑いを感じていると、またしてもお嬢様のあれ・・が始まった。


「エマ、『ブォー』って言いながらやって」

「ぶ、ぶぉ~? ですか?」

「うん、『ブォー』って温風が出ている雰囲気を出しながら、『ブォー』って」


 まるで当たり前のような顔をして言うけれど、果たしてそれになんの意味があるのだろう?

 この前の実験では、そんな音は出ていなかったと言うのに。

 お嬢様は、時々こういうよく分からないことを言い出すときがあるから困る。


「わ、分かりました、ぶ、ぶぉ~……ぶぉ~……」


 そこはエマだけあって、疑問を差し挟まずにお嬢様の指示通りにやるけど、さすがにちょっと恥ずかしそうだ。

 みんなの注目を集めながらのそれは、恐らく顔が赤くなっているに違いない。


「ぶ、ぶぉ~……ぶぉ~…………ふぅ……」


 だけど、エマの『ぶぉ~』は十数秒程で終わってしまった。

 たったこれだけの時間では髪は乾かないだろう。

 恥ずかしさが限界にきたのだろうか?


「どうしたね、エマ君。何故やめてしまったんじゃ?」


 バロー卿のきつい視線の問いに、エマがわずかに怯んだ気配が伝わってきた。


「いえ、その……申し訳ありません、腕が疲れてしまって」


 申し訳なさそうなエマの謝罪。


 途端、お嬢様が半分勝ち誇り、背伸びをしながら食いつかんばかりにバロー卿を見上げた。


「ほら! ほら! やっぱり重すぎるんです!」

「ううむ……」


 バロー卿が弱ったように唸り、他の魔道具師や職人達も同様に顔を見合わせた。


 お嬢様は自身の正しさが証明され、得意げに腰に手を当てて胸を反らす。

 しかしすぐに真剣な、六歳とは思えない大人びた魔道具師としての顔になった。


「ドライヤーのターゲットがいくら貴族の女性と言っても、実際に使うのは細腕のメイドや侍女なんです。貴族向けだからって金、銀、宝石で飾り付けたら、今のエマみたいにすぐに腕が疲れてしまって、とても実用には耐えられません。しかもまだ、魔法陣も魔石も変更機構も組み込んでいない状態でですよ?」

「いや、しかし、軽量化のためとはいえ、木を使えば安っぽくなってしまうじゃろう」

「そうだな。空調機は動作の関係上、軽量化が必要のため、ある程度妥協したが」


 バロー卿のみならず、他の魔道具師や職人達の言うことは、決して的外れではないと思う。

 安っぽく見栄えが悪ければ、それがどれだけ良い品でも貴族女性は手に取らない。


 しかし、それほどに扱いづらい物なのか?


「エマ、貸して貰ってもいいだろうか?」

「はいアラベル様、どうぞ」


 両手で重たそうに手渡してきた『どらいやー』を片手で受け取って――


「むっ?」


 ――想像以上にずっしりとくる。


 金と銀で出来て宝石を飾り付けられた『どらいやー』は、まるで鈍器のようだ。


「アラベル、どう思う?」

「さすがにこれは重すぎでしょう。わたしは片手で剣を振り慣れているので平気ですが、普通のメイドや侍女には辛いかと。まかり間違って足の上にでも落とせば、骨折など大怪我をするかも知れません」

「ほら、アラベルもこう言ってます! 材質変更! これは決定です!」


 お嬢様の一声に、バロー卿も他の魔道具師も職人も、渋々頷いた。


 これもいつものこと。

 こうして対立した場合、大抵はお嬢様の主張が通る。


 でも、それが分かっていても意見を戦わせるのは、皆、職人としての誇りがあるからなのだろうな。


「お嬢様、どうしても木製にこだわるのでしたら、真鍮でメッキでもしてみますか?」

「キラキラ眩しくて落ち着かないけど……いいわ、それで試作してみましょう」


 どうやら方向性は決まったらしい。


 お嬢様が議論する真剣な横顔を眺めていて、ふと思う。


 わたしの仕事はお嬢様の護衛だ。

 お嬢様の剣となり盾となり、命に代えてでもお守りすることが求められている。


 でも、今のこれは決して護衛の仕事ではない。

 夢見て思い描いていた女騎士の姿とは、かなりズレがある。


 そう、ズレがあるけど……。


「アラベルも貴族女性の代表として、今みたいに遠慮なくどんどん意見を出してね」


 わたしを信頼してくれている、眩しく愛らしい笑顔。

 こんな仕事も、悪くない、な。






――――――――――


 ここまでお読み戴きありがとうございます。

 また、レビュー、応援、コメントなどありがとうございます、とても励みになっています。

 続きは鋭意執筆中です。


 次回の82の投稿開始は、来年の一月九日月曜日を予定しています。

 その後はまた、今回と同程度のエピソード数を毎日投稿予定です。

 是非、続きを楽しみにお待ち下さい。


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