73 賢雅会の特許利権貴族達の誤算

◆◆◆



 数ヶ月が経ち、御用商人に命じた横紙破りの方法でようやくマリエットローズ式ランプを手に入れたエセールーズ侯爵だが、それで苛立ちが解消されることはなかった。

 むしろ倍増したと言ってもいい。


「こ、このような他に類を見ない斬新かつ前衛的なデザイン、果たしてどのようなテーマやコンセプトが根底にあり生み出された物なのか、皆目見当が付かず……」

「かといって、それらを理解しないままただ見た目を模倣したところで、それはあからさまに劣った贋作にしかなりません。そのような物では、目の肥えたご婦人方の心を掴むことはとてもとても……」


「これらの機構はあまりにもシンプルかつ一切の無駄を排した芸術的な機構で、動作を含めて単純故に、これ以上手を加えられる箇所が見当たりません。改良するなど、とてもではありませんが……」


「それ以前に、魔法陣をパーツごとに分解する技術、分解した魔法陣を接触させて魔法陣を再構築する技術、パーツを入れ替えて別の魔法陣を構築する技術、そのためにアームを使う技術、ボタン一つでそれら複雑なアーム操作をする技術、などなど、多岐に渡り細かな技術に分けて特許登録されているのです」

「つまり、『マリエットローズ式』とされた三つの『変更機構』は、それら技術の集大成としての特許なのです」


「真似をした段階で最低でも、魔法陣をパーツごとに分解する技術、分解した魔法陣を接触させて魔法陣を再構築する技術、パーツを入れ替えて別の魔法陣を構築する技術、これらの特許を必ず使用することとなり、特許使用料が発生します」

「このような特許の取得の仕方があろうとは……これを考えた者は天才です」


「ですから余計な手を加えればコスト増を招く上、まず間違いなく劣化した模倣品にしかならず、そのような物で特許を取得したところで誰も使おうとしないかと……」


 など、お抱えの職人、魔道具師、その全員が雁首並べて、白旗を揚げていたからだ。


 複数の機能を一つにまとめながらもシンプルに、コンパクトに、ユーザーフレンドリーに。

 それら物作り大国日本の精神が息づいているマリエットローズを前にしては、時代の最先端を走る一流の物作り職人ですら、文字通り時代錯誤の前時代的な発想しか生み出せないのである。

 七百年近い技術革新の壁は厚く、何十人集まり知恵を絞ろうと壁を越え追いつけようはずがなかった。


「そこをなんとかするのが貴様らの仕事だろう!!」


 怒声と共に拳を執務机へドゴンと乱暴に叩き付ける音が大きく響いて、職人と魔道具師達は身を小さくして震え上がる。


「ならば多少見た目を変えるだけでいい! それでエセールーズ式として組み込み特許を取れ!」

「いくらなんでもそれは……」

「ゼンボルグ公爵家から必ず訴えられ、裁判ともなれば絶対に負けます。ゼンボルグ公爵家が買った罰則による罰金は途方もなく……」

「そのようなもの無視して踏み倒せばいい!」

「そ、そのようなことをしては特許法が有名無実化し、法を作った閣下ご自身が守らぬのならと、閣下の特許を侵害し罰金を踏み倒す者達が横行してしまいます」

「ぐぬぬ、おのれ……!」


 特許に関する法律を作ったのは『賢雅会』の特許利権貴族達だ。

 当然、その一員であるエセールーズ侯爵も関わり知恵を出している。


 自分達が作った法律なのだから、その法律を好き勝手無視するのは自分達の特権とも考えていた。

 その上、ちゃんと抜け穴も用意してある。

 それらを最大限に利用して、これまで財を成してきたのだ。


 しかしゼンボルグ公爵家は、堂々と法に則って特許を申請して登録し、魔道具を販売していた。

 つまり、自ら『賢雅会』の土俵に上がり、真正面から喧嘩を売ってきたのである。


 これが抜け穴を利用したり、ましてや法を無視しての真似であれば、いくらでも叩き潰せた。

 しかし、自分達が設定したルールに従われてしまえば、打てる手が極端に減ってしまうのである。


 それこそ弱小貴族や平民相手なら、違法行為だろうが構わず行ってきた。

 しかし、どれほど田舎者の貧乏人だろうと、公爵家相手では迂闊な真似は出来ない。

 ましてやゼンボルグ公爵派は結束が固く、下手につつけば予期せぬ大事になり、自分達の首を絞める可能性すらあった。


 故に、現状打てる手は、素直にマリエットローズ式の変更機構を使用して特許使用料を支払い、市場を独占させないこと。そして、これ以上それらを組み込んだ魔道具の特許をゼンボルグ公爵家に奪われないことしかなかった。


 そして時間をかけて、全く新しいエセールーズ式の開発を行うしかないのである。


「とにかく急いで組み込み、特許をこれ以上田舎者の貧乏人ゼンボルグ公爵ごときに取らせるな!」

「「「「「はっ!」」」」」



 そうして大至急、特許登録の用意を済ませたエセールーズ侯爵は、先行して生産体制を整えていたマリエットローズ式の変更機構を組み込んだ新たなランプの、生産開始の指示を各所に出し、そのまま書類を携え自ら特許庁へと出向いていた。


 あれから、特許庁の役人から田舎者の貧乏人ゼンボルグ公爵が新たな特許を登録したとの報告がなかったため、機先を制して競争に勝利したのだと安堵したく、部下に任せず自ら出向いてきたのだった。


「む、ブレイスト伯爵……」

「なんと、エセールーズ侯爵か。これは奇遇だな」


 特許庁の玄関前へ横付けにした馬車から降りれば、侍従と護衛を従えたブレイスト伯爵と偶然にも出くわすことになった。


「エセールーズ侯爵も、例の物を組み込んだ魔道具の登録に来たのか?」

「ブレイスト伯爵もか」

「ディジェー子爵とマルゼー侯爵はまだのようだが、恐らく数日と空けず登録に来るだろう」


 二人はどちらからともなく、登録のために事務室へと向かう。

 それ以上長々と挨拶や話をしなかったのは、どちらとも気が急いていたからだろう。


 そして、事務室へと入り――


「なっ!?」

「なにっ!?」


 ――そこにいた人物に大きな声を上げていた。


「おや? これはこれは、エセールーズ侯爵、ブレイスト伯爵。二人が連れ立ってとはまた珍しい」

「ゼンボルグ公爵……!」


 ブレイスト伯爵が苦い顔で、その人物の名を口にする。

 一歩遅かったのだと悟ったからだ。


 その証拠に、『賢雅会』の特許利権貴族の息が掛かっている役人達全員が真っ青な顔をして、黙々と、そして粛々と、特許の登録作業を行っていた。


 それもそのはず。

 ゼンボルグ公爵の侍従と、数人の護衛の騎士達が周囲と出入り口に目を光らせ、一切の不正および役人の入退室を許さなかったからだ。


「ぐぬぬ、おのれ……!」


 ゼンボルグ公爵は紳士的な態度を崩さず、歯がみするエセールーズ侯爵とブレイスト伯爵に微笑みかける。

 しかしそれは、エセールーズ侯爵とブレイスト伯爵にとって、あからさまな挑発と揶揄、そして『賢雅会』への宣戦布告にしか見えなかった。


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