74 ゼンボルグ公爵vs賢雅会の特許利権貴族達 1

◆◆◆



「何をもたついている。己の職務を迅速にこなせ」


 静まり返った特許庁の事務室に、ゼンボルグ公爵リシャール・ジエンドの落ち着いた語り口の、しかし冷徹な声がやけに大きく響いた。


 書類をめくり、羽ペンで書き込む、その微かな音すらやけに大きく聞こえるほどに、事務室は静まり返っている。

 特許庁の役人達は目を伏せ息を潜めて、リシャールとその護衛の騎士達が自分達へと向ける監視の視線から逃れることはおろか、ろくな抵抗すらままならず、特許の登録作業を黙々と進めていた。


 本来であれば特許の登録にはそれなりに時間が掛かる。


 過去に登録された特許に同様の物がないか。

 他者の――つまりは主に特許利権貴族達の――特許を侵害していないか。


 それらを精査する時間が必要だからだ。


 それは法で定められた知的財産を保護するための正規の手続きであり、特許利権貴族達が特許を横取りするために書類を確認する時間を作るためでもあった。


 しかし、役人達はその作業を飛ばして、迅速に登録作業を行うしかなかった。

 なぜなら、リシャールが持ち込んだ魔道具は全てマリエットローズ式の変更機構が組み込まれており、他者の特許の侵害をしようがないからだ。


 さらにマリエットローズ式ランプを登録した時と同様、事務室の出入り口は全て騎士達に塞がれており、特許利権貴族達に知らせに走ることも出来なかった。


 そんな役人達の考えていることなど手に取るように分かるからこそ、リシャールは眼光鋭く役人達を威圧し、登録作業を進めさせる。


 役人達がリシャールを恐れてであれ故意であれ、どれだけもたつこうと、監視されていては登録作業を進めるしかない。


 やがて、ほとんどの書類の登録が終わり、もう残すは最後の一枚となった時だった。

 事務室の外がわずかに騒がしくなり、程なく、事務室に入ってくる者達がいた。


「なっ!?」

「なにっ!?」


 その者達は入室するなり、リシャールの存在に気付いて、目を見開く。

 リシャールも振り返り、勝ちを確信して微笑みを浮かべた。


「おや? これはこれは、エセールーズ侯爵、ブレイスト伯爵。二人が連れ立ってとはまた珍しい」

「ゼンボルグ公爵……!」


 歯がみする賢雅会の特許利権貴族のエセールーズ侯爵とブレイスト伯爵に、リシャールは笑みを深くする。


 ここで、しかもこのタイミングでこの二人と遭遇するのは想定外だった。

 しかし、彼らの目的を正確に見抜き、予想していたよりも随分と遅い対応に、ゲームの盤面が自分にとって、そして愛娘のマリエットローズにとって圧倒的に有利に展開していることを悟り、笑みをこぼさずにはいられなかったのだ。


 ただそれだけで、怒り心頭のエセールーズ侯爵と、苦虫を噛み潰したような顔をするブレイスト伯爵。

 それは、自らの不利を悟った故だった。


「何を登録しようと――!?」

「申し訳ありません侯爵閣下」


 自分達が現れても登録作業を止めようとしない役人達に、さらに怒りのボルテージを上げて詰め寄ろうとしたエセールーズ侯爵の前に、リシャールの護衛の騎士の一人が立ちはだかる。


「それ以上近づかれては、登録中の書類が閣下のお目に留まってしまいます。それはお立場的に非常に不味いのではありませんか?」


 口調こそ穏やかに諭すものだが、その目は『盗み見て特許を盗むつもりか』と責めていた。

 たかが騎士風情がと、血管が切れそうになるエセールーズ侯爵だが、その一方で、冷静な部分が怒鳴り散らすことをよしとしなかった。


 この場でそのような嫌疑をかけられては、その嫌疑を晴らすための調査を口実に、過去の行為まで白日の下にさらされてしまいかねないのだ。

 一瞬で、これが自分達を陥れるための罠、そのための挑発だと看破して、鬼のような形相になりながらも、理性を総動員して足を止める。


 当然、リシャールにも護衛の騎士達にもそのような意図はなかった。

 ただ、あと少し、最後の一枚の登録が終わるまで、大人しくしていて欲しかっただけだ。

 本気でそのような罠に嵌めるつもりであれば、止めずに見逃し、書類を目にしたところで咎め立てすればいいのだから。


 しかし、いつ領土を奪還する戦争を仕掛けてくるやも知れないとゼンボルグ公爵を警戒し続けてきたエセールーズ侯爵には、それが事実で全てだった。

 当然、勝手な被害妄想でしかないのだが。


 そうして程なく、役人のペンを走らせる音が止まり、最後の一枚の登録が完了した。


「どうやら全ての特許登録が今、終わったようだ」


 その書類を受け取って、不備がないか改めるリシャール。

 エセールーズ侯爵とブレイスト伯爵とは決して目を合わせないように俯く役人達。


「ああ、問題ないようだ。ご苦労だった」


 リシャールは満足げに頷くと、登録者控えの書類を手に、特許庁で保管する書類だけを役人へと返した。


 その罠すらも時間稼ぎでしかなかったと、勝手に勘違いし怒りで卒倒しそうになりながら、下がった護衛の騎士の横を抜けてエセールーズ侯爵が役人へと詰め寄る。


「見せろ!」


 ひったくるようにして登録が済んだ書類を手にして、まずその量の多さに顎が外れんばかりに驚愕する。


「なんだこの多さは……!」


 同様に詰め寄ったブレイスト伯爵もまた、目を見開く。


 せいぜい、一つか、二つか。

 多くとも四つも新たに登録するのは無理だろう。

 そう高をくくっていた。


 しかし、その予想を遙かに上回る、三十枚にも登る数だったのだ。


「なん……だと!?」

「なんだ……なんなんだこの魔道具は!?」


 そして、書類に目を通して、さらなる衝撃に驚愕の声を上げずにはいられなかった。

 そこに記されていたのは、予想していたような送風機、保冷箱、暖炉などの簡単な魔道具にマリエットローズ式の変更機構を組み込んだような、ちゃちな魔道具とはわけが違った。


 それは、送風、冷風、温風対応の、自動首振り機能付きの空調機。

 それも、持ち運びが楽な卓上用、壁設置型、ダンスホールなどの広い部屋に合わせた大出力型などの、小型から大型まで用途に合わせた各種。


 さらに冷凍庫併設の冷蔵庫。

 それもやはり、小型から大型までの、個人の部屋からお屋敷の厨房、料理店の業務用、果ては倉庫用の超大型に至るまでの各種。


 そしてトーチや暖炉、火を使った調理器具ではなかったものの、火を使わずに熱量調整可能で安全な調理器具であるコンロ。

 それも当然、持ち運びが楽な卓上用から、屋敷や料理店の厨房に設置できる業務用に至るまでの各種。


 これに加えてドライヤーと言う、一瞬でご婦人方の心を鷲掴みにするだろう、前代未聞の魔道具まであった。


 四種類同時にと言うだけでも驚愕だが、実に二十タイプ以上にも及ぶ、類似品が一切存在しない魔道具を一気に登録していたのである。


 しかも、先を越されたと歯がみした、自分達が持ち込もうとした魔道具と同じ物が、まるで今更その程度の魔道具など登録する価値などないと言わんばかりに、その中には含まれていなかった。


 さらにそれらの登録者の名前が、まだたった六歳の令嬢、マリエットローズ・ジエンドとなっていたのだ。


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