44 海図を検証する
さて、ジョルジュ君はまた固まってしまったけど、子供同士の交流が成功したところで、そろそろ帆船に乗せて貰った今回の本当の目的について調査していこうと思う。
エマと手を繋いだまま、船長さんの所に行く。
シャット伯爵の側に立って、大人同士の話し合いに加わっているけど、船長さんは平民らしいから、貴族のお父様達の会話に勝手に口を挟むことは出来ない。
意見や説明を求められるまでは、黙って立っていないといけないわけね。
だから船長さんが説明を終えて、次の意見や説明を求められるまでのその隙に、船長さんの袖を引いて私に気付いて貰うと、一つお願いをしてみた。
「船長さん、海図を見せてもらえませんか?」
「お嬢様、海図とはまた難しい言葉をご存じですね。ですが申し訳ありません。海図はとても大切な物なので、おいそれと人に見せるわけにはいかないのです」
私が公爵令嬢だからか、子供だからと邪険にしたり適当な説明で誤魔化したりしないで、丁寧に断る理由を説明してくれる。
とても好感が持てるわ。
地図は軍事機密として、とても厳重に管理されている。
万が一、敵の手に渡ってしまうと、こちらの地形および町や拠点を把握されて戦争の時に適切な作戦を立てられてしまい、地の利を失ってしまうから。
だから、たとえそれが公爵令嬢であっても、物の道理がよく分かっていない子供だったとしても、おいそれと見せられなくて当然。
船長さんの対応は実に正しい。
「でも、そこをなんとかお願いできませんか?」
「う~ん、そう言われましても……」
と、ここで嬉しいことに、お父様から助け船が。
「船長、私からも頼む。マリーに海図を見せてやってくれないか。きっと何か考えがあってのことだろう」
「考えがあってのこと、ですか?」
五歳児が何を考えて海図を見たがるのか、想像も出来ないって顔ね。
厳つい髭面が歪んで睨んでいるみたいに怖いけど、声音からすると、単に困惑しているだけみたい。
「船長、構わない。マリエットローズ様なら大丈夫。見せて差し上げてくれ」
ここでシャット伯爵からも助け船を出して貰えた。
大事なお客様の公爵と、雇い主の伯爵からそう言われてしまったら、船長も断り切れなかったらしい。
「分かりました。おい、誰か海図を持って来てくれ」
「へい、船長!」
若い船員さんが船内に走って行って、海図を取ってきてくれる。
「どうぞ」
船長は手渡された地図をよく見えるように、私の隣にしゃがんで視線を合わせて見せてくれた。
見た目に反して、とっても優しい船長さんだ。
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言って、海図を眺める。
「やっぱり……」
思わず、そう小さく独りごちてしまった。
だって、色分けされているわけでもないし、うねうねとした線と、いくつもの蛇行した矢印と、町の名前や地名とおぼしき文字がいくつも書き込んであって、ぱっと見ただけでは、何が何やらだから。
船長が気を利かせて、地図上の一点を指さす。
「ここが先ほどの港町です」
言われてよく見れば、そこにはシャルリードと書き込んであった。
そこでようやく、うねうねとした線が目の前の海岸線を表していることが分かった。
蛇行する矢印は、海流かも知れない。
予想はしていたけど、実際に目にしたら想像以上だった。
そう、想像以上に分かりにくい。
海図はそういう情報は書き込まれているけど、経度と緯度が分かる経線と緯線は書き込まれていない。
もっと言うなら、こっちが地図上の北だと分かるための
それらは、もう少し後の時代にならないと書き込まれるようにならないのよね。
だから地図としては、ぱっと見でどっちが北か分からないし、縮尺も不明で、色分けもないから海岸線のどちら側が陸で海かの判断も付かないし、とても見にくい。
しかもだ。
地図として最大かつ致命的な欠陥が他にある。
「ここは?」
私が地図上の一点、シャルリードから西にある岬を指さす。
「ここはあの岬です」
船長が実際に船の進行方向にある岬を指さしてくれた。
「こっちは?」
次はシャルリードから東にある岬を指さす。
「ここはあっちの岬ですね」
船長が船尾方向に遠く見える岬を指さしてくれた。
地図にはシャルリードと二つの岬が書かれている。
だからこの地図と地形を比較すれば、ここがどこなのかちゃんと分かる……とは、とてもではないけど言えない。
だって。
「じっさいには港からあの岬の方が近くて、あっちの岬の方が遠いのに、海図だと、あの岬の方が遠くて、あっちの岬の方が近く見えます」
そう、実際の地形と地図の地形とが一致していないのよ!
「ははは、実はそうなんですよ」
船長が困ったように笑う。
あの、そこは笑うところではないと思うのだけど?
だってこんな地図を使っていたら、遭難したらすぐに自分の位置を見失ってしまいそうじゃない。
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