32 船員育成学校開校式
開校に合わせて、お父様と私は再びシャット伯爵領の港町シャルリードへとやってきた。
学校の場所は、倉庫街の端っこにある倉庫を改装した建物。
その中に、一期生になる貧民の子供達がおよそ三十人ほど並んでいた。
年の頃は、本当に下は三歳くらいから、上は十四歳か十六歳か、そのくらいまで。
普段はここで勉強したり、小舟で操船の練習をしたり、釣りや漁に出たりして、船乗りとして学びながら、空き時間には補習を受けたり荷運びの人足の仕事をしたりと、生活していくことになっている。
加えて、寮母さんや料理人、掃除や洗濯などの雑用係をしてくれる奥さん達。
さらに、その他力仕事などの下働きをしてくれる、年を取って漁に出なくなったお爺さん達や、怪我が原因で漁に出られなくなった男の人達。
そんな大人の人達も十人、子供達の後ろに並んでいた。
そして、教師役の退役軍人が四人。
総勢、四十人ちょっと。
これがこのシャルリードで開校する船員育成学校の船出を飾る初期メンバーだ。
ちなみに、コロンブスが新大陸へ向かう時に乗ったキャラック船のサンタ・マリア号、僚船であるキャラベル船のニーニャ号とピンタ号の乗員は、三隻合わせて九十人とも百二十人とも言われている。
つまり、二十メートル強の帆船の乗組員は、一隻につき三十から四十人くらい必要と言うことになるわ。
もっともこれは上陸して探検するための船員を含めての数だから、純粋に操船するのに必要な船員の数なら、恐らく二十人くらいだったと思う。
対して、全長がその三倍から四倍にもなるカティサークの乗員は、たった二十八人。
ウインチその他、様々に近代化されて操船に人員を割かなくて済むようになっているから、たったそれだけの人数でも操船出来たわけね。
だとしても、ここに集まった子供達を全員船員として雇えたとしても、たった一隻しか運行できない。
新大陸を探検する上陸部隊のことも考えると、全然足りていないわ。
そもそも、アグリカ大陸と往復するにしても、新大陸を目指すにしても、船団を組む必要があるから、他の領地の生徒達を合わせても全然足りないのよ。
だから、彼らには是非頑張って、後に続く子供達の希望になって欲しい。
周りを見ながらそんなことを考えていると、シャット伯爵がキリリとした顔で演壇に上がる。
「ではこれより、船員育成学校の開校式を始める」
シャット伯爵の重々しく畏まった言葉で、いよいよ開校式が始まった。
まず、この港町の領主であるシャット伯爵の挨拶を兼ねた演説。
改めて船員育成学校の表向きの意義を説明されているんだけど、お父様や私を意識しているのか、貴族的に優雅にかつ古式ゆかしく、言い回しが難しくてお堅い。
果たしてこの場の何人が理解しているのか、ちょっと分からないわね。
多分、大人も子供も、さっぱり分かっていないんじゃないかしら。
続けて、教師陣の紹介と挨拶。
年齢を理由に退役したとは言え、元海軍の軍人だからビシッとしていて怖くて、小さい子達の中には泣きそうな子もいた。
ニコニコと愛想良くしてとは言わないけど、相手が貧民の子供達と言うのを忘れないで欲しい。
そして最後に、お父様の演説。
「――今後の我がゼンボルグ公爵領における海運の発展は、君達の頑張りに掛かっている。心して努力して欲しい」
さすがお父様、立派な演説だったわ。
でもやっぱり、お堅くて、ちょっと難しかったかな。
事前に私が、子供達相手だからお話は長くならないように分かりやすくとお願いしていたけど、シャット伯爵と教師陣のお話が難解で長くて、もうすでに飽きてちゃんと聞いていない子供達ばかりだった。
でもまあ、お偉いさんのお話なんて、こんなものかも知れないわね。
「では最後に、今回の船員育成学校を発案した我が娘より、一言君達に言葉を贈ろう」
「え? わたし!?」
聞いてないんだけど!?
私が発案したってお父様の言葉で、大人も子供も、みんな驚きに目を丸くして、私に注目が集まってしまった。
お父様に手招きされたから、場の空気に逆らえず演壇に上がるけど……突然過ぎて、話すことなんて何も思い付かないわよ!?
思わずみんなを見回して……あ、あの子達は、ジャン達だ。
ジャンが私を見て驚きに目を丸くしている。
他の子達は、意味が分かっているのかいないのか、知った顔の私を見て、笑顔を見せたり手を振ったりしてくれているけど。
側にいる、十歳以上の子供達が、ジャン達が言っていたリーダー達ね。
彼らも心底ビックリしたって顔をしている。
「えっと……その……」
ともかく、いつまでも壇上でわたわたしていられないし、気の利いた挨拶なんて何も思い付かないから、ぱっと真っ先に思い付いたことを口にする。
「いっぱいお勉強して、りっぱに働いて、お腹いっぱい食べられるよう、がんばってください」
……我ながら、もうちょっと気の利いたことを思い付けないものかしら。
でも、一瞬の静寂の後、驚いて思わずみんなを見回してしまった。
だって、拍手が沸き起こったから。
「さすがマリーだ」
横でお父様が苦笑している。
シャット伯爵やお父様の演説の後は、拍手なんてなかったものね。
彼らにとっては、今一番大事なのはそのことだっただろうし、私もまず最初の目的はそれだったから、彼らに受け入れられたのかな?
そう思っておこう。
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