30 船と港の視察 本番 3

 お父様は、自分が出て行くとシャット伯爵の顔を潰してしまうし、棟梁を始めとした船大工の人達を威圧して萎縮させてしまい、余計に仕事を引き受けない流れになってしまうと思っているのか、動かない。


 私なら、計画の発案者として、ギリギリ、シャット伯爵の面目を保ったまま、話が出来ないかな?


 すすっと、言い争う二人の間に立つように、側に行く。

 真っ先に私に気付いたシャット伯爵が、恐縮してすぐさま頭を下げた。


「マリエットローズ様、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」

「いいえ」


 私は全然気にしていませんよって、微笑みながら小さく首を横に振る。


「お嬢ちゃんは?」


 棟梁はそんなシャット伯爵と見比べて、困惑した顔を私に向けた。

 そこに、ガキはすっこんでろ、みたいな態度は欠片もない。


 やっぱり、全然悪い人じゃないみたい。


「お初にお目にかかります、ゼンボルグ公爵令嬢マリエットローズ・ジエンドです」

「あ~、そいつはまた……」


 棟梁は私を見て、助けを求めるようにお父様を見て、弱った顔をする。


 でもお父様は私を止めない。

 私のお手並み拝見、と言うつもりかも知れないわね。


 好都合だから、そのまま私が話の主導権を握らせて貰おう。


「お話を聞かせていただきましたが、とうりょうは、自分たちではあの大型船を絶対に作れないとは言っていませんね?」

「そいつは、なあ……」


 子供になんて説明したもんか。

 そんな風に困った顔をする。


 やっぱり否定しないから、絶対に作れないとは思っていないと思う。

 だったら後は、挑戦したいって思わせればいい。


「では、とうりょうも他のみなさんも目を閉じてそうぞうしてみて下さい。全長八十メートルを越える大きな帆船が、大西海の荒波を越えてしっそう疾走している姿を」


 目を閉じると、その姿が浮かんでくる。

 父や兄に見せられた写真のおかげで、その美しい姿が容易に想像出来る。


「三本のマストと十六枚にもなる横帆が風をはらみ、スリムな船体でさっそう颯爽と波を蹴立てていく。そして、他領、他国のけんぞうした船に追い付き、追い越し、置き去りにして、海を走って行くんです。ムキになって追いすがろうとしても、引きはなされる一方で勝負にすらならない。あっという間に置き去りにされた者たちは、その優美なフォルムの船体と、大きく美しくふくらむたくさんの帆に、あぜんとし、せんぼうと、しっとのまなざしを向けながらも、なすすべもなく見送ることしかできないんです。そんな者たちを尻目に、船をあやつる船員たちはみな、きっとほこらしげな笑顔でいっぱいでしょう」


 目を開けて、棟梁を見上げる。


「そんな船を、とうりょうが、みなさんが作るんです」


 そして、にっこりと微笑んだ。


「引き受けて、いただけませんか?」


 棟梁は目を丸くして私を見て……。


「がっはっはっはっは!!」


 突然天を仰いで大笑いした。

 思うさま笑った後、私を見下ろしてくる。


「いやはや参った。こんなちっこいお嬢ちゃんに焚き付けられちまうとはなぁ」

「では?」


 思わず期待の眼差しを向けた私に、棟梁が大きく頷いた。


「いいだろう、引き受けよう。そんなすごい船をお嬢ちゃんに見せてやりたくなったし、オレも見てみたくなった」

「ありがとうございます」

「なに、礼を言うのはこっちの方だ」


 棟梁は厳ついけど、ニカッと人好きする笑顔を見せて、他の船大工達の方を振り返った。


「そういうわけで手前ぇら! この仕事引き受けるぞ! このお嬢ちゃんの期待に応えてみせやがれ!」

「「「「「おうよっ!!」」」」」


 他の船大工達も、私の話を聞いて乗り気になってくれたのか、拳を突き上げて応えてくれた。

 ふぅ、これで一安心だ。


「さすがのお手並み、感服致しました」

「ありがとうございます。ですが、出しゃばってしまい、ごめんなさい」

「いえいえ、私めこそ力が足りず、お手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした。ですがこれできっと、素晴らしい船が完成することでしょう」

「はい」


 シャット伯爵の微笑みに、私も微笑む。

 それからお父様の所に戻って、同じように出しゃばったことを謝った。


「対外的に私が取り仕切っているが、この計画の実質的な責任者はマリーだ。マリーはその責務を果たしたに過ぎない。渋る者達を納得させるどころか、あれほどやる気にさせた手腕は見事だったよ」

「ありがとうございます、お父様」


 よかった、怒られなくて。


 そして決める。

 棟梁達を焚き付けたのは私なんだから、今後はお任せにしておくんじゃなくて、出来ることをやって、フォローしていかないとね。

 そのアイデアも、今浮かんだから。



 無事視察を終えた帰りの馬車の中。

 お父様に、そのアイデアについて説明する。


 話を聞いたお父様は、隣に座っていた私をわざわざ抱え上げて自分の膝に座らせると、感極まったようにギュッと強く抱き締めてきた。


「マリーは本当に天才だ……!」

「そ、そんなこと、ないですよ?」


 お父様の力が強くて、ちょっと苦しいくらい。


「私の娘が天才で天使で素晴らしすぎて、私は世界一幸せな父親だ」


 うん、感極まりすぎて、私の声も耳に入っていないみたい。

 こんなに喜ばれると、二十歳を過ぎてただの人になった時、がっかりさせないか心配になってくるレベルよ。


「至急手配しておこう。マリーも準備を頼む」


 ようやく満足したらしいお父様が、そう確約してくれる。


「はい、お父様」


 私も、気合いを入れて頑張ろう!


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