29 船と港の視察 本番 2

 港湾施設拡張の工事現場では、千人では済まない大勢の人足が働いていた。

 何しろこれまでの全長五倍もある大型船を複数停泊させられるだけの規模の港湾施設にしないといけないわけだから、それはもう大工事だ。


 その人足達の中には、大柄な大人の人に交じって、子供達も働いている。

 子供達と言っても、私やジャン達みたいな幼い子供じゃなくて、十歳前後くらいより年上の子供達だけど。


 他にも炊き出しや雑用で女の人達も大勢働いていて、私の発案でこれだけの人達を動員する大事になっているんだって思うと、内心ビビってしまったけど……。

 でも、インフラ整備だし、公共事業として考えれば、これだけ大勢の人達に賃金が支払われて生活を支えることになったわけだから、悪いことじゃない。


 ここからゼンボルグ公爵領が豊かになっていく。

 その第一歩だと思うと、高揚感すら覚える光景だ。


 シャット伯爵は、工事の進捗状況、今後の予定について、丁寧に説明してくれた。

 お父様と私はそれを聞きながら、主にお父様が色々と質問をして確認する。

 私にも確認や意見を求められると、前世の港湾施設のイメージを伝えて、目的とする港湾施設のイメージの共有と摺り合わせをした。


 お偉いさんの私達がいると、みんなこっちを気にして働きにくそうだったから、ある程度で切り上げて、次はここから少し離れた場所にある造船所へと馬車で向かう。


 造船所は、大きくても十数メートルの船が作れればいいから、それほど大きな施設じゃなかった。

 その造船所からさらに少し離れて、地元の人もろくに近づかないような海辺に、領兵達が物々しく警備をしているとても大きな真新しい建物があった。


「こちらが例の物の建造を行う大型ドックとなります」


 その大きさに、お父様だけじゃない、エマもアラベルも、護衛の騎士達も、みんな驚いて見上げている。

 私もワクワクしながら見上げた。


 何しろ全長八十六メートル、全幅十一メートル、マスト高十六メートル、積載時の喫水七メートルにもなる大型船を建造するための建物だから、既存のドックに比べて圧倒的に巨大だ。

 前世の現代風の造船所に比べたら、単なる大きな建物にしか見えないけど、この中でカティサークのような大型の快速帆船が建造されるんだって思うと、テンションが上がってくる。


 今なら私、父と兄の晩酌に付き合って、色々語れちゃいそう。


「中もご覧下さい」


 シャット伯爵の案内で大型ドックの中へと入る。


 と、何やら言い争う大きな声が聞こえてきた。

 見れば、文官らしい若い男の人と、荒くれ者みたいな船大工らしい人達とが、何事かを言い争っていた。


「何事だ」


 シャット伯爵の顔が一瞬で険しくなって、咎めるように声のトーンが低くなる。

 よりにもよって、お父様と私が視察するタイミングで揉め事を起こすなんてね。

 シャット伯爵としては、顔に泥を塗られた気分だろう。


「あっ、閣下……!!」


 文官がほっとしたように振り返って、シャット伯爵だけじゃない、お父様と私も一緒なのに気付いて、途端に顔を強ばらせてピンと背筋を伸ばすと、ガバッと頭を下げる。


「お見苦しいところをお見せしてしまい大変申し訳ございません!」


 そんな文官の態度に、船大工らしい人達も誰が来たんだってこっちを振り返って、お父様と私を見て、どよめきが上がった。

 文官は慌ててこちらに駆け寄ってくると、事情を説明してくれる。


「この者達は、今回の大型船建造のために集めた腕利きの船大工達なのですが、船を作れないと言い出しまして」


 汗を拭き拭き説明する文官は、シャット伯爵は当然、特にお父様、ついでに私を気にして緊張しまくりだ。

 この文官は、発案者が私だってところまでは知らないらしい。


「船を作れないとはどういうことだ?」


 シャット伯爵が船大工達を咎める。


 私も詳しい事情を聞きたい。

 船大工が建造してくれないと、計画が全て水の泡だ。

 海の藻屑になると言ってもいい。


 船大工の棟梁らしい筋肉隆々の四十歳前後に見えるはげ頭のおじさんが、代表でこっちに近づいてきた。


「契約では大型船の建造を請ったと聞いているが」


 シャット伯爵の先制攻撃に棟梁は渋い顔をするけど、怯むことなく頑とした態度を取った。


「旦那方、確かにあっしらは大型船の建造って聞いて請った。だけどよ、それがあんなふざけた馬鹿でかい船だとは聞いてねぇ」


 棟梁はもしかしたら、大型船と聞いて、二本マストで二十から三十メートルくらいの船を想像したのかも知れない。

 それこそ、キャラベル船みたいな。


 現状、それでも十分に大型船に見えるだろうし。

 そしてそのくらいなら、今ある技術でも作れるって思ったんだろう。


 それがいきなり、三本マストで全長八十六メートルだもんね。

 マスト一本で今の帆船の全長と同じくらいあるんだから。

 突然スケールが違いすぎる。

 慎重になるのも無理はない。


「すでに概要は説明し、技術的には不可能ではないと説明を受けているはずだが?」

「不可能じゃなさそうだってのと、作れるってのとは違う。誰も作ったことがねぇ。作れるかも分からねぇ。そんな船を、作れる確証もねぇのに作らされるのはごめんだ」


 それで失敗したときの責任を負わされ、貴族に目の敵にされたらたまったもんじゃない、そんな風に言いたそうな口ぶりだ。


 貴族って、敵に回すと厄介だもんね。

 怒らせて船大工として仕事を干されたら、生きていけなくなるし。


 そこからは、シャット伯爵と棟梁との押し問答だった。

 シャット伯爵が集めた人達だから、多分、この人達以上の船大工は集められないんだと思う。

 そしてお父様と私の手前、駄目でしたで終わるわけにはいかない。


 棟梁は、後が怖いから貴族相手に博打みたいな仕事をしたくない。

 だから話し合いは平行線のままだ。


 でも、棟梁の主張を聞いていて気付いた。

 棟梁は、自分達には手に負えないから勘弁してくれと、音を上げて泣き言を言っているわけじゃないって。


 当時、父や兄から聞きたくもないのに聞かされた帆船の構造や建造時における工夫について、私が思い出せる限り思い出して、建造時の参考になるようにって資料にまとめておいた。

 口ぶりから、棟梁はちゃんとそれを見ている。

 そして、自分達には作れないと断言はしていない。


 ただ、貴族相手の仕事、それも前代未聞の全長五倍にもなる大型船って言う厄介な仕事だから、慎重になっているだけ。


 だったら、それでも挑戦したいって思わせればいい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る