24 五歳にして初めて知る我が家

「わあ! うごいてる!」


 ガラガラ、ガタガタ、ゴトゴトと音を立てて、馬車が進んで行く。

 まるで観光地で名所巡りを馬車でするような、そんな期待で胸がいっぱいだ。


 電車やバスで子供が座席の上で反対向きになって外を見ているような、そんなはしたない真似をしているんだろうけど、お父様は初めての馬車にテンションが高い私を微笑ましそうに眺めているだけで注意をしない。

 だからそれに甘えて、飽きるまで外を眺めるつもりで周囲を見渡した。


 初めて門を出た先は、よく手入れをされた芝生のような景色で、何百メートルか離れた場所に木々が植えられていて、その間から何かの建物が見えたり、季節の花々が植えられたお花畑のようになったりしていた。

 てっきりすぐに町の中に出たり、人の手が入っていない森の中に入ったり、そんな景色が広がるものだと思っていたら、やけにだだっ広く、しかも人の手が入ったなんらかの意図で配置されているような景色が広がっていて、予想外にちょっと驚いた。


 そんな景色が五分ほど続くと……。


「ふおおぉぉ!?」


 巨大な建物が見えてきた。

 しかも豪華絢爛。

 例えるなら、ヴェルサイユ宮殿だ。


「パパ、あのたてものはなに!?」


 思わずお父様を振り返って尋ねてしまうくらいビックリした。


「ん? ああ、あれは宮殿だよ」

「きゅうでん!」


 やっぱり宮殿だったんだ。


「あそこで、派閥の貴族達が集まって、会議をしたり、舞踏会を開いたり、謁見を行ったり、様々な宮中行事が行われるんだ」

「ほおぉぉ……!」


 まさか、我が家のご近所にそんな宮殿があったなんて驚きだ。


 段々と近づいてくる宮殿の大きさに圧倒されながら、ふと疑問が湧く。


 その宮殿の周りには、鉄の柵や石壁などなくて、門すらもない。

 これでは勝手に宮殿の中に入れてしまう。

 不用心じゃないのかな?


 だから、そこのところをお父様に聞いてみた。


「大丈夫、ちゃんとあるよ」


 何を当然のことを聞くのかって、逆に不思議そうな顔をされてしまった。


「でも、ないですよ?」


 周りを見回しても、壁なんてどこにもない。


「もうすぐ見えてくるよ」


 ちょっと悪戯っぽく笑うお父様に疑問を覚えつつも、周りの風景を見ながら馬車に揺れること十分ほど。


「……え?」


 大きな鉄柵の門と、高く大きな石壁が見えてきた。

 それも、右から左へ、まるで地平の彼方まで続いていそうな程に長く、長く、長く続く壁が。


「かべ……」


 あったけど……何か変じゃない?

 だって、宮殿からこんな馬車で十分も離れた所に壁と門なんて。


「あっただろう?」


 あったけど、絶対に変だよね?

 しかも、この門の前付近は、木々や草花が植えられていて、噴水があって、まるで庭園のようだ。


「あの壁は、宮殿も、それから屋敷も、全部をぐるっと囲っているんだ」


 んん!?

 宮殿も、屋敷も!?

 どういうこと?


 疑問符を浮かべている間に、馬車は門に近づいていって、門が開かれていく。


「さあ、外に出るぞ。マリーの初めての外出だな」


 んんんっ!?


 馬車が門を通過すると、景色が一変した。


 道がつづら折りになりながら、なだらかに下っていた。

 見渡せば、ここは大きな丘の頂上付近で、振り返ると、長く、長く、長く続く壁がぐるっとその頂上を取り囲んでいる。


 もう一度進行方向を見ると、丘の麓には大きな大きな、いかにも中世って感じの町並――領都ゼンバールの広く大きな町が広がっていて、さらにその町とこの丘を石造りの大きな壁がぐるりと長く取り囲んでいた。


「まさか……!?」


 慌ててもう一度振り返る。


 丘を下りながら、段々と丘の頂上の全景が見えてきて……。


 もしかしてあの壁の中全部……お屋敷とその敷地から、宮殿から、合わせて馬車で十五分も移動したその距離の分の広大な敷地まで全部……私の家!?


「パパ……あれ、全部……もしかして……わたしの家、ですか?」

「ん? ああ、なるほど、道理で様子がおかしいと思った。これまで屋敷とその庭だけしか見たことがなかったから勘違いしたんだな。そうだよマリー、あの壁に囲まれた敷地と建物全部が、我が家だ」


 やっぱりいいいぃぃぃぃぃぃ!!!


 よくよく考えてみれば、当然だよね。

 だって、うちは元々、ゼンボルグ王国の王家だったんだから。

 今でこそ公爵領の領都だけど、ここは本来王都で、王国の政治の中心だったんだから、宮殿だってあって当然だ。


 私が自分の家だと思っていた屋敷とその敷地は、単に離宮みたいなもので、王族のプライベートな空間でしかなかったんだ。


 改めて窓から丘の頂上を眺める。


 丘と言うより、ほとんど山か台地。

 その頂上にある、ただひたすらに続く壁。


 私……世が世なら、本当に王女様だったんだなぁ……。


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