19 魔道具製作のお勉強 3
「では、儂のお下がりで申し訳ないが、マリエットローズ君にはこの書物を授ける。最初から最後まで全て読み込み、魔法文字をマスターするように」
魔道具の歴史や概要、既存の魔道具の解説に続き、詳細な構造についての講義に入った私がまず学ぶように言われたのは、魔法文字について。
魔法文字を理解して命令文を記述出来ないと魔法陣を描けないんだから、当然と言えば当然ね。
そこでオーバン先生から渡されたのが、魔法文字について記されている一冊の書物。
古くからある書物で、表紙も背表紙も痛んでボロボロだけど、国立魔道具研究所でも教科書として使われていたらしい。
「そんなきちょうなしょもつを、わたしがいただいてもいいのですか?」
「構わん。退職金代わりに戴いてきた物じゃ。儂にはもはや必要ないしな。何より、次代の魔道具師、しかもこの幼さで儂を越える可能性を秘めた前途ある若者の役に立つのなら、その書物も本望じゃろう」
偏屈なお爺さんの顔から、一瞬、とても優しい顔になった。
薄紫の瞳に眩しい物を見るような、輝かしい未来を見つめているような、そんな色が宿っていて、ちょっと照れる。
「それでは、ありがたくちょうだいいたします」
「うむ。その書物で学んできた先達達に恥じぬよう、精進するように」
「はい」
その想いを胸に刻んで、力強く頷く。
早速その書物、『魔法文字体系解説書』を開く。
そこには魔法文字の一文字一文字の意味、文字の組み合わせによる単語とその意味、文法、文法に従い記された熟語や慣用句の意味、などが、大学の教授が使う専門用語だらけの専門書の様相で書き記されていた。
「うわぁ……」
一瞬、遠くを見る目になってしまったのは許して欲しい。
こういうとき、魔法文字は実は日本語だった、と言うオチが、異世界転生物の定番の一つだから、内心ちょっとだけ期待していたんだけど……そんな都合のいい展開にはならなかった。
どの既存の文字とも違っていて、一から学ぶ必要がある。
強いて近い文字の形を上げるなら、ルーン文字?
飽くまで形だけの話だし、残念ながら私にルーン文字の知識はないから、見ただけではさっぱり分からない。
「はっはっは。さすがの天才幼女も、これにはお手上げかな?」
わざわざ『天才幼女』なんて恥ずかしい二つ名を持ち出して、楽しそうに意地悪げな笑みを浮かべて挑発してくるなんて。
いいわよ、その挑発に乗ってあげようじゃない。
「ちゃんとよんでべんきょうします!」
「うむ。その心意気やよし」
満足げに頷くオーバン先生は益々楽しそうだ。
「おーばんせんせい、しつもんいいですか?」
「うむ。何かな」
「もじのいみはかいてありますけど、はつおんについてはしるされていません。どうしてですか?」
「ほほう、さすがじゃなマリエットローズ君、真っ先にそこに気付くとは。やはり他の者達とは着眼点が違う」
どうやらこの質問は、オーバン先生のツボだったらしい。
「当然、その昔はちゃんと発音されており、一つ一つの文字に発音記号もあった。しかし今は、完全に失われてしまっておる」
「かんぜんにですか?」
「うむ。もしかしたら、世界のどこかにはまだ受け継ぎ伝える者達がおるのかも知れんが、少なくとも儂は聞いたことがない。望み薄じゃろう」
「もし、はつおんできたら……まほうがつかえたりしますか?」
「うむ。遥か昔、この魔法文字を使い伝承していた民族は、呪文を唱えて魔法を使っていたそうじゃ。つまり、魔法は失われた技術じゃな」
「ああぁぁ……」
そんなもったいない!
せっかく異世界転生したんだから、ちょっとくらい魔法を使ってみたかった!
でも、仕方ないか……。
この『海と大地のオルレアーナ』の世界では、ゲーム本編でも魔法は出てこなかったから。
代わりに出ていたのが、魔道具兵器の拳銃や大砲だった。
イベントスチルで、王太子レオナードがノエルの肩を抱き寄せて守りながら、敵に向かって拳銃を構えるシーンがあって、その美しさと格好良さに、キュンキュンときめいたのよね。
ちなみに、その拳銃を突きつけられて撃たれる敵が、悪役令嬢マリエットローズなんだけど……。
さらにバッドエンドの中には、ゼンボルグ公爵領軍が大砲を馬で
どれも御免被りたい展開ね。
「他に何か質問はあるかな? なければ講義を続けるぞ」
「はい。またなにかぎもんてんがでてきたら、あらためてしつもんさせてください」
「うむ。では、まず一文字ずつ解説していこう」
オーバン先生の授業は密度が高い。
おかげで、いつも終わった後は疲れてヘロヘロよ。
「まま!」
だから私は一直線にお母様の所へ駆けていく。
「あらマリー、もうお勉強は終わったの?」
「うん!」
「じゃあおやつにしましょうね」
「やった!」
やっぱり頭を使った後は甘い物よね!
「今日はパンケーキよ。蜂蜜をいっぱい付けて食べましょうね」
「ぱんけーき! ままのぱんけーきだいすき!」
お母様の手作りパンケーキはふわふわで、あまあまで、ほっぺたが落ちるくらい幸せの味がした。
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