16 悪役令嬢は激務です
「聞いたわよマリー! ゼンボルグ公爵領世界の中心計画!」
熱く語って、図解して、さすがにちょっと疲れたから、お父様の執務室から自室に戻って休憩していたら、お母様が周囲に花を撒き散らすほどの光輝く笑顔で私の部屋に飛び込んできた。
で、その勢いのまま抱き付いてきて、これでもかってくらい頬擦りしてくる。
「マリーは本当に天才ね! ああ、こんなに可愛くて、愛らしくて、まるで天使みたいなのに、こんなにも賢いだなんて。いいえ、きっとマリーは天使なんだわ。神様が私達の下へ遣わして下さった天使に違いないわ!」
お母様のすべすべほっぺが柔らかくて気持ちいい。
さらに、おでこやほっぺにいっぱいキスまで。
くすぐったくて照れる。
でも嬉しい。
「わたしも、ままとぱぱのむすめにうまれて、しあわせです」
「ああ、マリー!」
お母様が大感激して、苦しいくらいに抱き締めてくれる。
本当に、私は今、幸せだ。
最初、悪役令嬢マリエットローズ・ジエンドに転生したって知ったときは、焦りに焦って、気絶するくらい目の前が真っ暗になったけど。
断罪されて処刑される未来を回避する光明が差したし、ついでにチョコが手に入るかも知れないし、お父様とお母様の娘に産まれて本当に幸せだ。
でも、油断は禁物。
引き続き、お父様の執務の手伝いを続ける。
お父様は、古参の貴族達の横槍をとても警戒しているみたい。
だから、具体的な計画や目的は派閥の貴族達にも秘密。
そうして信頼出来て、立地条件が合う派閥の貴族に大型船を開発するための準備や、港湾施設の拡充指示を秘密裏に出しているみたい。
それ以外の派閥の貴族達には、街道整備や特産品の生産に力を入れるようにとだけ言っているみたいね。
そんなお父様のお手伝いに忙しい私だけど、忙しいのはお手伝いのせいばかりじゃない。
まず、家庭教師のお勉強がある。
『とのアナ』の舞台になる国立オルレアス貴族学院。
その高等部相当の勉強が佳境に入ってきて、近々、高等部卒業試験の問題でテストを受ける予定になっている。
これに合格したら、筆記試験に関しては卒業資格を取得したことになるわけね。
同時に、礼儀作法、ダンスのレッスンも受けている。
それも、極上の先生に。
多くの乙女ゲームだと、悪役令嬢である公爵令嬢の私は、王太子の婚約者に相応しいだけの礼儀作法を身に着けるようにって、厳しいレッスンを受けることになると思う。
でも、うちの事情だとそれがちょっと違う。
だって、悪役令嬢マリエットローズ・ジエンドは、ゲーム本編開始時に、王太子の婚約者どころか、婚約者候補ですらないから。
理由は田舎者で
じゃあ、それなのに何故、極上の先生に厳しいレッスンを受けているのか。
それは私がゼンボルグ公爵令嬢だから。
かつてここはゼンボルグ王国だった。
もしオルレアーナ王国の侵略がなかったら、私は王女様だったわけだ。
派閥の貴族の中には、お父様のことをまるで王様のように崇めて敬意を払って、私のこともまるで王女様のように扱ってくれる人がいる。
だから、お父様もお母様も口には出さないけど、ゼンボルグ王家の娘として恥じない立ち居振る舞いを身に着けて欲しいと思っているんじゃないかしら。
だったら私は、その期待に応えるのみ。
もし本当にゼンボルグ王家の娘として恥じない立ち居振る舞いとダンスの技術を身に着けられれば、貴族学院の実技の卒業資格も余裕で取得できるでしょうね。
だから後は、剣術と馬術ね。
オルレアーナ王国は軍事大国だから、貴族も前線で戦えるだけの技術が必要、それが貴族の嗜みって言われているのよ。
私ももうすぐ五歳になる。
遠からず、剣術の稽古もって話になるんじゃないかしら?
ただし、馬術はまだまだ先だろうけど。
だって、
さらに、令嬢の嗜みとして、お母様から刺繍を教えて貰ったり。
詩集を読んで、詩の朗読や自作の詩を作れるように学んだり。
絵画、彫刻、陶芸、宝石、などの本物の美術品に触れて、本物を見極める鑑定眼を養う練習をしたり。
お母様とエマの着せ替え人形にされて、ファッションセンスを磨いたり。
それに加えて私は、魔道具についての勉強も始めた。
蒸気機関の代わりにしたいから、そのための魔道具を作れないと、大型船を建造できても最大効率が得られないもの。
だからお父様はその道の権威に依頼して、私の家庭教師にしてくれた。
気付いたら、毎日が激務よ。
私、一応まだ四歳なのに、これは四歳児の忙しさじゃないと思う。
「お嬢様、お疲れですね……大丈夫ですか?」
「ん……がんばる……」
エマに抱っこされて、抱き付きながらコクリコクリと船を漕ぐ。
「お嬢様はもう十分頑張っていらっしゃると思います。もっとゆっくりなさっては?」
ベッドに寝かされて、布団を掛けられる。
「ん……がんばる……」
あんなにも私を愛してくれる素敵なお父様とお母様が断罪されて処刑される未来なんて、まっぴらごめんだから。
「お嬢様は頑張り屋さんでいい子ですね。でも寝るときは、全部忘れてゆっくり休んで下さいね」
「ん……」
エマがランプの明かりを消すと部屋の中が真っ暗になって、今日も私はあっという間に眠りに落ちていた。
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