17 魔道具製作のお勉強 1



 それはまだ私が前世の記憶を取り戻して間もなくの、二歳だった頃。

 この世界の情報収集をするために、またお父様に本を読んで欲しくて執務室に押しかけ、お父様のお膝の上に座っていた時のこと。



「ふおおぉ!?」


 私は執務机の上に置いてあったランプを見て、思わず大興奮の声を上げてしまった。

 だって、ランプにボタンらしき物が付いていて、お父様がそれを押したらランプが明るく点灯したから。


「おと~しゃま、こりぇ!」

「私のことは、パパと呼びなさい」

「あい。ぱ~ぱ、こりぇ!」

「ん? ああ、魔道ランプか。珍しいだろう?」

「あい!」


 これまで私が見たことがあるランプは普通に油で火を灯す物ばかりで、魔道ランプなんて私の部屋はもちろん、食堂にもリビングにも廊下にもなかったから。

 明るさは普通のランプよりちょっと明るい程度だけど、明らかに文明の利器だ。


「近年売り出されたばかりの魔道具でね。とても高価な品で、まだ持っている者は少ないんだ。中央ならともかく、ゼンボルグ公爵領にまでなかなか回ってこなくてね。うちもようやくこれ一つを手に入れられたくらい、稀少な物なんだよ」

「ほおぉ……!」

「はは、さすがにマリーにはまだこんな説明、難しかったな」


 もちろん、ちゃんと理解しましたとも。


 つまり、魔道具って言うのは、原理は知らないけど、名前からしても魔法みたいな不思議なことが出来る道具なんでしょう?

 ある意味で、機械や家電製品だよね?


 それが近年売り出されたばかりって、ここは乙女ゲームの世界なのに、道理で水洗トイレもシャワーも、冷蔵庫も冷暖房もないわけだ。


 高価で稀少と言うことは、需要に供給が追い付いてないってことだよね?

 つまり、種類もバリエーションも少なくて、市場に参入する余地がまだあるってことだよね?

 これ、作って売り出したら、領地が豊かになるんじゃない?


「わたしも、こりぇつくるぅ!」


 ビシッと手を挙げて、お父様に宣言する。


「ははは。マリーは魔道具が気に入ったみたいだな。魔道具を作るにはいっぱい勉強しないと難しいぞ」

「おべんきょぉ、する!」

「よしよし、そうかそうか」


 その時のお父様は真面目に取り合ってくれなかったけど、楽しそうに私の頭を撫でてくれて、私もお父様に撫でられるのが気持ち良くてご機嫌だった。



 その後、私は出来る範囲で魔道具について調べて、四歳にして遂に、魔道具について勉強するための家庭教師を付けて貰えるようになった。


「マリエットローズ君」

「はい、おーばんせんせい」

「今日から、魔道具の詳細な構造についての講義に入るが、まずはこれまでの授業の復習じゃ。君がどこまで理解しておるのか、確認させて貰おう」

「はい、おーばんせんせい」


 オーバン・バロー先生は、白髪で顔中皺だらけで手も骨と皮だけみたいに細く節くれ立っている五十歳手前のかなりのご高齢の先生だ。


 だけど、喋り方はしっかりしているし、背筋もピンと伸びているし、薄紫の瞳は力強い光を放っているし、まだまだ元気なお爺さんって感じね。

 国立魔道具研究所で長年研究者として働いていたそうで、十年ほど前に退職した後は、個人で趣味と実益を兼ねて魔道具の研究を続けていたらしい。


 ただ、個人だと研究費の捻出が大変だから上級貴族達にパトロンになって貰っていたそうなんだけど、その上級貴族達が作らせたい魔道具と、オーバン先生が作りたい魔道具の方向性が一致しなくて、喧嘩別れを繰り返していたそうなの。

 いかにも偏屈って顔をしているしね。


 それを知ったお父様が、私の家庭教師として招聘しょうへいしてくれたと言うわけ。


 ただ、最初は断られたらしいの。

 だって、四歳に家電の作り方を教えても理解出来るわけがないし、時間の無駄って思うじゃない?

 そこをお父様が、一度でいいから私と会って話をして欲しいと頼み込んで、なんとか屋敷にご招待するところまでこぎ着けたのね。


 それで、私がオーバン先生から色々と基礎的な質問をされて、答えて、最後に将来どんな魔道具を作りたいかって聞かれたから、例として前世の家電を色々上げたのよ。

 帆船に乗せる蒸気機関の代わりの魔道具については、外に漏れたら大変だから秘密にしておいたけど。


 それでも、前世の家電なんて、この世界にとってはオーパーツだもんね。

 オーバン先生は衝撃を受けて、是非とも一緒にそれを研究して作りたくなったって言って、私の家庭教師になってくれたの。


「では、魔道具を動かすための魔石とは、一体どのような物じゃ?」

「はい、ませきは――」


 魔石は、未知のエネルギーを秘めた鉱物のこと。

 何故魔石がそんなエネルギーを秘めているのかは不明。

 そして、魔石は特定の鉱山からしか産出されない。


 現在、採掘された魔石は宝石のように研磨され、カットされ、魔道具のエネルギー源として利用されている。

 そのエネルギーには属性があって、土水火風光闇の六属性がある。


 魔石が大きければそれだけ出力が大きくなるし、小さくても複数使用すれば出力を大きく出来る。

 さらに、属性が異なる複数の魔石を使えば爆発的に応用範囲が広がると言われているけど、制御が難しく、未だ成功例は少ない。


 エネルギーを失った魔石では魔道具を動かすことが出来ないから、基本は使い捨て。

 再びエネルギーを充填できないか、現在様々な研究が行われているけど、未だこれといった成果はなし。


 つまり有限の資源だから、どこの国でも魔石の利用は管理されていて、なかなか個人が好き勝手は出来ない貴重な資源とされている。


「うむ。では次。魔道具は構造的に幾つかのパーツに分けられる。そのパーツとは?」

「はい、ぱーつはぜんぶでみっつ――」


 まず、最も重要なエネルギー源の魔石。

 乾電池やバッテリーを嵌め込むみたいに、魔石を設置する台座やくぼみが魔道具側に付けられていて、魔石がエネルギーを失ったら、同じ規格の魔石と交換することで、魔道具は再利用可能になる。


 次は、魔石からエネルギーを引き出し、魔法みたいな現象を起こすための魔法陣。

 基本的にこの魔法陣の中央に魔石を嵌め込むようになっている。

 描かれた魔法陣の意味によって、魔石から引き出されたエネルギーが、例えば光る、爆発する、水が出る、などの物理現象に変換される。


 最後が魔道具本体。

 お父様が持っていたランプのように、用途に合わせた構造と外観が必要。

 スイッチで光をオンオフ出来ていたのは、スイッチで魔石を魔法陣のくぼみに接触させたり外したりしていたから。

 そういう利便性を考慮した道具として、構造と外観を作る必要がある。


「うむ、さすがじゃマリエットローズ君。君なら儂を越える魔道具師になれるじゃろう。あと四十年早く、君と出会いたかった。老い先短いことが悔やまれるのう」

「おーばんせんせいは、まだまだおわかいですよ。これからもげんきで、ながいきしてください」

「はっはっは。賢いだけではなく、口も上手い。将来が楽しみだ」


 オーバン先生はこうして笑うときは好々爺みたい。

 でも実際は、とっても指導が厳しく、要求水準も高い、怖い先生なのよね。


「さて」


 ひとしきり笑った後は、また偏屈そうな厳しい顔に一瞬で変わるから、私も気を引き締める。


「それでは、詳細な構造について話をするとしよう」


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