悪役令嬢は大航海時代をご所望です

浦和篤樹

第一部 目指すは大海原の向こう

1 プロローグ 海賊令嬢



 大海原を、純白の帆船が波を蹴立てて颯爽さっそうと走る。


「お嬢、見えやした! ブルーローズ商会うちの商船と海賊船です!」


 マストの上の見張り台から、慌てた声で報告が降ってくる。


 どうやら情報通りだったみたいね。

 なんとか間に合ったことに、情報提供をしてくれた人達に感謝しながら、私は声を張り上げる。


「みんな、準備はいい!? あの馬鹿な連中に、私達に手を出す愚かさと恐ろしさをたっぷりと思い知らせてやるわよ!」

「「「「「おおぉっ!!」」」」」


 船員達がときの声を上げて、士気が一気に上がった。


 それに応えるように、腰のサーベルをすらりと抜いて、針路に合わせて真っ直ぐに振り下ろす。


「魔道スラスター全力全開! マリアンローズ号、全速前進!」

「アイアイマム! 魔道スラスター全力全開! マリアンローズ号、全速前進!」

「魔道スラスター全力全開! 全速前進、ヨーソロー!」


 副船長が復唱して、命令が次々に伝達されていく。


 さらにぐんと速度を増したマリアンローズ号。

 吹き付けてくる潮風に、ワンポイントに青バラとドクロマークが飾ってある真っ黒の船長帽を手で押さえながら、水平線の彼方を睨む。


 やがて水平線の向こうから、船が二隻見えてきた。


 片方は、私の商会の商船。

 もう片方は、ドクロの旗をひるがえしている海賊船だ。


「アレを」

「はいよ、お嬢」


 手を差し出すと、副船長が望遠鏡を手渡してくれた。

 覗き込めば……ふふっ、海賊達が慌てふためいているわね。


『おい! 白い帆船が近づいてくるぞ! とんでもない速度だ! しかもでかい!』

『とんでもない速度のでかくて白い帆船だと!? まさか……あの旗はゼンボルグ公爵家の紋章!? それと青バラとドクロの海賊旗!?』

『やべぇ! 海賊令嬢だ! 海賊令嬢が来やがった!』

『退け! 退けぇ! 今すぐ逃げるぞ!』

『とんでもねぇ船足だ! ただの帆船が魔道帆船に勝てるもんか! あんなの逃げ切れねぇよ!』

『それでも逃げるしかねぇんだよ!』


 多分、こんなところかしらね。

 海賊って、みんな同じようなことしか言わないから。


 もちろん、私のに手を出したんだから、逃がすわけがないわ。

 手心だって加えてあげない。


 こうしている間にも、グングン、二隻の船が近づいてくる。

 奪った荷物も人質も放り出して、海賊達が大慌てで自分達の船へと逃げ帰る姿が、望遠鏡なしでもハッキリ見える距離になった。


「今更出航準備したって手遅れよ! 総員戦闘準備!」


 高らかに告げて、ライフジャケットを脱ぎ捨てる。


「アイアイマム! 総員戦闘準備!」


 副船長の復唱で、私に続いて全員ライフジャケットを脱ぎ捨てた。

 身軽になった船員達が闘志をみなぎらせる。


「魔道スラスター逆噴射! 海賊船に接舷よ!」

「アイアイマム! 魔道スラスター逆噴射! 接舷準備!」

「魔道スラスター逆噴射! 接舷準備! ヨーソロー!」


 あり得ない速度でマリアンローズ号が速度を落としていき、海賊船の真横にピタリと並び停止する。

 うちの船員達は本当に優秀ね!


「魔道スラスター停止! 接舷! 吶喊とっかん! 無法者どもに、私の船に手を出したことを後悔させてやりなさい!」

「「「「「うおおおおぉぉぉぉーーーー!!」」」」」


 海賊船に縄ばしごをかけると同時に、うちの船員達――ゼンボルグ公爵家が誇る海賊騎士団――が、海賊が使うお馴染みの鉈のような形状の片手剣、カトラスを手に次々と海賊船へ乗り移っていく。


「海賊令嬢がなんぼのもんだ! 死ねや――ぐあっ!?」

「チキショウ! ってやるぜ! うおぉぉ――ぐぎゃっ!?」

「強ぇ! 海賊騎士ども強すぎ――ひぎゃっ!!」


 次々に制圧されていく海賊達。

 副船長が次はマイクを手渡してくれたから、海賊船を飛び越えて、商船に向かって声を張り上げる。


「商船のみんな、私が来たからにはもう大丈夫よ!」


 途端に、商船から歓声が上がった。


 それから、あっという間に海賊船は制圧される。

 本当に、うちの騎士達は優秀ね。


 十分に安全が確保されてから、数人の護衛を従えて、悠々と海賊船に乗り込む。

 するとすぐに私の前に、髪も髭もボサボサで、日焼けとあちこちの刀傷がすごい、いかにも海賊船の船長って風貌の熊みたいな男がロープで捕縛されて引っ立てられてきた。


 私の前に乱暴に座らせられた海賊船の船長は、憎々しげに私を睨み付けてくる。


 もうこの手の荒くれ者には慣れちゃったし、うちの騎士達を信用しているから、怯むことなく堂々と睨み返す。


「……あんたが噂の海賊令嬢か」

「ええ。ご機嫌よう、船長さん。ゼンボルグ公爵家令嬢マリエットローズ・ジエンドよ。人は私を畏敬を込めて、海賊令嬢と呼ぶわ」


 分かりやすい自己紹介代わりに、真紅のプリーツスカートの裾を摘まんで優雅に、軽く膝を曲げるだけの略式のカーテシーをする。


 純白のリボンで結び、後ろでひとまとめにした真紅でストレートのロングヘア。

 ワンポイントに青バラとドクロマークが飾ってある真っ黒の船長帽。

 金糸銀糸で刺繍された豪華なあつらえの黒のジャケット。

 清潔な真っ白いブラウスと、レースでヒラヒラとしたネクタイみたいなジャボ。

 膝上丈でプリーツの折り目が綺麗な真紅のミニスカート。

 魅惑の絶対領域を際立たせる真っ白なニーソ。

 上質な革製のショートブーツ。

 海賊旗と同じ青バラとドクロが意匠された裏地が赤の黒いマント。

 腰にくのは、鞘や柄頭に金銀や宝石をあしらった豪華なサーベル。

 そして、革製のホルスターと、ゼンボルグ公爵領が誇る最新式の魔道具兵器の拳銃。


 いかにも海賊の船長って出で立ちの私だ。


 最近またブラとブラウスが窮屈になってきた胸を張って、足下の海賊船の船長を見下ろしながら酷薄な笑みを浮かべる。


「私の船に手を出したのが運の尽きね。どこの貴族にそそのかされたのか、どんな手段を使ってでも絶対に吐かせてあげる。処刑台に上るときは、やっと楽になれるって、きっと晴れやかな気持ちになれるわよ」


 厳つい海賊船の船長は真っ青になって身震いすると、ガックリと項垂れた。

 捕縛した海賊船の船長と船員達を船倉に放り込んで、商船から奪われた積み荷を戻して人質も解放すると、戦利品の海賊船を曳航えいこうしながら転進する。


「お嬢様ありがとうございました!」

「海賊令嬢、万歳!」

「みんな、気を付けてね! 良い旅を!」


 商船の船員達の声援に笑顔で手を振って応えると、真っ直ぐ前を見つめる。


「さあ、次はこいつらのアジトを強襲して、人質を解放した後、お宝を全部戴くわよ! 魔道スラスター始動! マリアンローズ号、微速前進!」


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