四時限目 「自称」1円の命
「ラジオでお天気のお時間ですジジ..さて今日の最高温度は、よザ..じゅってんきゅうどまで達し・・ザーッザザ...」
夏の始まりは例年通り地獄そのものだった。おのれ地球温暖化。おのれ工場。夏が終わるまで許さない。
体が少し弱い私は早くも学校帰りでふらふらしていた。日射病だ。
いつもはバスで帰っているのだが家に財布を忘れ一文無しだった。
行きは太陽がまだ昇ってなかったので耐えれたが、早帰りの今日はカンカン照りの中帰らなければならない。
こういうときアニメでは大丈夫ですかとイケメンが颯爽と現れる。
しかし現実ではイケメンどころか
一般人、通り過ぎて、行く人さえも
私に冷たい、視線を向け、る
うん、やっぱり、無理。
起きた頃には病院のベッドだった。何があったかはもう風景だけで分かる。
そしてこの隣りにいる人は誰だ?
「お、やっと起きた」
「どちら様で?」
「君のもとに救急車を呼んだ者だ。
メガネをかけた不思議な雰囲気のあるその女性から私は「焦ることがなさそう」と変な偏見を持っていた。
「君のお父さんは良い人だねぇ。君が倒れたっていう一報を入れてから睡眠中な上遠いのに46分で来たよ。外のイスでいびきかいてるがね」
「速いですね・・・」
「あ、月浦さんは仕事とか大丈夫なんですか?」
「ああ、ちょうど出版社に原稿を出した帰りだ。問題ない。」
珍しい職業と言えば珍しい作家だった。
私はよく本を読むのだが、月浦という名前は聞いたことがなかった。よく読むと言っても太宰がメインだったりするが。
「さて。」
月浦さんは私に手を差し出した。嫌な予感がする。
「10・・100・・・1000万かな。」
「ふぇあ?」
口から出た言葉は疑問系の発音だが、単位はなんとなく察していた。
というか確信していた。
「君の救助費1億円!」
うち一人親家庭なんですけど!しかもなんか増えてるし!
「え、あ、うえ?はぅ???」
「冗談。流石の私もそこまでではないさ。」
いや、すごく洒落にならん冗談なんですけど。
「私は1億どころじゃない命を無償で救った。・・・まあ大切なのはそこじゃなくて君が1億以上の価値があることのほうが大切だ。」
正直私は値があって1円だと思うが。
「ということは君を今ここで殴り殺しても賠償金は1円なのかな」
月浦さんは割とガチなファイティングポーズを取った。この人は鬼か。ナチュラルサイコパスか。
というか口にしてたのか?恥ずかしい。死にたい。
「まあこれも冗談。しかし君、変だね?何故今の感じで焦りもせず体を守るために身を縮めたりしなかった?」
「・・・」
「君は死にたがりだね。いつかの私みたいだ。理由を聞いたって君のようなタイプは口を割らないだろう?聞かないでおくよ。」
私は相談するのが物凄く苦手だった。私は相談したところで解決策を求めているわけじゃないし、言葉だけで気分が切り替えられるほどの立派で大人な人間ではないのだ。だから相談するのが怖い。できなくて結局自分の中に収めこむ。いつ爆発するかも知れない危険な爆弾を。
「ただし言っておこう。友達は作れ。自分を傷つけるな。君のようなタイプは灯台の光だけを見てその下にある灯台の入り口に気づけないんだ。」
また灯台下暗しだ。
それでも私は子供みたいで愚かだった。まだ、生きる気力がなかった。死にたかった。
こんなクズなゴミには値をつけてもらってやっと1円に行くかどうかだろう。しつこいが所詮1円の命だ。
マスカレード・チャット
ネットという言葉を言い換えるとするなら「リモート三人寄れば文殊の知恵」だ。ネットには様々な専門家、マニア、オタク、インフルエンサーがいる。
某やほおお知恵袋などにわからないことを書き込めば、どんなマニアックなことだろうとそれなりの返信はくる。
しかしそんなことを言う私は某やほおお知恵袋など活用していない。
限られたコミュニティの中で交流をするチャットアプリでわからないことを聞くことが多い。
チャットアプリでなにかしらの専門のグループに属すると、面白い出会いがたくさんある。
学生なのかなと思っていたらバリバリな大人だったり、自分より圧倒的に技術があるのに年下だったり。
私はこの現象をカッコつけてマスカレード現象と呼んでいる。
マスカレード、つまり仮面舞踏会である。みんな素顔を隠して若々しく会話を楽しんでいる。
彼らネット民は愉快で楽しい奴らが大半だ。一部無神経な物乞いや荒らしがいるものの、そんなときこそネット民最強のスキル「団結力」で荒らし野郎を文字通り一蹴できる。
逆に言うと、ネット民を集めればグループ、サーバー、Webサイトの一つや二つだっていとも簡単に破壊してしまうのだ。北の独裁者もびっくりな攻撃力である。
でもこれは中身が人間そのものということを表しているようなものだ。団結すれば鬼よりも神よりも強く恐ろしい。人間はそうして生き残ってきた。
そして私は、ここでなら割と友達がいる。
典型的なネット暮らしの陰キャである。
最近はネット暮らし現実離れのいわゆる引きこもりがまた増えているらしい。しかしその気持ちは十分わかる。現実の人間は冷たく、どこに起爆ボタンがあるか分からず、話しかけづらいのだ。更に起爆ボタンによって作動する「モノ」は様々で、私のキャパシティを超えたトークのスイッチだったり、単純に怒りのスイッチだったり、面倒くさい性格のスイッチだったり。とにかく死ぬ気で話しかけなければならないのだ。
今日はグループの中で、「亀とうさぎって現代で言うと動く点Pと点Qだよな」という謎の話題で盛り上がっていた。
皆口々に「ラブコメの題材に良さそう」とか言ってるが、必ず誰かが「動くな点Pィィィィ」と叫んだりしている。あの計算は心底面倒くさいことから、点Pがじっとしていれば計算せずに済むということでよく言われる。私も同感だ。文系にあのような呪文を解けるはずがない。
パソコンの時計を見ると、午前1:07と表示されていた。寝なければ。
布団に入ってから、何故か月浦さんの「友達を作れ」という話が頭に浮かんできた。
「ああもう。分かったよ・・・」
多分、大きな決断をするときは捨て身をする気で一つの答えに走らなければならない。
私は今、ちょっと前の私を捨てて現実で友達を作る決心をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます