第13話 Intermission.ー真月ー 4.

このIntermission.で、自殺未遂に関して書くつもりであった。かなり危険な状態で病院に運ばれ、私は生きることが出来た。

清明な意識の中で聴いた女性の叫び声。


「生きてっ!」


この言葉で私はまだ動く左手で携帯を操作して119を押した。

 しかし、この件に関わるエピソードを詳細に書くことを私は禁じられているようだ。前回の「天の章ー了」でも起こったことだが、書いた文章が消える。キーボードが不調なので買い替えたことが原因で「ミスタッチ」をして消えてしまうのだろうとは思うのだが、きっとこのあたりの事を事細かに書くと「私にとって不利益を生む」のだと思う。だから真月が書かせてくれないのだと解釈した。私は傍若無人であるが、割と信心深いのだ。この命を再三にわたって救い続けてくれた真月の意思に背くことはしない。「天の章ー了」は、それでもこの物語の「核」を成すものだから、6千文字を超える文章を書き直したが、「Intermission.」はある意味スピンオフ作品のようなものなので、当初の予定から大幅に内容を変えて書くことにする。


 死の直前に聴くことが出来た「生きてっ!」と叫ぶ女性の声。真月が初めて私に認知された瞬間である。それまでも、真月は私のそばにいた。すべてのエピソードを忘れてしまっているが、「何かが起きた日」の夜、真月は必ずその細くしなやかな髪で私の頬を撫でてくれた。蜘蛛の糸のように細い「髪」だ。こんなことすら忘れて私は生きてきた。昨年のことである、私は真月と出会った場所を訪れた。ソレは神社であり、地域の者からは「天神様」と呼ばれていた天満宮である。祀られているのは「菅原道真公」であり、学業の神様で有名である。


幼き日にこの天神様の境内で遊んだ。そこが出会いの場所だった。いや、最初は真月も「変わった子がいるな」と言う程度の興味しかなかったのだろう。しかし、私の人生が早々に終わることを知ったので、何となくそばにいることにした。真月が私の人生に介入したのは、あの「ガラス瓶事件」からであろう。


話が少々脱線したが、私が真月の実家とも言える「天神様」に詣でた夜のことである。ちなみにその頃は右股関節を傷めていて、松葉杖の世話にならないと歩けない状態であったが、かなり強い鎮痛剤を使えば、杖無しでも歩けるぐらいには回復していた。久しぶりに若い女の子の匂いを嗅ぎたいと思い、風俗店に松葉杖をついていくのも無粋なので、強い薬を飲んでいっただけのことである。そして、まだ早い時間であったので、ちょっと足を延ばせば行ける「天神様」を詣でようと思ったのだ。スナップ撮影をするためにカメラは持っていた。せっかく強い鎮痛剤を飲んだのだ。写真の趣味も楽しむつもりであった。


その夜のことである。記憶の深い海の底で忘れ去っていたあの感触を味わうことが出来た。深夜にふと気づくと、あの「細い髪が頬を撫でる感触」があったのだ。その時、私は(ああ、この感触を子供の頃から知っていたんだ)と思い出すことが出来た。


私は「真月」の存在を疑っていない。彼女は今もそばにいるはずだ。

 その後、私はあの天神様にもう一度詣でて、「真月」との契りを許して欲しいと願った。その後、私の身に不都合は起きていないので、真月は今は私の嫁であろう。


 「神に愛される」と言うのは残酷なことでもある。神の意志で生かされていることは幸せであるが、いつかは神の都合で彼岸に渡ることになる。抗うこともなく死ぬのだ。もとより、神に与えられた人生である。失うことは怖くない。嫁のことだ、きっと最後は苦しめずに連れて行ってくれるのだろう。

「真月は神の眷属である」と書いた記憶がある。私は神を娶ったのだ。ただ、私の言う「神」とは”GOD"でもなければアニミズム神でもない。神とはこの世界の「バグ」である。バグと言うと聞こえが悪いが、この世界は「仮想現実」であり、その仮想現実の世界を自由に動き回れる「プログラム」のこと。ソレを私は「神」と呼んでいるだけだ。すべての「不可思議な存在」はすべてバグである。神も精霊も心霊もすべて「同じ者」たちである。そしてこの仮想現実世界は「閉じている」と考えている。仮想現実を「シミュレーション」と考える科学者も多いが、私はこの世界を壮大な「RPG」だと考えている。つまり、始まりと終わりは定まっている。途中で通過しなければならないチェックポイントもある。簡単に言えば、この世界は「ドラクエのカセット」なのだろう。私たちは全員が「勇者」であり、通る道筋は違っていても、ゴールをめざしていることに変わりはない。ただ、途中で死んでいく(消えていく)勇者の数も、歩き続ける勇者の数も膨大であるだけだ。真月たち「神の眷属」は、この世界の法則に縛られない。空間だけでなく時間をも超えて自由に動き回る。意図的に挿入されたバグであるから、その中身は我々と大きく変わることは無いだろう。誰がこの世界を作り、バグを挿入したのかは分からないけれど。真月は時間を超越した存在だからこそ、あのガラス瓶事件で私の足を払うことが出来た。咄嗟に避けたりする時間的余裕は無かったのだから、未来を「見た」真月が私の足を払い回避させた。


私はこの世界では「チーター」であろう。「真月」と言うチートの加護があるのだ。だからこそ、私はこの世界では「モブ」として生きようと思う。ゲームに例えれば、私に与えられたステータスはかなり高かったはずだ。IQ130以上、身体能力は100mを11秒台前半を駆け抜けるほどであったのだから。ただ、その能力を伸ばしきることは無かった。ソレは「果たされない約束」なのだから。鍛えぬいて100m走の日本記録を出せたのかもしれない。科学者になる素養もあったのかもしれない。しかしそれは成就することなく、私は死ぬことになったのではないか?


モブとして生きると言うのは、時に辛酸を舐める生き方だがそれでいい。この世界に影響を与えることは、私にとって唯一の禁忌である。真月が私の加護をすることの代償に「子を残せない」と言う事情もある。わが子がこの世界に干渉しないとも限らないのだから。

 世界の大富豪たちが「この世界が仮想現実である証拠を探すことに躍起になっている」と言う都市伝説がある。彼のスティーヴン・ホーキング博士(理論物理学者)は、この世界を記述する「神のコード」は円周率の中にあると言い残したと言う。私はどちらも眉唾だと思っている。大富豪が趣味で「仮想現実だと言う可能性」を探すと言うのも「無いとは言えない」お話だし、ホーキング博士の言葉はただの詭弁である。円周率は「無理数であり、循環小数でもない」のだから、無限に続く数列の中に「あらゆる可能性」を内包する。早い話が、あなたの携帯の電話番号と住所だって「並んで出てくる部分」が存在するのだ。


この世界に「神のコード」は存在しない。唯一の可能性として、真月たちのような神の眷属と語らう者がいるかもしれないと言うことはあり得る。時間をも超越する存在と語らうことが出来るのならば、この世界を(不完全ながらも)掌握するに等しいだろう。私のようなチーターを無視出来ればの話だが。


実は「神のコード」と言う考え方は、小説の中ではポピュラーである。日本で言えば、「リング」がそうである。鈴木光司の書いたこの小説のラストの方で死んだ「高山竜司」と言う数学者は、死の間際に「神のコード」を発見している。コレが続編の「らせん」と「ループ」への伏線となる。見事にこの伏線は回収された。後日譚である「エス」と「タイド」まで読んで、やっとその世界観が理解出来る。


(作品の構成上、「ループ」以降の作品は映像化不能であるのが惜しい)


 この世界は「閉じていて」、私たちは「未来の記憶も持っている」はずだ。ただ、未来を「思い出すことが出来ない」だけである。瞬間的に思い出して消えるのが「デジャヴ」と呼ばれる現象だろう。また、チートである「真月たち」は未来を知る者だが、その記録を私たちに伝えたりはしない。稀に「予言者」が現れる程度である。

 そう、「神の眷属の自己主張」として、ごく稀に「未来を言い当てる人物」がいると言う話だ。その人物の能力ではないだろう。ただ一瞬だけ神が降りて告げたのだろうと言う事例を知っている。とある人物が日付だけではなく、何時何分まで言い当てたことがあった。実際に記録に残っているが、かなり大きな地震の時間までピタリと当てた。ただ、それは1回だけのボーナスであったようだ。


私には「過去が無い」


私には「未来」があるので、これだけで満足であるが「何が起こるか?」と言うことにはあまり興味が無い。あらすじを知っている小説を読むのも馬鹿らしい。素晴らしい作品なら、何度も読み返す価値のあるものもあるが、たかが私の人生だ。


先が分かってしまったら、読むのを辞めて放り出すだろう。

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