第4話 Intermission.ー真月ー

出会いは温暖な季節だったと思う。彼女は私の「危なっかしい人生」が気になって傍に居た。そして「咄嗟に介入してしまった」と言うのが真相だろう。こんな出会いがありふれた出来事なら、もう少しこの国の子供は幸せなはずだ。温暖な季節と言えば「水遊び」である。私は小学校のクラスメイトの家の庭で水遊びに興じていた。小学校3年生の頃だったと思う。庭で水撒きをしたり、ふざけて友達にちょっと浴びせたり。水遊びを本気でやるなら公園がいい。あの頃は多くの公園に「水飲み場」があり、水道の蛇口があった。うるさい親たちもいない。


ほんの悪戯心だった。私と友達は水道に繋いだ緑色のゴムホースを、「ウィスキーの空き瓶」にねじ込んで水を注入することを思いついた。そう、「思いついた」だけである。故に、ゴムホースをねじ込んで、水栓を捻った時点で私はこの遊びは終わりだと思った。すぐに他の事に気を取られて、その場所を離れたのだ。淡い黄緑色に被覆された針金が交差するフェンス際に私はいた。そして「事故」は起きた・・・

幸いにも、被害者は私だけであった。水圧に負けたウィスキーの空き瓶が真っ二つに割れて、私の方に飛んできたのだ。狭い庭である。避けようが無かった「はずだ」


小2から剣道を、小5から空手を習わされていたが、当時の私の運動神経は平均以下であった。

刹那、私は足払いを喰らい、その場で尻もちを搗いた。割れたウィスキーの空き瓶は私の頭頂を掠め、隣家の庭に転がった。掠めただけとは言え、かなりの出血であったが、そこは子供の考えで、「危ない遊びをしていたことがバレたら叱られる」と言うことで、出血が止まるまで日向でじっとしていた。私に足払いを食わせたのは。


「誰でも無かった」のだ。いや、誰があの瞬間に足払い出来るのか?

足払いを喰らわなければ、割れたウィスキーの空き瓶は私の顔面に突き刺さっていたと思う。むろん、刺さらないまでも、大怪我は必至であったろう。


この物語を始める前に書いたプロローグで、「私たちは人生のすべてを記憶している」と書いた。それはつまり、この世界は「閉じている」と言うことだ。分かりやすく言えば「シミュレーションゲーム」のようなものだが、既にゲームは終わっている。そのゲームを繰り返しているだけであるが、「他者の介在」と言う不確定要素で若干だが物語は変化する。しかし、大きな変化はほとんどないはずだ。「変数」には制約だってあるだろうし、この世界では円周率は割り切れないし、この「宇宙と言うマップ」から出ることが出来ない程度に「光速は遅過ぎる」わけだ。「仮想現実」と言うほど高度なプログラムではない。映画「マトリクス」では、いわゆる「水槽の中の脳」と言う世界観を使っていたが、アレを実現するには「他者」をどう言う手法で、共有フィールドに存在させるかと言う難しさがある。


他者を全て「NCP」にすれば簡単だろうが、私は「あなたが私ではない誰かだ」と信じている。いや、あなたも私も「プログラムである」と書いた方が分かりやすいか。


そしてこの世界には意図的に挿入された「バグ」がある。


「完全なる記憶」を自在に思いだせる者がいる。もう一つ、「超越者」とは言えないが、ゲーム内キャラクターには「感知出来ない存在」も挿入されている。その「存在」が神と呼ばれたり、悪魔と呼ばれたり幽霊となったりする。仮定の話だが、私たち人類が「壮大なシミュレーション世界」を、スーパーコンピューターを凌駕する性能の「人工知能の中」に構築出来たとする。膨大なデータ量になるだろうが、世界は「有限の組み合わせでしかない」のだから、実現不可能とは言い切れないだろう。そして、私たちはそのシミュレーションを見てるだけで満足出来るだろうか?必ず、外部から干渉出来る仕組みも組み込むだろう。ほんのちょっと、ほんのちょっとでいいから変えてみたい部分があるなんてことは当然のように出てくる。流石に「アドルフ・ヒトラー」と言う名の画家を作ったりはしないだろうが。


この世に存在するように思える「神や悪魔や人の魂」はすべて同じものだと、私は考えている。そもそも私は「故人の霊」と言う意味での心霊を信じていない。確かに「霊の仕業」と思える事象も伝えられているが、この場合の霊とは「メモリ」でしかない。そしてこの世界では「メモリは単独では意味をなさない」はずだ。必ず、そのメモリの「プレイヤー」がいる。それが不可知である「存在」ではないだろうか?

 怨みを残して死んだ者がいて、その「怨み」に共感した「プレイヤー」が実行役になる。化けて出てもいいし、物理的に干渉するのも「アリ」だ。逆に「恩を返せずに死んだ者」の代わりに恩返しをする「プレイヤー」がいてもいい。私たちの世界を何度もシミュレートしているはずだから、任意の時間軸に容易に干渉だって出来るだろう。

 

ソレが「足払い」だっただけだ。


ただ、その「存在」はこの世界の「創造者」なのか、「バグ」なのかは分からない。感覚としては、私の人生にずっと寄り添ってくれているし、人格も「女性」であることから、「バグ=神のような者」だと勝手に思っている。


何度も死にかけた。

何度も生還した。

奇跡的な確率を突破した。


世界は進化したのだ。


この世界を作った、言うなれば「研究者と干渉システム」と、「イレギュラーを起こすバグとしての超越者」と言う2者が共存できる世界に。

この世界は私に背中しか見せないが、「バグ」はたまに私を振り返って見てくれるし、シミュレーションの中での「ターニングポイント」ではアシストをしてくれているようだ。

だから私は死ねない。死ぬ時はきっと「バグ」の都合で決まる。

折しも「彼岸の入り」にこの「与太話」を書いている。「バグ」と言う不名誉な名前で呼ぶのは失礼なので。彼女を「真月」と呼ぼう。


ここ数年、真月は彼岸の終わり頃に夢に出てくる。

私を愛した女の「メモリ」も出てくるようになった。

「メモリ」のプレイヤーは「四月朔日」と呼ぶことにする。


まあこの話の本筋に登場することは少ないだろうけれど・・・

どちらに軍配が上がるかは分からないが、必ずどちらかがいつか、私を彼岸に連れて行ってくれるはずだ。


あどけなくて残酷で、慈愛に満ちた話である。

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