第54話 サイネリアさんの

「フィーロ様がやってきた次の次の日、私とアルペローゼはメイド長に呼び出されました


フィーロ様のお世話係にアルペローゼが自薦していたのは知っていました

でも、私まで推薦していたとはその時知らされました」


 サイネリアさんが少しだけ目を伏せ、考え込む様子を見せた。

しかし、すぐに僕の瞳を真剣な眼差しで見つめ返し、僕にとって重要なことを教えてくれた。


「メイド長は、フィーロ様が滞在している間に、フィーロ様が留まる口実に・・・・


いえ、具体的には、

フィーロ様に見初みそめさせるか何かして屋敷に留まらせてほしいと

そのために4人のお世話係としてフィーロ様に付きっきりになることになると

同意とその覚悟を聞かれました」


「なるほど・・・・・・自薦と推薦。

そう考えると、みなさんは僕と歳がそれほど離れていませんね」


「私はこの通り、薄眼ですから・・・

当然フィーロ様も私の事を梅雨ともせず

他のお世話係がその役目を果たすだろうと思っていました


それほどの覚悟もなく軽い気持ちでフィーロ様にそういう仲や行為に及んでも良いと同意をしました

もし、アルペローゼがフィーロ様とそういう仲になればいいとも思い、手助けするためにも参加していた方が都合が良いとも思っていました


でも、お世話係の顔合わせの時、フィーロ様は私を・・・

他の3人と同じように真っ直ぐに見てくださって

この目を見ても、表情も言葉も、同じようにかけてくださいました」


 後半のサイネリアさんの声には、なにやら熱がこもっており、僕を見つめ返す瞳には、先程とはまた別の潤いをたたえていた。


「今思い返すと、私は既にあの時から、フィーロ様のことばかり気にかけていたのかもしれません

思えば、フィーロ様の色々な顔が見たくなっていて、いつもフィーロ様のことを考えていた気がします


もちろん、私のような薄眼がそのお眼鏡にかかることはないと思っていたので

先程はただ、既成事実は男を縛る1つの手段として、私やフィーロ様ご自身の気持ちを考えず、軽率な行動をしてしまいました」


 やはりサイネリアさんの中では、瞳の色に対する負の感情がずっと高いのだろう。

こちらを不安そうに覗き込むその瞳はとてもきれいだ。

気がつくと、テーブルの上に何気なく置いていた僕の手をサイネリアさんが両手で握っていた。


「先程のこと、許してくださいますか?」


 僕自身は瞳の色について特にこれといって排斥衝動は無い。

そして、生まれてこの方、女性と正面から向き合ってこれほど近くの距離で話をする機会なんてなかった。

むしろ先程のベッドの上での心境よりも、今この向かい合って話を聞いている方が落ち着かないまである。


「僕はさっき、怒っていないと言いましたし、本当に断罪などするつもりはありません。

もちろん、ほかの方々にも内緒にします」


 僕の心臓がドクドクと血液を手に送っている。

静まれ僕の心臓。


「フィーロ様に聞いていただいて

少しだけ心のつっかえがとれた気がします・・・


それから・・・」


 サイネリアさんが握る手に力が入るのを感じる。

2人きりの部屋の中、小さなテーブルを挟んで真正面から見つめられた。

その瞳は潤み、息遣いも少し荒く、おそらくその手と同じくらい温かい吐息をついている。

僕の心臓は静まる兆しもなく、むしろその眼前に迫る女の子の艶やかな瞳や唇から目が離せなくなる。


「私・・・フィーロ様を好きになってしまいました・・・


フィーロ様は・・・私に興味はありますか?」


 このは、先程のとはまた違うということはわかった。

その雰囲気や仕草からは、好意的というよりも、恋や愛のたぐいの好きであることは疑いようもない。


「ええと、その、興味、うん。

ええと、興味がないと言えば嘘になるというか・・・。

その、ええと、ええと、やめましょう!

話はこれで終わりです!

他に言い残したことがあればお願いします」


 たしかに聞きたいことは聞いたし、僕の中でサイネリアさんがどうこうというのは、今すぐに答えと言えるものを出力する段階にはない。

その場の流れに身を任せるタイプだったら、間違いなくYESだろう。

反則級に僕の心を乱しているもの。

だけれども、僕は僕で、人の行く流れには乗ってこなかった人生をこれまで積み重ねてきた。

その場の流れよりも、これからのことや、これまでの事、すべて考慮して、どうしてもという時に答えを出したいと思ってしまう性分だ。


 しかし、サイネリアさんの焦りについては、本当に合点がいった。

『男色の噂』と『薄眼』。

それから孤児としての辛い記憶もその焦りの引き金にはなっていたのだろう。

サイネリアさんの瞳は、水晶のように透き通る様で非常に色が薄い青だ。

この街でも、瞳の色が薄いことは忌避される対象のようなのは確認済みだ。

サイネリアさん自身も否応なく差別や迫害を受けた可能性がある。

現在は差別や迫害を受けている様子はない。

というのも、下着姿の時も目立つ傷や外傷は無かったから、少なくともこのお屋敷では差別や迫害の脅威は少ないのだろう。

貴重な魔法使いと言えど、旅の輩にけしかけるというのは、まともな扱いの部類に入れていいのかは分からないけれど・・・。

とにかく、そのことが彼女をお屋敷に執着させ、お屋敷から追い出されることを極端に恐れている原因でもあるのだろう。

サイネリアさん自身もその事を意識しているのか、自分に、特にその瞳に強烈なコンプレックスを抱え込んでしまうほどの体験をしてきた。

だから、あそこまで自分を犠牲にした捨て身に近い方法(既成事実)を選ばせてしまったのだと思う。


「言い残したことであれば!」


 そう言うと同時に、乗り出した彼女の柔らかい唇が、僕のおでこにちょこんと当たった。


「今はこれくらいにしておいてあげる」


 反射的に唇が当たったことろを指でなぞってしまう僕に、サイネリアさんは少しいたずらっぽい顔で茶化した。

それから、


「でも・・・・・・もしも、もしも、フィーロ様がその気になってくれるなら・・・・・・

いつでもさっきのベッドの続きをしましょうね」


 赤みを帯びた頬に手をあてながら、流し目にお誘い文句を言うサイネリアさん。

つい先刻まで、僕はサイネリアさんのことをいたずらっぽくて陽気で明るい快活な女性だと思っていた。

だからベッドに押し倒されても、違和感があったし、話を聞いていなかったら、きっと勘違いしたままだっただろう。

僕に向けられた瞳の色は、先刻からの短い時間だけで喜怒哀楽すべて、そしてその胸に抱える不安も覗き見ることができた。

そう思うと、これまでの彼女の努力や頑張りはもっと評価されてしかるべきで、単純に明るい人というだけでは無く、1人の女性としての魅力を感じた。

今向けられた彼女の瞳に、僕はどのように答えればいいのかはわからないけれど、これからの彼女の行動を目で追ってしまいたくなる気持ちが僕の中にたしかに芽生えた。


「サイネリアさん、お話ししてくれて、ありがとうございます」


 今僕に言えることは、本当にこれだけだ。

こころなしか、彼女の表情も晴れやかなものに変わっていた。

少しだけホッとした。



 自分に好意を寄せる女性の部屋にあまり長居するのも心臓に良くないので、話を終えた後はすぐに退室した。

廊下に出て思い返すと、解決した疑問もあるが、未解決な問題が残っている。

それらと向き合うには、気持ちの切り替えが必要だ。


 それにしても、未だに心臓の鼓動が鼓膜に響いている。

なにしろ、受けた衝撃と、僕の年齢を考えると、至極当然の感覚だと思う。

サイネリアさんのあんな格好を見てしまったわけだし、あの柔らかな唇の感触。

無意識に手がおでこをなぞる。

正直、今さらながらサイネリアさんのあの姿をもっとよく見ておくのだったと、後悔している自分がいる。

でも、あの時は背徳感というか、悪い事、後ろめたい事のような気がして、あまり直視はできなかった。

それでも、断片的な記憶が呼び起こされて、体の温度が跳ね上がりそうになる。

その上、後になって相手も気づいたことなのだが、自分に対して特別な好意を寄せているということがわかっているというのは、とても幸福感があるのだと知った。

決してやましいことではなく、ただ・・・今日は1人になりたい。

このまま放置していたら、どうにかなりそうな気がする。

フラストレーションを抱え続けるのは、僕くらいの年齢の男の子には良くないことなのだ。

可能なら今すぐにでも、だけど、このお屋敷では監視班が常に僕を見張っている。

どうしたら1人になれるだろう?

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