第52話 サイネリアさんとの密談
サイネリアさんが口走った一言は、僕の中で1つの仮説を
浮かび上がらせた。
これまでの旅でもそうだったからだ。
僕が魔法使いや薬師、瞳の色が暗い色合いだとわかると、大抵の場所で引きとどめようとされてきた。
その手法は様々で、口説きや説得、接待、娯楽の提供、美味しい料理、籠絡、身分の保証などの優遇は優しい方で、拘束・監禁・依存性の盛薬・罪状のでっち上げ・拷問・強制的な労働・魔法的な契約などなど、ありとあらゆる手段で僕の引き止めを行う
それに加えて、師匠からも魔法使いなどのデメリットに考えられる事の1つとして、気をつけるように教えられていた。
たまたま今回は優待と籠絡のセットだったのだろう。
これまで籠絡と言っても、僕の年齢的な未熟さを考慮に入れられたものなのか。
村長の娘と結婚を迫られたり
言葉として一緒にならないかといった主旨の告白を受けたり
抱擁をされたり
と、サイネリアさんの行動に比べれば、随分控えめなもの経験しかない。
そこへいきなり、下着姿で押し倒されて口付けを迫られたのだから、衝撃が大きかった。
しかし普通、そういうことに至るのであれば、ムードやそれなりの雰囲気が伴うものだ。
子供ながらにこれまでの経験上から、そういうものだと思っていたのだ。
だから、サイネリアさんの場合は全くの不意打ちで、面食らったと言った方が正しいかもしれない。
サイネリアさんの焦りがそうさせた?
一体何をそんなに焦っていたのか?
でも、1人が露骨な籠絡を仕掛けてきたからと言って、他の3人も同じように籠絡を狙っているとは限らない。
4人それぞれに別々の方法で、ということも考えられるのだ。
まずは、サイネリアさん本人から、今回の行動に至った顛末を直接聞いてみることにした。
そのために、少しばかり準備と心構えが必要だ。
サイネリアさんが見繕ってくれた大きな布をドクニンジンに被せて、張り紙を付けた。
少し待つと、アヌエスさんとジュリーが薬草の束をそれぞれ持ってきてくれた。
2人にサイネリアさんの調子が悪いため、少し看病をしたいと申し出た。
はじめは、看病ならお世話係の中ですると断られたが、ドクニンジンの毒性を正しく理解しているのは僕だけだという主張を通させてもらった。
本当はドクニンジンのせいではないので、嘘と欺瞞で主張している事だ。
一応、毒性自体は本物なので取り扱いの注意として、運ぶ際は必ず2人以上で行動し、どちらかが倒れるようなことがあれば直ぐに僕にとり継ぐようにと薬草の運搬を2人にお願いした。
僕はお世話係の控え室の前に立った。
そもそも、いくら便利だからといっても、お客の部屋の真隣に控え室を配置することは非常に珍しい。
普通、これだけの空き部屋があるのであれば、お互いのためにも、少し部屋を離したり、お世話係の部屋をお客からは知られないように伏せたりする。
お客だって1人の時間が欲しいものだし、お世話係にもプライバシーがあるのだ。
一定以上の年齢ならば尚更、1人でいることは普通で当然なのだ。
それをあえて部屋を離したり伏せたりしなかった。
これは最初から何か裏があってのことなのだろう。
最初は監視のためだろうと思っていた。
サイネリアさんの行動から察すると、監視だけの目的ではないのは明白だ。
ちなみに、若い男が1人になりたい時といえば、あれの時だ。
で、あれをしないと、ストレスが溜まったり、ふとした時に溜まったなにかが暴発したりする。
監視の元であれをするのは、いつでも扉を開けられる可能性があり、僕にはかなりの抵抗がある。
貴族なら違うのかもしれないと思っていたが、どうやらそれは間違いだった。
酒場に通う下級貴族の下世話な話をアルバイト中に耳にした。
貴族と言えども、下世話なことをする時は人払いをしたり、1人になれる秘密の部屋をいくつも抑えておいたり、隠れた趣味のために家から離れた所の空き家を買い付けて、自分好みに改装するといった話をしていた。
貴族社会では婚約者が幼い頃より決まっており、概ねその婚約者と婚姻を結ぶ。
しかし、人間誰しも結婚相手がただいればいいというものではなく、相性が合わなかったり、婚約や婚姻以前に別の人に目を奪われてしまうこともあるようだ。
貴族としては、家柄を守り通すためには表向きに婚約者と婚姻し、子供はもうける。
その裏で、意中の相手を囲い込むシークレットハウスを持ち、婚姻とは別の生活を外に取り付けることで、貴族社会での責務に支障をきたさないように振る舞う者も多いという。
その話を耳にした時、僕が今置かれている状況に疑問を持つべきだった。
でも、アルバイトはなかなかの体力勝負で、集中力も必要だ。
すぐに頭から貴族社会の噂は抜けていたのだった。
扉の前で深呼吸をして、ノックをする。
「サイネリアさん、中へ入ってもいいですか?」
カチャリとドアノブがまわり、扉が開いた。
サイネリアさんがいつもの従者の服装でそこに立っていた。
目元は腫れているが、いつもの明るい雰囲気を取り戻しつつある。
「フィーロ様、お入りください」
「改めて、お邪魔します」
中に入ると、椅子とテーブルが用意されていた。
「この部屋には、このような安椅子しかないので、少し窮屈かもしれませんが、お許しください」
椅子に促されて座る。
「そんなことはありません。
わざわざご用意させてしまって申し訳ないです。
サイネリアさんも、お掛けになってください」
扉を閉めるために背を向けていたサイネリアさん。
僕が掛けたその言葉に、少しだけ肩に力が入ったように一瞬の硬直があった。
「そ、それよりも紅茶はいかがですか、フィーロ様?」
「サイネリアさん」
「・・・・・・はい」
少し怖い声音になってしまったかもしれない。
だけど、僕にとってはこれからの進退を左右する大事な話かもしれない。
どうしても力が入ってしまうし、はぐらかされてしまうのは困るのだ。
ようやく向かい席に着いたサイネリアさんを真っ直ぐ見つめて切り出した。
「クレアンヌさまからは、どういった命令を受けていますか?」
単刀直入。
聞きたい確信をぶつける。
「ええと、何のお話でしょうか。
私はただ、フィーロ様のお世話係にと・・・」
サイネリアさんの目は泳ぎ、顔色も良くない。
俯き気味で、左右の手が落ち着き無さそうに互いの指を突き合っている。
彼女の仕草は、言葉通りではないことを自ら明白にしていた。
「では、質問をかえます。
サイネリアさんは、僕のことをどう思っていますか?」
「フィーロ様のことですか?
・・・・・・そうですね、ええと・・・。
・・・薬草の知識もあって、お金も稼げて、魔法も使えて、私よりも年下なのにすごいなと思います」
今の受け答えについては、声音やテンポ、表情や仕草からも、概ね本人の感想から遠くないものだろう。
「僕がどのような魔法を使えるのかは知っていますか?」
「うさぎになれる魔法とか?」
言った後に『しまった』という表情をした。
今のは大きなヒントになった。
「魔法のことはどなたから?」
「そ、それは、ジュ、ジュリーから聞いたのよ」
ジュリーの前では、うさ耳は出していない。
明らかな嘘だ。
うさ耳を見ているのは、二日目の夜の晩餐会場にいたクレアンヌさまとドネットさんとブルーベルさん、それから監視部隊の面々だ。
ドネットさんやジュリーには一応の口止めをしている。
魔法が使えるということをうっかり口を滑らせたとしても、どんな魔法が使えるかまで他の人に言うことはしないと思う。
誰かが詳しくサイネリアさんに吹き込んだりしない限り、うさ耳の事は知りえないのである。
「ジュリーはうさ耳のことは知りません。
クレアンヌさま、あるいはサイネリアさんの上に立つ人物から聞いたのですね?」
沈黙。目をそらされた。
それは何よりも雄弁な肯定である。
「あなたは、僕のことをよく知らないまま。
僕を押し倒し、
それはどうしてですか?」
「フィーロ様のことを好きになってしまったからです」
サイネリアさんは逸らしていた視線を戻し、真っ直ぐに、そして真剣な眼差しで僕を見つめてそう言った。
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