アルターステラ 飢餓で追放されし小さき旅人は世界を流浪する

アルターステラ

第1章

第1話 道端の小さき旅人は焚火に照らされる

 この世界には様々な種族が入り乱れ、各々に生活圏テリトリーを重ね、またはせめぎあいを続けており、一日いちにちとして同じ勢力圏せいりょくけんが続く日はおとずれない。

世界を構成するのは、目に見えるているものだけではない。

いくつもの境界線チャンネルが交差して、裏や表、多重につらなるうち、自らが認識できる境界線チャンネルに立ち、そのりようを覗き見ているにすぎない。



 大陸横断たいりくおうだん行商隊キャラバンでにぎわう交易こうえき都市国家としこっかダーラム。

この国は盗賊対策のため、高い壁にかこまれており、東西南北に面した街門がいもんで門番が立っている。

門は日没前にちぼつまえに閉ざされ、翌朝までは何があっても開かれない。

昼間は多くの行商隊キャラバンが長いれつし、商魂しょうこんたくましい連中などは門までの長い待ち時間にも、商品を広げて声を張り上げてあきないをはじめる。

そのおかげで、街門付近は街のそとにもかかわらず、普段ふだんからにぎわいと活気かっきに満ちている。

街門付近の行商ぎょうしょうで用事を済ませて、次の街へと進路しんろをとる旅人も多く、大抵たいていの用事は街へ入らずとも済ませることができる。

大半たいはんの旅人は、街へ踏み入ることもなく次の目的地へとを進める。


 ダーラム近郊。

夕暮れに染まる一面の草原地帯を縦断じゅうだんして続く長い長い街道。

その道端にえた2本の木の根元ねもとに、火の粉を散らして揺らめく炎の明かりが見える。

炎に照らされた小さな人影が1つ。

近くの小川からんできた清流せいりゅう焚火たきびにかけて沸騰ふっとうを待つ間も、小さな影は手を動かしている。

赤色の植物の小刃物ナイフで細かくきざみ、食べられる種類の野草やそう

千切ちぎっては、火にかけた小鍋に入れていく。

小さな外見にそぐわない大きな背負い鞄リュックから小瓶こびんを取り出し、小瓶こびんに入っている粉粒こなつぶを少量、小鍋に振り入れる。

スプーンを取り出し小鍋をひとしきりかき混ぜた後、ふつふつといてきた野草の汁物やそうのスープい、口へと運ぶ。


「あちっ!」


 生来せいらい猫舌ねこじたのおかげで味見あじみに失敗したが、今度は良く冷まして口に含む。

植物の野草やそうの爽やかな風味ふうみを感じる。

味付けに使った粉粒こなつぶも適量だったようだ。

小鍋を火から遠ざけて、たいらな石の上に置く。

火元近ひもとちかくに用意しておいたひらたく大き目の石がねっせられている。

穀物こくもつこなと水を混ぜてねた生地きじ平石ひらいしの上に

火傷やけどしないように注意しつつ、広げ置く。

数分の後、香ばしい良いにおいがしてきた。

そろそろひっくり返す頃合ころあいだろう。

ひっくり返してみても、焚火たきびの明かりだけでは薄暗くてよくわからないが、多分ちょうど良いげ目がついている。

数千回あるいは数万回と繰り返しているため、自然と感覚が身についている。

もう一品を晩御飯ばんごはんに加えるため、背負い鞄リュックにぶら下げた革袋かわぶくろから小魚の乾物かんぶつを取り出して、直火じかびで軽くあぶる。

魚の乾物かんぶつは表面にしみ出してきた油がパチパチと音を立てて、辺りに食欲をかき立てる良いにおいをただよわせる。

早いところ食べてしまわないとけものたちが

寄ってきてしまうかもしれない。


 旅人は細く小さい。

まだ幼さが残る面影だが、長く伸びた髪で顔が隠れているため、たいがいの人々はその顔を見ることはなく、ただ行き交うだけだろう。

体の大きさや細さに反して、背負い鞄リュックを背負いゆっくりと歩を進める姿は、行きかう人からすると老爺か老婆に見えるかもしれない。

しかし、その顔を見たものは、まだ年端も行かないがその整った顔と治安の良くない世界を1人旅する姿とのギャップに驚かされる。

それと同時にいくつもの疑問が湧いてくることだろう。

なぜ子供が1人で旅をしているのか。

身寄りや親はどうしたのか。

どうやってこの世知辛い世の中で身を守り、たった1人で生き残ることが出来ているのか。

その大きな荷物はなんなのか。

本当に見た目通りの子供なのか。

その光を吸収してしまいそうな深い色の瞳であれば、身を寄せられる場所などは枚挙まいきょいとまがないはずだが、どうして旅をしているのか。

その子供に見える旅人ウェイファーラーが何者なのか。


 しかし、この広い夜空の下には今、小さき旅人ウェイファーラーに疑問を投げかける者はいない。

あるのは2本の木と、気を揺らす風、脇を流れる小川と、広大に広がる草原だ。

遠くに見える交易都市は固く門を閉ざし、見渡す限りは人気がない。

暗くなりつつある空のもとに、焚き火が揺らめき、美味そうに汁物を啜り、香ばしく焼き上がった穀物の生地チャパティを食み、小魚の乾物にかぶりつく、小さな手と顔が照らされている。

そこには世の喧騒とは無縁の至福があり、瞬き始めた星々も静かにその旅人の食事を見守っていた。



 手早てばやく食事を済ませ食欲を満たした小さな旅人は、すっかり暗くなった空を仰いでから後片付けのために簡易的な松明たいまつを作る。

細長い端切はぎれ布をひろった小枝に巻きつけて油を少し浸み込こませてから焚火たきびの火を移す。

近くに火があれば、大方おおかたけものたちはほとんど近寄って来ないので安心できる。

松明たいまつの明かりを頼りに、小川に下って、小鍋やスプーンを洗い流す。

焚火たきびはいを少量の水でいてこすると、ほとんどの油汚れは簡単に落ちてくれる。

かわいた布ではいと水分をふき取って、厚手の麻布に包んで背負い鞄リュック

既定きていの場所にしまい込む。

長年愛用ている調理道具たち。

今後の旅路たびじでもまだまだ活躍してもらうつもりなので手入れに手を抜かず大事に使っている。

細かい傷や欠けなどは持ち味として受け入れている。


 道具を洗うついでに、服を脱ぎ清流で身を清めることにする。

ほんの少量の灰を清流に溶き、顔や髪や体の皮脂汚れを水量と合わせて洗い流す。

長く伸びた髪を洗うには少し時間がかかる。

ほっそりとしてはいるが、旅を続けるのに適度な筋肉がついており、しなやかな体も、可能な限り隅々まで

冷たい川の流れで清め洗う。

その月夜の水浴びの姿はある種の優雅さや洗練された動き、気品を感じさせるものがあり、人によっては神秘的な光景として目に映るかもしれない。

年齢による等身の低さを少しだけ差し引けば、小さな旅人のボディバランスはとても均整のとれたもので、美しいと表現しても差し支えないものだった。


 口の中も木の柔らかい内皮うちかわを細かくいて手作りした刷毛ぶらし入念にゅうねんに汚れを洗い流す。

健康であるためには自身の体の手入れをおこたってはいけない。

これまでの旅路での苦い経験もあり、普段の手入れの重要性は十分に理解しているのだ。


 小川から上がり、乾いた布でその華奢な体をき、服を着る。

木の根元に戻ってきた。

火をやさないように多めにまきをくべて、清流で冷えた体を温める。

この地方は比較的温暖な方で、今の時期はだんだん日が長く緩やかな日差しによって、昼間のうちは幾分いくぶん温かくなってきた。

しかし、日が落ちるとふるえる寒さはまだまだ残っている。

火をやしてしまうと、こごえ死ぬことはないにしろ、次の日の行動に支障ししょうを来たす可能性は捨てきれない。

しっかりと体を温めてから眠るのが良い。


 体が十分に温まるまでの間、背負い鞄リュックから先ほどの粉粒こなつぶとは別の小瓶と、小さな布の端切はぎれを数枚取り出した。

小瓶の中身は液体だ。

布に数滴すうてき液体をらすと、清涼感せいりょうかんのあるにおいが辺りに広がる。

液体の正体は、植物を蒸留じょうりゅうして精製せいせいした植物性の油だ。

この油の元になった植物は薬としても使うことができる。

強い香りを持っており精製せいせいすると香り成分の濃度のうどし、薬としての効能も高まる。

この植物の香りには獣や昆虫には刺激物しげきぶつ、つまり毒性どくせいのものと勘違かんちがいするため、り付かなくなる。

昆虫や獣を遠ざける効果が自然界しぜんかいでも同じように発揮はっきされており、この植物が群生ぐんせいしている地域では獣がり付かない安全地帯サンクチュアリとなることもある。

今夜もそのご利益りやくを睡眠の安全性確保に役立てる。

数枚の布を寝床ねどこ対角たいかくに置いて重石おもしを乗せる。

こうすることで人口的な安全地帯サンクチュアリとなる。

体はすっかり温まったので、寝袋ねぶくろを取り出して広大な夜空の星をひとめなしがら眠りについた。

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