巡る惑星

 あなた、少しやりすぎたわね。あの人たちカンカンに怒っていたわ。いくら燃料が無いからって、船ごと落とす必要はなかったのではないかしら。


 分けてもらうことも出来たはずよ。


 ……ええ。私ならそうしたと思うわ。


 そちらこそ、文句言わないで。あなたはどこかおかしいのよ。さっきの船に何人乗っていたと思ってるの。少なくとも五百。いや、千はいたかもしれない。


 あの規模の船ならいてもおかしくなかったわ。


 ほら、これ。取っておいたの。いい?これで最後よ。少しずつ飲んで。


 私たちの船も、そろそろ限界ね。ずいぶん長い年月、頑張ってくれたわね。


 でも、このまま宇宙に漂っているわけにはいかないわ。どこかで降りましょう。

 

 とりあえず、あちらの銀河にワープしないと。


 きっと追ってくると思うの。さっきの人たち。


 あなたのせいよ?もっと慎重に行動してよね。


 私だって終わった事をグチグチ言うのは嫌よ!


 でもあなた、いつになってもわかってくれないじゃない。


 ……もう止めましょう、お互いお腹が減るだけだわ。


 さ、行くわよ。


 幾重もの光が飛ぶ。船体の横を通過していく小惑星は、次第に尾を引いて視界から消える。かつて、この場所に何があったのか、そんな事は誰も知るわけもなく。

 流れていく小惑星の群体がその場に留まっている訳もなく。

 私の肌は宇宙線を避けるための軟膏を塗りすぎたせいで、醜いほど白くまだらに変色している。自分の肌を気持ち悪いと思うより先に、知らない生命体の船を堕とした恍惚が脳に沸いた。


 この星、綺麗ね。


 この星にしましょうか。


 見て。樹木も水も大量にあるわ。危険な生命体はいるのかしら。


 私はあっちの方から見て回るから、あなたは反対方向からいい場所を見つけて。


 いい?何かあったら、すぐに連絡するのよ?


 星に降り立つと、目の前にあった樹木の葉を口に入れてみた。芳醇な苦みが口内を占領し、噛み潰してみると更に美味さが増した。私はその一本の樹木に茂った葉を全て食べた。周りには同じ樹木が幾本も生えていて、食べきれないほどあった。


 小さな生命体を発見した。私をじっと見るので、一口で食べた。木陰からさっきよりも大きい、別の生命体がこちらを見ていた。背を向けたその生命体に、私はすぐに追いついて、行く手を阻んだ。生命体は、至る所から水分を流して、枯れ葉の上で動かなくなった。


 私はずっと以前に同じような生命体を見た事があった。あれは別の銀河にいた頃、年月に換算するならば遥か昔の事だ。何万年も前だ。


 目の前の生命体は、その時に私が従属していた生命体に似ている。

 しかし、私が従属していた生命体は、このように動かなくなることは無かった。

 いつも騒がしかった。


 Aに連絡するべきだろうか。いや、必要ないだろう。すぐそばにAの気配を感じる。この生命体は補給用として食ってしまっても問題ないはずだ。


 私は枯れ葉ごと、一息で生命体を飲み込んだ。生命体が高度な知能を持っている事が、解析によって判明した。しかし、まだ未発達だ。なにか、妙な物が干渉して発達を阻害している。私は取り込んだ生命体に擬態する。


 こんなものか。生命体の発達を促進した結果、私の身体には極端な脆さが出た。私の身体はさっきまでとは違い、弱く鈍くになったようだ。


 促進したはずなのに、不思議だ。


 Aに連絡をしよう。そうでなければ、私はこのまま枯れ葉の上で活動を停止する可能性がある。A、届かない。私の意志が、Aに届かない。


 声帯。この生命体は高度に発達する可能性を秘めていながら、不便な身体をしている。空気を振動させる器官。とんでもない。私は失敗した。


 自己修復を試みる。細胞と呼ばれるこの生命体の基礎。それの活性化。活動を停止しようとしている、心臓という器官を見つけた。筋肉。これは数種類あって、中でもファイバー状になっている骨格筋という組織は単純だ。


 私は何とか立ち上がることが出来た。飛ぶことは出来ないらしい。飛ぶための何かしらがあっても良いはずなのに。


 Aに連絡が取れない。私は歩いてみる。さっきまで感じていたAの気配が全くない。どこにいる。動きが遅い。この身体。全く自由が利かない。


「おじいちゃん。大丈夫?」


 生命体3。さっき食った生命体よりも小柄だ。


「……あ。うあ……」


「おじいちゃん?道に迷ったの?」


 倒れてしまう。このままでは。


「迷ったのね。一緒に行こう。私も森を抜ける所なの」


 か細い手。首。


「あ、そうだ、おじいちゃん。私のお兄ちゃん見なかった?」


「……お。うん」


「そう、どこ行っちゃったんだろう」


 A、お前。すでに自我を失ったか。

 この生命体3に、わずかにAを感じる。


 人間、人類。そうか。


 私の脳の深いところの一角に、ほんのわずかに残っていた記憶。

 それが呼び起こされた。


 ――私の事は覚えておいて欲しいな。きっとよ。


 これがミライ様と同じ人間という生命体。ミライ様。


 あなたの旅の終着点はこの星でしたか。

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青い惑星 土釜炭 @kamakirimakiri

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