救世主、PCKL-1
来訪者は、人類だと思うかね?
私がノアに足を踏み入れた時、代表にそう聞かれました。
私は子供の頃から、来訪者という存在を恐れていました。
兄がいなくなったのは、来訪者に攫われて食われてしまったからだと、隣家のお爺さんが父に話しているのを聞いたことがあったからです。
すみません、来訪者のあなたには不快な話ですね。
あなたは何年の間、宇宙空間を彷徨って地球に降り立ったのでしょうか。
来訪者の方達は、住んでいた星を捨てたそうですね。
まさに今、私たち地球に住んでいた人類と同じように。
私は他人から聞いた話しか知り得ませんが、この星、地球を発見した時は驚いた事でしょうね。そして嬉しかったでしょう。
地上に降り立った最初の来訪者は有名な方ですね。ギルミット博士。
あなたのお父さん。
PCKL-1。私はあなたの事を知りません。
でも、ギルミット博士は全ての来訪者の父と言われている人。
来訪者の遺伝子情報を公開したのは、ギルミット博士でした。様々な叡智を人類に与えたのも彼です。
あなたは、ギルミット博士の事をどう思っていますか?
町に知らない顔が増え、兄が行方不明になり。私はノアに入るまでの間、父と母と、身を寄せるようにして暮らしました。
戦地となった地球の大地には様々な兵器が飛び交い、地盤を揺らすような兵器が使用されたのは、記憶に新しいところです。
地球が耐えられなくなったころになって、人類も来訪者も、ウィドゥニーでさえもやっと気づいたのです。
地球が死ぬと。
……ノアの代表は、ギルミット博士です。
驚きましたか?
そうでもないようですね。
ですから、というのもおかしな話ですが、私とあなたはきょうだいのようなものですよね。
ギルミット博士は、私の上司であり、父でもあります。
わけが分からない。ですか?
私はエンジェル。そう、私は一度、自分を捨てているのです。私の細胞はギルミット博士によって分解され、そのあとで再構成されています。
どうしてそんな事を?ですか?
そうですね。……私は、来訪者になってみたかったのかもしれません。
本当の父と母、それに兄とは、もう会えない事はわかっていますから。
私は一度死に、生まれ変わりたかった。
PCKL-1。あなたはどうですか?
来訪者のほとんどはギルミット博士によって創造されていますよね。
あなたはどうして、その席に座ったのでしょう。
なにか地球に恩があったのでしょうか。
それとも、特別な理由があるのでしょうか。
あなたは自分が死ぬことを分かっていますよね?
それは私も同じですが、私とは立場が違います。
人類が脱出するまで、地球の回転を維持する。あなたの中にはそうした命令が下されているのですか?
……脳の活動が揺らぎませんね。
それとも、混乱しているのでしょうか。
あなたと私は、人類にとって救世主となります。
ノアの船団は、もうすでにそのほとんどが成層圏を突破し、ワープ軌道に乗り始めています。
地上に残された人類はわずかです。
しかし、残念ながらその人たちは助からないでしょう。でも、それは悲しいことではありません。自らその道を選んでいるのですから。
宗教とは不思議なものです。彼らは地球と共に生命の灯を終わらせる覚悟でいます。果たしてその決断に後悔はないのでしょうか。
宇宙に脱出する術は、沢山あったはずです。
……私は、皆を守りたかった。わかりますか?
私は来訪者と同じ身体になって、その役割を果たしたかったのです。
人類は、別の銀河系へ行くしかないでしょう。
もし、先の未来に生きていける星に辿り着いたなら、地球出身の人類も、来訪者も、差別や
ウィドゥニーに再度侵攻された時には協力できるように。
PCKL-1。私たちには祈る事しかできません。
この先の未来がどうなるのか、私たちには知る事が出来ません。
ですからせめて、出来ることをしましょう。祈りましょう。
悲しいですか?
私は誇らしく思いますよ。PCKL-1。
あなたを、私は誇らしく思います。
そろそろでしょうか。
地球の回転が止まるようです。そうしたら太陽系の均衡は崩れ、全てが太陽に飲み込まれるでしょう。
どのような光景なのでしょうね。すべてが燃え尽きる瞬間を見られるのは私たち二人だけです。その時まで、一緒にいましょう。
通話は、どうしましょうか。繋げたままの方が良いですか?
……いえ、私からお願いしましょう。
一緒にいてください。たくさん話を聞いてください。
寂しい、悲しいという感情は、再構成の際にギルミット博士に切ってもらったはずなのですが、やはり、私も人間という事なのでしょうね。
あなたには愛情を感じます。
愁いや哀悼に似た愛情です。心が……。頭がと言った方が正しいのでしょうか。
でも、この場合、心がという方がふさわしいと思います。
心が、あなたに傾くのを感じるのです。
不思議ですね。
私は来訪者になりきれていないのかも知れません。
来訪者は、感情が淡泊だと言われていましたね。
それはやはり、創られた人類だから。
でも、実際、私は人間から来訪者になったわけですが、前の私とほとんど変わらないと思うのです。
私は兄がいなくなってから、ずっと悲しみの中にいました。
それは母も父も同じです。その悲しみの中で、父は来訪者を恨んでいました。
私は父を裏切った事になるのでしょうか。兄を疎かにした事になるのでしょうか。
私の正義は、全うされているでしょうか……。
人類の存続を第一に考えようと言ったギルミット博士。私と同じ気持ちを持っていたはずです。
あなたは自分の父を信じていますか?
PCKL-1。もうすぐです。
地球が、なくなります。
太陽が近づいて……。
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