青い惑星

土釜炭

世界に発信された警告

 大気はすでに灼けるように熱くなっている。活火山が至る所で火を噴き、青かった地球には大量の宇宙線が降り注いでいる。風が舞うと巨大な竜巻が発生し、それに伴ってわずかに残った海水が逆巻き、周囲に雨を降らせる。しかし、その雨は地面に落ちる前に蒸気となり、形あるものに恵みを与える存在にはならなかった。


 警告は、世界の隅々まで余すことなく、様々な言語で響き渡った。


「地球からただちに脱出してください。繰り返します。地球からただちに脱出してください。私たちの名称はノア。宇宙移民補助団体ノアです。脱出する術をお持ちの方にお願い致します。隣にいる人を助けてあげてください。私たち人類は、地球を捨てなくてはなりません。繰り返します……」



 PCKL-1。PCKL-1。返事をおねがいします。

 こちら管制室。管制室長のエンジェルです。


 ……私の声が聞こえませんか。いえ、大丈夫です。こちらで、あなたに聞こえている事はわかっています。そのまま聞いていてくれれば、問題ありません。


 まず、あなたには謝らなければなりません。これから話すことは、地球に住んでいた人類および全ての動物の総意と思って頂ければ幸いです。


 アメリカ、イギリス、フランス、日本、中国にインド。世界のトップからも謝辞を頂いています。私との通信が終わったらホロデータを送りますね。


 私は、あなたの名前を知りません。PCKL-1という席に座ったあなたの事、私は何一つ知らないのです。でも、私はあなたを愛しています。


 言語の羅列に従って、私の音声は翻訳されあなたに伝わっている事と思います。

 本当に、ありがとうございます。そしてごめんなさい。


 あなたがいるから、私たち人間は種の絶滅を免れることが出来ます。それを、あなたがどう受け取るか、私にはわかりません。でも、これだけは言わせてください。


 私はあなたを愛しているのです。


 今、あなたは席に座って、何を想っているでしょうか。


 私は……そうですね。幼い頃からの思い出、これまでの人生を振り返ってみようかと思います。


 聞いてくれますか?


 ……すみません。返事は出来ませんでしたね。でも、言語野が多少、反応しているようですので、興味ありと思っても良いのでしょうか。

 

 この地球が滅ぶまで、小話するくらいの時間は残されています。

 勝手ながら私の人生の回想に付き合って頂いても宜しいでしょうか。


 ……私はエンジェル。ラインベルクという町に産まれ、昔はアメリ―と呼ばれていました。

 

 ラインベルクは、ドイツにある小さな町です。両親はそこで農家を営んでおり、慎ましいながらも生活していく事に困る事はありませんでした。


 町の中心部から少し南下した所に、ハーファーブルッフ湖という湖があって、私と兄は幼い頃はそこでよく遊んでいました。近くに兄の友人が住んでいたからですね。

 

 両親は仕事の合間を縫って、私たち二人の様子を見に来るのですが、その時にお菓子やサイダーを持ってきてくれるので、それも楽しみでした。


 あなたはどこの人なのでしょうね。PCKL-1。一人で話をするのって慣れていないので、たどたどしいでしょうか。


 ……続けますね。私と兄は、陽が落ちるまでその湖で釣りをしたり、湖の近くの森で虫を捕ったりしていました。十歳の頃だったと思います。


 ある日、森の中で兄とはぐれてしまったんです。幸い、私は湖まで辿りつくことが出来て、迎えに来た両親に合う事が出来たのですが、兄はそれから家に帰って来ることはありませんでした。


 小さな町は大騒ぎとなって、連日、警察や住民達が兄の捜索に当たっていました。でも、一週間が経った頃になって、その捜索も打ち切る形になってしまいました。兄はその当時で十三歳。一人で家出をするには、お金もありませんでしたし、考えにくいですよね。


 事件性がありましたので、それからも警察は捜索を続けてくれたのですが、今の今まで、兄は帰ってきていません。……何だか、暗い話になってしまいました。ごめんなさい。


 これから地球が生命活動を止めるのに、こんな話をしているのはおかしいですね。


 少し時代を進めましょう。私はそれから学業に専念し、警察官になろうと思いました。ラインベルクの町を守りたかったのです。


 しかし、私が大学三年の頃に、あなたも知っていますよね。あの世界的な大事件が起きたのです。……え?わからないですか?


 とても否定的な反応を示していますね。


 ああ、なるほど、あなたは来訪者ビジターなのですね。あなたが来たのは、あの後ということですか。それなら知らなくても当然です。失礼しました。


 それなら、あの時の事を、少し話しておきましょうか。


 私が家に帰ると、両親がモニターの前で立ち尽くしていました。モニターから聞こえてきたのは、いつも聞くニュースキャスターの声で、私はこの人の声が好きでした。それで、そのキャスターが原稿を読み上げながら苦悶の表情を浮かべたのです。


 あんな表情を、ニュース番組で観るのは初めてでした。私が母の隣に立つと、すぐに母は私の手を握って言ったのです。あなたの事は絶対に離さないよと。


 父は、大きな腕で私と母を抱きしめました。

 父は少し泣いていました。


 戦争が始まったのです。それも、地球にある国同士の戦争ではなく、地球外生命体と呼ばれる者たちとの戦争です。


 その者たちは、We don't know the intent of the invader.

――意図の分からぬ侵略者。ウィドゥニーと名づけられました。


 ウィドゥニーの存在は、戦争が始まる直前まで隠されていました。


 あなた方、来訪者が地球に来るようになったのは、私が十歳の頃でしたから、今からだと二十年も前でしたね。


 その本当の目的は観光だったのでしょうか、征服だったのでしょうか。


 私が八歳の頃。突如として発表された来訪者という存在に、私たちはとても動揺しました。地球の外から宇宙を旅して来た。


 そんなの、地球上にひっそりとある辺鄙へんぴな片田舎に住む少女には信じられるわけが無かったのです。


 しかしそれから、すぐにラインベルクのような小さな町にさえも、来訪者が来るようになりました。政府は、私たち人間と変わらぬ容姿、生命体であるなら移民として受け入れると発表しました。

 

 きっと、これまで地球に住んでいた人類にはない、特別な知識とか能力などを期待したのでしょう。


 見た事の無い顔の人間が、町中にどっと増えて、地球人口はあっという間に百五十億人を突破しました。


 来訪者を判別するためにはどうしたら良いか。昔からの知り合いの間ではそんな事が、いつもの話題として取り上げられるようになりました。


 箸の使い方を見たらわかる。アジア圏の研究者が最初に提言した判別法です。笑ってしまいますよね。その内容を聞いて、さらに私は笑ってしまいました。

 箸を使うときにだけ、誤って指が六本になる。ですって。


 誤って指が六本になる。とはどういう事?

 私と母は、居間でその発表を観ながら色々と考えていました。その判別法を直近で観たとされる女性が顔を出してインタビューを受けていたのを見て、私の中には疑問が湧きました。


 判別できたとして、それからどうなるの?もしくは、どうするの?という事です。


 移民として町に住み始める人たち。約十年の間に、どんどん人が増えていきました。私が大学を卒業する頃には、ウィドゥニーとの戦火に見舞われ疎開してきた、来訪者ではない人たちも多くいたはずです。


 人間と変わらない容姿、変わらない遺伝子情報。しかし、他の惑星から宇宙を旅して来られるだけの技術力を持った来訪者たち。


 私たちにとってその存在は、侵攻してきたウィドゥニーと同じように恐怖でしかありませんでした。研究者の言う判別法を実施したとして、目の前の人間が来訪者だとわかれば、その時は多くの人が逃げ出していた事でしょう。


 間もなくして、判別をする事に対する反対意見を唱える人物が現れました。

 その人が後に、私の上司となる人ですが、今はその話は置いておきます。


 国連は来訪者の判別をしないように、そういった研究も辞めるようにと世界に向けて発信しました。しかし、当然ながら、意見は割れました。


 そのような時を経て、世界はまとまりを失くしたまま時間だけが過ぎました。

 

 二年間続いたウィドゥニーとの戦争は泥沼でした。

 世界各地で食糧難が起き、餓死者が増えていきました。


 食糧危機に陥った地球は、ウィドゥニーに和平を掲げた交渉を持ちかけました。

 

 その交渉の中で、ウィドゥニーが地球を攻撃した意図がわかりました。

 それは、二十年前から地球に住むようになっていた来訪者たちを追って来た事と、来訪者たちへの報復でした。

 

 私や家族のように元から地球に住んでいた者たちは、二つの地球外生命体の喧嘩のとばっちりを受けていた。そういう結論に至る者が多く現れました。


 来訪者によってもたらされた技術革新を差し置いて、叫んだのです。


 来訪者を差し出せ。戦争が起きたのはお前たちのせいだ。地球から出ていけ。

 世界中でデモが行われました。


 ウィドゥニーとの戦争が収束に向かう頃、私は警察官となりました。


 人口の増えた町の中を巡回し、新しくできた民家や商店、事業所、学校などをくまなくチェックしました。


 勘違いしないでください。私は町を、住民たちを守りたかっただけです。


 日本からのニュースを目にしたのは、私が昼食を摂っていた時でした。同期の巡査が私の腕を引っ張り、スマートフォンの画面を向けてきたのです。


 そこには、同じ顔をした二人の人間が向かい合って立っていて、その一人の身体が溶けていくといった内容の映像が映し出されていました。私は吐き気を催しましたが、画面に釘付けになりました。


 署内の警報が鳴り、職員の全員がホールに集められました。


 これは、フェイクである。署長はそう言って、つい先ほどまで見ていた日本で撮られたムービーを全員の前で見せました。


 私にはとても信じられませんでした。署長の対応にです。

 来訪者を判別する事、そして方法を、私は思い出していました。


 国連はウィドゥニーの代表と、来訪者の中でも世間に知れた者を召喚し、話し合いの場を設けました。しかし、この話し合いは最悪の結果に終わったのです。


 ウィドゥニーの兵隊と来訪者の兵隊、そして地球軍が三つ巴にぶつかる事になり、地球には再び戦火が灯りました。


 半年間で、地球の主要都市のほとんどは戦地となり破壊されました。


 私は両親を永年ポッドに冷却処理を施し、ロケットで宇宙に飛ばしました。

 

 地方の自治体がそうした物を用意していたので、私の住んでいた町の住民のほとんどが、両親と同じように宇宙に飛びました。


 私は、宇宙移民補助団体ノアを尋ねました。

 兵隊となる気持ちは無いけれど、皆を守りたい。私はそう思っていたのです。

 

 来訪者の人権を国連に求めたノアの代表は、私欲にまみれた各国の考えに頭を抱えていました。


 人類の存続を第一に考えよう。代表はそう言いました。


 私はただの町の警察官でしたが、今では代表のお付きにまでなりました。

 これは幸運だったと、私は心から、そう思っているのです。


 PCKL-1。安心してくださいね。私は最後まであなたの隣にいますよ。

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