第10話 夏休みが始まる話。

『四月から始まった一学期も今日で終わり。明日からは夏休みですが…』



 キーンと耳を刺すようなノイズと校長先生の長話。あくびをする生徒に眠たそうな教師。クーラーのない体育館で行われる終業式に不満を感じながらも皆、夏の暑さに耐え続けている。


『少し長くなりましたが、夏休み。羽目を外しすぎないよう楽しんで下さい。私からは以上です。』

『はい皆さん。校長先生が仰っていた事をしっかりと守って、楽しい夏休みにしましょう。それでは一年生から順に教室に戻って…』


 校長の長話が終わり、マッチョ先生…もとい体育の前田先生の指示に従って生徒たちは教室へと戻っていく。その途中、廊下の隅っこを気だるそうに歩く雪菜を見つけたので声をかけてみた。


「よっ。随分と疲れてるな」

「そりゃね。あんな人が多くて蒸し暑い空間に閉じ込められてれば嫌でも体力は削られるよ」

「うんうん、すっごい分かる!」

「暑いことより蒸し蒸ししてるのが嫌だよね〜」

「…。なんかしれっと混ざってんな」

 

 ついさっきまで雪菜と二人で廊下を歩いていたはずだが、いつの間にか後ろに菊沢と羽村が追加されている。一体いつ紛れ込んだんだ。


「ところで、お二人さんは夏休みの予定決めてる?」

「予定…小林の家でゴロゴロかな」

「俺も似たようなもんだな」

「枯れきってる。高校二年生の夏休みは一回しかないんだよ?そんな無駄遣いしてたら勿体ないよ!ね?水樹?」

「ん?あー、えっと。そうだそうだ!!」


 話を聞いてなかったであろう羽村が元気に相槌を打っている。まあ、コイツは放って置くとして。確かに菊沢の言う通りかもしれない。俺と雪菜だけで予定を立てようものなら、夏休みの思い出が全てゲームと睡眠で埋まってしまうだろう。それは傍から見れば…そう。


枯れきった青春ってやつなのかもしれない。


「というわけで!夏休みの計画表をメッセージで送るので確認よろ〜」

「よろ〜」


 それだけ言い残すとクーラーの効いた教室へと入っていく二人。雪菜と目を合わせ「今年の夏は騒がしくなりそうだな…」と苦笑いをする。


「楽しみだね。夏休み」

「どうせならとことん遊び尽くすか」

「そだね。遊び尽くしちゃおう」

 

 休みの大半を一人で過ごした去年とは少し違う。騒がしそうで、疲れそうで、キラキラと色付いた夏休みがやってくる。



 蒸し暑い部屋の中、俺は携帯のバイブ音で目を覚ます。寝る前にクーラーを消したのは間違いだったな。菊沢から送られてきたメッセージを放置して、お風呂場へと向かう。とりあえず寝汗を流すためにシャワーを浴びたい。


「よいしょ…と」


 脱いだ服をカゴに入れていると、微かに玄関の扉が開く音が聞こえてきた。おそらく雪菜が遊びに来たのだろう。まあ、雪菜なら放置してても何の問題も……。


「小林〜?」



ガチャッ…。


「「えっ…。」」


 脱衣所の扉が開くと同時に訪れる沈黙。一糸まとわぬ姿で洗面台の前に立っている俺と、視線が下に向いたまま固まっている雪菜。まさか夏休みそうそう俺のサービスシーンをお見せすることになるとは。


「ご、ごめんっ…!顔でも洗ってるのかなって見に来たんだけど、、、」

「……。まあ、鍵かけてなかった俺も悪いし気にするな。ほら出てった出てった」


 珍しく慌てている雪菜を落ち着かせつつ外へとつまみ出す。流石に多少の恥ずかしさはあるので、早いところ汗と一緒に今回の出来事は水に流してしまおう。



「あ、小林……おかえり。」

「ただいま」


 お風呂から上がると、気まずそうにソファーのクッションを抱きしめた雪菜が出迎えてくれた。故意ではないにしろ覗いてしまった事を反省しているようでテンションは低めだ。


「えっと…次からはちゃんとノックするね」

「そうしてくれ。こんな事が続いたらお婿に行けなくなっちまう」

「その時は責任取るから安心して」

「きゃ〜!男らしい!」


 少女漫画のヒロインのように目を輝かせ雪菜に視線を送る。背景にキラキラと星を散りばめている途中で、ふと菊沢からメッセージが来ていた事を思い出した。


「そういえばグループのメッセージ放置してたな…。どれどれ」


『やっほ〜!皆元気してる?最近暑いしプールとか行きたいなって!え、なになに?人が多いのは嫌?のんのん。水樹の家にあるプールを借りるから大丈夫だよ!というわけで、空いてる日教えてね〜』


「……。」


 文章という壁を通り越して陽キャの波動が伝わってくる。とりあえず余計なことは言わずに空いてる日だけ送っておこう。


「さて、プールに行くなら水着どうにかしないと」

「あ!それだよそれ。水着一緒に買いに行こって誘いに来たんだった。さっきのインパクトが強すぎて忘れてたよ」

「じゃあ駅前のデパートにでも買いに行くか」

「うん!行こ行こ〜」


 俺たちは軽く準備を済ませ駅前へと向かう。照りつける日差し。アスファルトに浮かぶ陽炎。自転車で颯爽と走り抜ける子供たち。街はすっかり夏色に染まっている。


「あ、セミが死んでる」

「可哀想に。きっとこの炎天下に耐えきれなかったんだな。短い命に敬礼…」



ジジッ…!!!


「うおっ…!!まだ生きてんのかよ!」

「セミファイナル。」


 突然動き出したセミに驚き、俺は後ろの電柱にしがみつく。全く人騒がせなセミだ。ただでさえ短い命を死んだフリなんかで消費するなよ。勿体ない。


 元気に飛び立ったセミに別れを告げ、俺たちはデパートの中へと入っていく。確か水着売り場は三階にあったはずだ。


「お〜。結構種類あるね」

「これは選ぶのに時間がかかりそうだな」


 流石は駅前のデパート。広いスペースに数多くの水着が置かれている。"女子の服選びは時間がかかる"というのは既に漫画で予習済みだ。今日は何時間でも付き合って…。


「これにしよっと」

「え、決めるの早くない…?もっとゆっくり選んでも」

「こういうのは直感が大事だからね」


 そう言うと雪菜は水着を持ってレジへと向かう。どうやら頭の中でシミュレーションしていた『ねえねえ?これとこれどっちが似合う?』『どっちも似合ってるけどこっちかな。』『じゃあ、こっちにしよ』『おいおい、俺が選んだ方と逆じゃねーか♪』というやり取りは無駄だったらしい。


「…。俺も適当に選ぶか」


 近くにあった緑色の海パンを手に取りサイズを見る。思ったよりも現実というのはあっさりしているのかもしれないな。


「さてと。無事に水着も買えたし帰るとするか」

「うん。そういえば花ちゃんからメッセージ来てたよ。プールは四日にしようって」

「明後日か。了解」

「それとBBQと祭りと肝試しと山登りもしたいから、予定立てちゃおうだってさ」

「……。」


 俺は今後追加されていくであろう予定を聞き、そっとスマホの通知をオフにする。どうやら今年の夏休みは休んでる暇などなさそうだ。


(宿題だけ早めに終わらせとくか…。)

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