第11話 プールを満喫する話
「ほんとにプールだ…」
羽村家に常設された屋内プールを見ながら雪菜はそう呟く。水に浮かぶビニール製のイルカ。鼻を刺激する塩素の匂い。プール監視台に座る長谷川さん。
「あ、長谷川です」
プールサイドチェアに冷やされたスイカ。色々と目に付くものは多いけれど、俺はただ一人の少女から目を離せずにいた。
「どしたの小林?」
「その水着…似合ってるなと思って」
「い、いきなりだね。ありがと…」
透き通るような白い肌に黒色のビキニ。雪菜が動く度、胸元のリボンが小さく揺れている。ついつい胸元で揺れる"リボン"を目で追ってしまうが、そこに他意はない。
(あの絶妙なサイズ感…。大き過ぎず小さ過ぎずって感じが良いんだよな。)
「小林。気に入ってくれたのは嬉しいけどそんなに見られると恥ずかしい」
「悪い悪い。いや〜デザインがさ。水着のデザインが可愛くてついつい」
「まったく…」
咄嗟に誤魔化してみたが、あの表情から察するに胸をガン見していたのはバレていそうだ。雪菜は少し顔を赤くしながらムッとした顔でこちらを見ている。次からはガン見じゃなくチラ見程度にしておこう。
「お待たせ〜!ジュース持ってきたよ!」
「あれれ?もしかしてお邪魔だったかな?」
「やかましい」
「あたっ…」
合流するなりニヤニヤしながら冷やかしてくる菊沢にチョップをかます。俺が居ることを考慮してラッシュガードを着ている菊沢だが、肝心のチャックを閉めていないので青色の水着と胸元のホクロがしっかりと見えている。
(なるべく見ないように配慮してたけど、菊沢ってやっぱり巨にゅ…。)
「「………。」」
菊沢の胸部をチラ見していたら二人から無言の圧を感じた。ヘタをすれば沈められかねないので、これ以上は見ないようにしておこう。
「さて!皆集まったしプール入る前に準備運動しよっか!いきなり身体動かしたら危ないからね」
そう言うと長谷川さんと一緒に軽い準備運動を始める羽村。一人だけ競泳水着を着用して、首からゴーグルをぶら下げているだけの事はある。怪我をしないよう真剣に遊びと向き合っているのだろう。俺達も見習わなくては。
「よしっ!準備運動も終わったし泳ぐぞ〜!」
「ちょっ!水樹…!?」
ジャボンッ……!!
「「……。」」
ブクブクブク……。
「「………?」」
ブクブク……ブクッ……。シーン。
「「………!!?」」
一体何が起こったんだ?意気揚々と飛び込んだ羽村が水中で奇妙な動きをしたかと思えば、静かに浮かび上がってきた。慌てる俺達を横目に長谷川さんは慣れた手つきで羽村を水からすくい上げる。
「ゲホッ…ゲホッ…」
「何してるんですか?」
「いや、なんかっ…今日はいけそうな…ゴホッ…気がしてっ…」
「危ないので止めてください」
「はい。ごめんなさい……」
羽村は鼻水を垂らしながら長谷川さんの説教を受けている。しばらくしてから、元気になった羽村が浮き輪を装着した状態で戻って来た。
「いや〜。去年花っちと泳ぎの練習したからイケると思ったんだけどね」
「練習はしたけど結局バタ足も出来ずに終わったでしょ」
「そうだっけ…?じゃあ今年はバタ足をマスターしないとだ」
「はいはい。付き合ってあげるから無茶しないでね」
「うん!ありがと!」
羽村は菊沢の手を掴んでゆっくりプールへと入っていく。練習の邪魔にならないよう俺はユニコーンの浮き輪にでも座っておくか。
「ちょっと小林。それ私が使おうとしてたんだけど?」
「いやいや。俺が先に掴んでたから」
「いやいやいや。ほぼ同タイミングだったじゃん」
「いやいやいやいや。それは無理ですって」
雪菜は何故か俺が掴んだユニコーンを両腕でガッチリとホールドしている。どういうつもりかは知らないが、こうなった以上簡単には離してくれないだろう。
それから両者一歩も引かずユニコーンを巡る争いはヒートアップしていた。先に触れたのは確かに小林選手。しかし、それはあくまで腕のリーチによるものだと主張する雪菜選手。
「このままじゃ埒が明かない。ジャンケンで決着をつけよ」
「負けても文句言うなよ?」
「そっちこそ。最初はグー」「ジャンケン」
「「ぽんっ!!」」
ぷか…ぷか………。
ユニコーンの浮き輪に座りながら"俺"はプールを満喫する。これが勝者の景色か。ジャンケンに負けた雪菜が水鉄砲で狙撃してくることさえ除けば、最高の時間だ。
「それ…よく見たら二人で乗れそう」
「無茶を言うな」
「一回だけ試そ?ほら寄って寄って」
「ちょっ…バランス。意外とシビアだから気を付けろよ?」
プールサイドから強引に乗り込む雪菜と転覆しないように必死で耐えるユニコーン。水面でグラグラ揺れながらも、どうにか二人で乗ることには成功した。
「乗れたけど…なんか凄い体勢になっちゃったね」
俺の右足に跨った状態で腰を下ろす雪菜。向かい合った体勢のままお互いに身体を寄せ合い、大きく脈打つ心臓の音を押し付け合う。
(布面積が少ないせいで雪菜の体温がダイレクトに…。)
水の冷たさと人肌の温もり。塩素の匂いと鼻をくすぐる甘い香り。周りの声も音も何も聞こえない。聴こえるのは雪菜から伝わる心音だけ。
(もし…このまま顔を近づけたら。)
(もし…このまま目を瞑ったら。)
どうなるんだろう。
「あっ!小林とゆきゆきがえっちな事してる!」
「「……!!?」」
「そういう行為はご自宅でお願い致します」
「はいはい。邪魔しちゃ悪いし向こう行こうね〜」
気を使った様子でプールの隅っこへと移動する三人。雰囲気に流されて忘れていたけど、ここは羽村の家で菊沢も長谷川さんも居るんだった。危うく皆の前で………。
「うおぉぉお…!心頭滅却!」
「ちょっ!小林!暴れたら落ち…っ!!」
バシャーン…!!!!
大きく水しぶきを上げ転覆するユニコーン。プールに落ちたおかげで少し頭が冷えた気がする。鼓動も落ち着いてきたので水面に浮上すると、巻き添えを食らった雪菜が水鉄砲を構えながら待っていた。
(おっと。これはマズイな…。)
「まあまあ…そんな怒るなって。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?ほら、落ち着いて落ち着いて」
「遺言はそれだけ?」
「…。」
(さてと。説得は無理そうだし逃げるか。)
「じゃあな!」
「あっ…。逃がさないからね」
その後、羽村と菊沢も巻き込んでプール内での鬼ごっこが始まった。襲い来る水鉄砲から逃げ続け、時には味方の盾となり、時には味方を盾として、俺達は友情を深め合った。
こんなに本気で遊んだのは小学生以来だろうか。プールから上がった後の疲れや独特の匂いも相まって、どこか懐かしさを感じる一日だった。
「ふ〜。今年の夏は楽しかったな」
「何言ってるの?まだ始まったばっかりでしょ?」
「おかしいな。もう十二分に遊んだと思ったんだが」
「まだまだ。私たちの夏はこれからだよ」
「なんか打ち切られそうな台詞だな」
茜色に染まった街に見下ろされながら、家路を辿る。『どうせなら泊まっていきなよ!』と羽村に提案されたが、女子三人とお泊りとか肩身が狭すぎるので断っておいた。
「てか、雪菜は泊まっていけば良かったんじゃないか?」
「小林を一人には出来ないよ。お母さん心配」
「俺は三歳児か?」
「よしよし。ミルクの時間でちゅよ〜」
「俺は一歳児か?哺乳瓶は嫌なので直接いいですか?」
「ごめん小林。やっぱり身の危険を感じるから羽村さんの家に泊めてもらうよ」
「ちくしょう…」
俺は純度百パーセントの下心で向き合っただけなのに。赤ちゃんには戻れないと知った夏の夕暮れ。遠くで鳴るパトカーのサイレンに怯える十七歳児。お父さんお母さん。あとポメラニアンの小五郎。次に合うのはアクリル板越しになりそうです。
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