第9話 皆でタコパをする話。
羽村に連れられ俺たちはキッチンへと移動する。キッチンと言うより厨房と言った方がしっくり来るだろうか。多種多様な調理器具にフライヤーまで置いてある。我が家のキッチンとは比べ物にならない広さだ。
「お待たせ致しました。こちらが本日仕入れたタコになります」
「うわっ…。初めて見たけど結構グロテスク」
「こ、小林。私は応援席で見てるね」
「いやいや、俺も無理だからな」
青いネットの中で暴れ回るタコを見て、俺たちはキッチンの隅っこへと避難する。これはあれだ。素人が気軽に捌ける食材ではない。今すぐスーパーに茹でダコを買いに行こう。
(待ってろ皆。俺が最高のタコを手に入れて…!)
「おぉ〜!表面ヌルヌルしてる〜!思ったより小さいし捌きやすそうだね」
「よし。後は全部羽村に任せよう」
「「そうだね…!」」
臆することなく青いネットからタコを取り出す羽村。気付けばタコはまな板の上。この勝負、決着はすぐにつきそうだ。後は彼女に任せて俺たちはキッチンの隅っこで見守るとしよう。
「じゃあ早速…って。ちょっ!吸盤強っ!めっちゃ張り付いてくるじゃん…!うぉぉぉお!小林手伝って!」
「マジかよ。珍しく見てるだけで済むと思ったのに…。仕方ない。覚悟を決めるか」
足を震わせながらタコへ近づき軽く突付いてみる。ヌルっとした粘液に弾力のある肉質。触り心地としてはマイナス七十点と言ったところだ。
「もしかして小林タコ苦手?顔がモアイみたいになってるけど」
「いや、大丈夫。オレタコヘイキ」
「なら良かった!じゃあグイッと引っ張っちゃって!」
「おう…。任しとけ」
覚悟を決め、俺は羽村の腕に張り付いたタコを鷲掴みにしてみる。相変わらず気持ち悪い感触をしているが、ここまで来ればこっちのもんだ…。
「この勝負貰った!!」
ヌルっ………。
(あれ…??)
タコの頭を掴んでいたはずの手にはベットリと粘液だけが残されている。どうやら表面がヌメヌメしているせいですっぽ抜けてしまったらしい。ここは一つ掴み方を変えてみるとしよう。足の間に腕を潜り込ませるイメージで。
(お、いい感じ……って!?)
「おいっ!なんか俺の方に路線変更して来たんだけど!?ヌメヌメしてるし生臭い…」
「触手に襲われる小林くん。あんま需要ないね」
「おいそこ。随分と余裕あるな」
「とりゃっ。小林を離せ」
「雪菜。気持ちは嬉しいが箸でつつくのは止めような」
その後、長谷川さんの助けにより無事タコとの戦いに終止符が打たれた。散々な戦績ではあったが、これでようやくタコパが始められる。各々食材を持ち羽村の部屋へと運んでいく。
「よーし!準備出来たし早速作っちゃうよ!」
「あ、水樹。その前に髪結んであげる」
「お〜。ありがと花っち!なんかやる気出てきたぁ!」
そう言うとたこ焼き器に生地を流し込んでいく羽村。彼女の部屋にはタコパのために用意されたであろう長机が設置されており、その端っこが調理スペースとなっている。後ろには【たこ焼き】と書かれたのぼり旗まで置かれていて、タコパに対する本気度が伝わってくる。
「一人だけ気合の入り方が違うな。いつの間にか服装も変わってるし」
「確かに。祭りの人みたい」
さっきまで肩出しのフリルブラウスを着ていたはずの羽村は、いつの間にか白の無地Tに着替えている。シャツの袖は肩まで捲り頭にはハチマキ。まるで屋台の大将って感じの格好だ。
「水樹様。そのお召し物とてもよくお似合いです。流石は羽村家の大将。よっタコ頭」
「ヘヘっ!照れるなぁ!」
「いや、最後のは褒め言葉じゃないだろ」
長谷川さんからの掛け声でテンションが上がったのか、楽しそうにたこ焼きをクルクルとひっくり返す羽村。普段から作り慣れているのかやけに手際が良い。
「羽村さんひっくり返すの上手いね」
「コツさえ掴んじゃえば簡単だよ。こうジュワっとしたタイミングで端っこを切ってスッと回すだけだし」
「なるほど。バッと切ってスッと回す」
「よし。今からゆきゆきは弟子一号ね!好きなだけ修行しなさい!」
「えっと…ここでジュワっとするから、バッと切って…スッと」
「おぉ〜!一回目から完璧じゃん!もう教えることは何もない。免許皆伝っ!」
「お世話になりました」
いや、免許皆伝早すぎるだろ。というか雪菜は羽村の説明で何を理解したんだ。アイツの説明擬音しかなかった気がするんだが…。これが感覚派の共鳴か。
「とりあえず第一陣はこれぐらいでいっか。さあ、食べて食べて!」
「めっちゃ盛られてる…。ありがとね水樹」
「小林の分は私が取り分けてあげる」
「おう、ありがとな。それじゃ早速…」
「「「いただきます!!」」」
「てやんで〜」「水樹様。いただきます」
雪菜から渡されたアツアツのたこ焼きを口に放り込む。噛んだ瞬間、口全体に広がる熱気。外はカリッとしていて中はトロットロ。食感は揚げたこ焼きって感じで非常に美味しい。
「アッツいけど美味いな。タコも大きいし焼き加減も完璧」
「それなら良かった」
味の感想を聞くと安心した様子でたこ焼きを食べ始める雪菜。一口でパクッと食べてみたは良いものの想像より熱かったらしく、涙目になりながらハフハフしている。とりあえず水でも差し出しておこう。
「花っち!たらこマヨも美味しいよ!あ~ん」
「あむっ…。モグモグ…」
「おろしポン酢も合うよ!あ~ん」
「あむっ……。モグモグ……」
「カレーパウダーもなかなか!あ~ん」
「あ、あむっ………。モグモグ………。」
(あっちはあっちで楽しそうだな。)
菊沢が助けて…と目で訴えかけてきているが、俺にはどうする事もできない。間に入ったら謎の力で消されてしまいそうな気がするし。それに何だかんだ幸せそうなので放っておいても大丈夫だろう。
『頑張れよ』
『ちょっ…!小林くん…!!』
こうして羽村家で行われた"たこ焼きパーティー"は大成功といった形で幕を閉じた。後に聞いた話では、あの日たった一人で七十個のたこ焼きを食べた猛者がいたらしい。
(俺でも五十個で限界だったのに…。やるな菊沢。)
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