第6話 間接的なちゅーの話。

 昼休み。授業終了の鐘が鳴ると共に、腹を空かせた生徒の群れが購買へと走り出す。購買とは生徒にとっての戦場でありオアシス。勝者に優しく敗者に厳しい世界。


『おばちゃん!!焼きそばパン二つ!』

『メロンパンとコロッケパン!!!』

『うぎゃぁぁ!潰れるっ!!あ。カツサンド一つ』

『焼きそば!!』『コロッケ!!』


 俺は殺気立った生徒に押しつぶされながらレジの前まで移動する。昼休みに入ってすぐ教室を出たはずだが、焼きそばパンとコロッケパンは売り切れ。一つ七十円という破格の値段設定が原因だろう。


(大人しくカツサンドにしておこう)


「小林おかえり〜」

「ただいま」


 教室に戻り戦利品を机の上に置く。雪菜の昼食はコンビニで買ったサンドイッチにカスタードプリン。「購買に行くぐらいならお昼を抜く」とまで宣言していたので毎朝コンビニに寄るようにしている。


「菊沢と羽村は?」

「マッフにハンバーガー買いに行った」

「まじかよ。往復四十分はかかるだろ」

「走ればいける!って羽村さんが」

「発想が女子高生じゃないな」


 仮に間に合ったとしても走り疲れたあとにハンバーガーは食いたくないだろ。身体中の水分を失ってミイラになるって。


「うげっ……。飲み物買い忘れてる。仕方ない。小林ダッシュ」

「残念だったな。こちとらパン争奪戦で体力は使い切ってるんだ」


 現在俺たちがいるのは三階で、自販機があるのは一階の下駄箱付近。流石にこの距離を歩くのは面倒くさい。


「そんな…。このままじゃ干からびちゃう。カピカピ雪菜ちゃんの出来上がり」

「良かったな。煮干しみたいで可愛いぞ」

「煮干しが可愛くないからアウトでしょ」


 にしても、今年の夏はミイラ大発生か。俺も水分補給はしっかりしておかないと。


「あ、そうだ。小林のいちごミルク分けてもらえばいいじゃん」

「おい。カピカピ雪菜」

「大丈夫。三口だけだから」

「相場は一口だろ」


ちゅーちゅー……。


 蚊が血を吸う時のような擬音と共に、俺のいちごミルクは奪われていく。なんて残酷な世界なんだ。目の前で起こる悲劇を見ている事しか出来ないなんて。


(ちくしょう!俺に…俺にもっと力があれば…!)


「ぷは〜。生き返る〜」

「しっかり半分持っていきやがった…」

「はい。美味しかったです」

「なんで凛としてんだよ」


 雪菜は喉が潤って満足したのか再びサンドイッチを食べ始める。俺もツッコミを入れていたせいで喉がカラカラだ。


 水分補給をしようとストローに口をつけ、俺はある事に気付く。


(そういえば、このストローってさっきまで雪菜が使って…。)

 

 いやいや、さすがに中学生じゃあるまい。間接キスごときで取り乱したりはしない。雪菜とも随分と長い付き合いだ。性格的に間接キスの一つや二つ気にするタイプじゃないはず。


 別に友達なら誰とでも……。



「なあ、雪菜は気にしないのか?こういうの…」

「ん?」

「あ、いや。何でもない」


(おぉぉい!!何を聞いてんだ俺は!!友達なら誰とでもしそうって考えた瞬間モヤモヤして変なことを口走ってしまった。とりあえず落ち着かなくては…。)


「うぉぉお…!心頭滅却!!」



 何だか小林の様子がおかしい。こういうの…とは何の事だろう?いちごミルクを強奪した事を怒っているのかと思ったけど、機嫌が悪い…という感じではない。どうやら理由は他にありそうだ。


 ふむふむ。これは名探偵雪菜ちゃんの出番ですな。ホームズほど人間離れはしていないけれど、ポアロと同じ目の色をしている。もはや生まれ持っての名探偵と言っても過言ではない。百マス計算も得意だし。


「さて。状況をまとめよう」

「いきなりどうした?」

「小林がおかしくなったのはいちごミルクを飲んでから。重要なのは私が飲んだ時じゃなくて小林が飲んでからって所なんだよ」

「こいつ…意外と鋭い」

 

 小林はいちごミルクを飲んである事に気付いた。そのある事が小林がおかしくなった原因であり"こういうの"の正体。


「小林は私が飲んだあとに…。ん?飲んだあと…?」




(っ……!!!?)


 さっきまで絶好調だった思考回路は突如として動きを止める。無意識の行動を意識的に思い返し、そっと唇に触れてみる。


「小林。意識し過ぎ…」

「お前は意識しなさ過ぎだ」


 ほっぺにチューは大丈夫でも、間接キスは意識してしまうらしい。男心というのは難しい。


「一緒のストロー嫌だった?」

「別に。雪菜が気にしないならいいよ」

「小林となら大丈夫」

「友達だから?」

「ううん。小林だから」


 私はそれだけ伝えるとデザートのカスタードプリンを口に運ぶ。蝉の声に芝刈り機の音。窓から入る風がカーテンを揺らし、差し込む陽射しに季節を感じる。


 君と初めて出会った日と同じ。少し青臭い夏の匂い。






「よし、今日は徹夜でゲーム大会するか」

「いいね!じゃあ部屋からエナドリ取ってくるよ」


ガチャッ……。


「なっ……!?」

「あら?」


 私は小林の部屋を出ると同時に、携帯の通知を確認しなかった事を深く後悔した。驚いた様子で私の顔を見る一人の女性。白い髪に薄緑色の瞳。他人というには似寄りすぎた容姿。


「どうしてお隣さんの部屋から雪ちゃんが…?」

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