第7話 お母さんと対峙する話
「お話があるのでお邪魔してもよろしいですか?」
「ど、どうぞ」
「小林…万事休す」
壊れた懐中時計または横向きの砂時計。その意は動くことのない時間。そう感じてしまうほどに張り詰めた空気。
俺はソファーに座る一人の女性に目を向ける。肩の高さで結ばれた綺麗な銀髪。ノンオイルで輝くエメラルドのような瞳。この女性が雪菜の親族であることは一目見て分かった。
「まずは夜遅くにお邪魔してすみません。私は"神代 冬美(かみしろ ふゆみ)"雪菜の母です」
「は、はじめまして。雪菜の友達で小林悠斗って言います」
三人分の麦茶を机に置き、自己紹介のラリーを返す。雪菜母の雰囲気から察するに怒鳴り込みに来たわけではなさそうだが、気は抜けない。
「そう緊張しないでください。雪ちゃんから大体の事情は聞きました。小林さんとの関係もこの部屋に居る理由も。貴方が学校に行くための勇気をくれたことも。本当に心から感謝しています。娘が大変お世話になりました」
そう言うと深々と頭を下げる雪菜母。いきなりの出来事に脳の処理が追いつかない。どうして俺は説教じゃなくて感謝をされているんだ。
「あの、学校に行けるようになったのは雪菜が頑張ったからで。俺はただ一緒に遊んでただけですから。気にしないで下さい」
「ふふっ…雪菜の言ってた通りの人ですね」
そう言って優しく笑う顔が雪菜そっくりで。さっきまで緊張していたのが嘘のように気持ちが楽になる。
「お母さん?これからも小林の家で遊んでいい?」
「ん〜…。普通なら止めなきゃいけないところだけど。節度を守れるならいいですよ」
「節度?」
言葉の意味が分からないのか首を傾げる雪菜。こういった場合は何時以降は部屋に行かないとか、責任を取れない行為はしないとかだろう。
「そうね…簡単に言うと。キスをするとか一緒に寝るとか。そういう不健全な行為はしないでねってこと。雪ちゃんと小林さんはお友達同士だから大丈夫でしょ?」
「え…。あの……うん。頑張れば我慢できる…」
「ん〜…???????雪ちゃん…ちょっと待っててね」
ガシッ…!ズルズルズルッ……。
雪菜の反応を見たお母様は俺を引きずりながら部屋の外に出る。気持ちは分かるけど俺も被害者だ。清廉潔白とまではいかなくてもグレー寄りのホワイトである。
「小林さん。もしかして雪ちゃんに手…出してます?あの反応はそういう事よね?」
「いやいや、お母様が想像しているようなことは何も」
「本当に?信じてもいいの?」
雪菜母の問いに答えるため俺は過去の記憶を遡る。雪菜が風邪を引いてる時に危うい瞬間はあったが、あれはあくまでも汗を拭くという医療行為。やましいことなど一切。
『んっ…ぁ…。こばやしっ…おっぱい触りすぎ…』
『わ、悪い!』
『もう…。タオルは落としてるし…。せめて拭いてるフリぐらいしなきゃだよ…?こばやしのえっち…』
さて。土下座の準備でもするか。
「何も無くはなかったです!!本当にすみません…!!」
「やっぱり…嫌な予感はしてたんです。いいですか?あなた達はまだ学生。ましてや恋人でもない人となんて……。不健全です」
まさかこんな形で雪菜母からの説教を受ける事になるとは。雪菜の恩人という補正が無ければ、有無を言わさず接触禁止にされていただろう。まだ話を聞いてもらえるだけでもラッキーだ。
それから…洗いざらい罪を告白し全力の土下座をすることでどうにか場を収めることに成功した。ちなみに、無責任なことはしない。一線は越えない。勉学を疎かにしない。という条件付きでなら、俺たちの関係については目を瞑ってくれるらしい。雪菜母の優しさに感謝…。
「さて。小林さんとのお話も済んだので私は帰りますね。二人とも。学生のうちは羽目を外しすぎないように。あとは体調管理もしっかり、風邪引かないようにね」
「はい」「はーい」
「それでは小林さん。夜遅くにお邪魔しました」
「お母さんまたね〜」
「ええ。またね」
小さく手を振りながらお母さんを見送る雪菜。二人きりになった部屋には静かな時間だけが流れている。
「丸く収まって良かったな」
「うん。これも小林の土下座があってこそだね」
「おい。なんで俺がドゲーザしたことを知って…」
「扉の隙間からチラッと」
「なんてこったい」
まさか恥を捨てた全力の土下座を雪菜に見られていたとは。しばらくの間はイジり倒されるだろうな。
「笑いたければ笑ってくれ」
「別に笑わないよ。誤魔化さずに真っ直ぐ謝ってるのカッコ良かった…。小林って感じで」
雪菜はそう言うと背中に手を回して優しく抱きしめてくる。柔らかい感触に花のような甘い香り。これはこれで反応に困る。
「小林は私と一緒に居られて嬉しい?」
「いきなりだな…」
「ちょっと気になったもので。おふざけ禁止です」
俺の服に顔を埋めながら返事を待っている雪菜。これはきっと彼女の中にある"1%"の不安を取り除くための質問。だからこそ分かりきった答えを言葉にして欲しいのだろう。
「まあ、雪菜とゲームしたりくだらない話したりするのは楽しいからな。一緒に居られて嬉しいよ」
「ふ~ん…♪そっかそっか♪」
上機嫌で抱きしめてくる雪菜の頭を撫でながら、俺はやれやれと横に首を振る。
「私もね。小林と一緒に居るの好きだよ」
俺たちはきっと気付いているのだろう。この想いが一方通行じゃないことに。それでも踏み出すには勇気が足りないから。今日も少しだけ。ほんの少しだけ…お互いの心に触れてみる。
言葉に出来ない気持ちを確かめ合うように。
俺の部屋に『不登校少女』が居座っている話 みょうが @mamezakura
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