第5話 諦めることを諦める話。

「まじか…いきなり降ってきたな。通り雨っぽいし一旦雨宿りするか」

「うへ〜…。ずぶ濡れだよ」


 突然の通り雨に襲われ、菊沢と公園で雨宿りをすることになってしまう。俺はウィンドブレーカーを着ていたので無事だったが菊沢の方は大惨事だ。


「ほら。その格好じゃ寒いだろ」

「お、優しいじゃん。けど気持ちだけでいいよ。雪菜に悪いし」

「良く分からんが…その。色々と透けてるので出来れば気持ちだけじゃなく服も受け取ってくれ」

「ふぇ…?」


 菊沢は俺の言葉を聞いて自分のシャツを確認する。状況を理解したようで顔を赤くしながらそっと差し出した服に手を伸ばす。


「大人しく借りるね。ありがと」

「おう。気にすんな」


 静かな空間に雨音だけが響く。視線の先には水の流れる滑り台。しばらく沈黙が続いているし…そろそろ一発ギャグが必要な頃合いか。


(覚悟を決めよう…。)


「一発ギャグ!」「あのさ」

「「あ…。」」

「ごめん。それ見てからにするね」

「殺す気か!」


 まったく…最悪なタイミングで被っちまった。ある意味これのおかげでクソほど面白くない一発ギャグをしなくて済んだのは有り難いけど。


「で、何を言おうとしてたんだ?」

「別に大したことじゃないんだけどさ。小林くんって雪菜の事どう思ってるの?」

「おぉ…いきなりだな」

「別に無理に答えなくてもいいけどね。ちょっと気になっちゃって」

「どう思ってる…か」


 この質問に答えるには、そもそも雪菜という存在について考えなくてはならない。


 部屋に居座っている少女。同居人。住み着いた何か。ベッドの上にお菓子をこぼした犯人。相方。片割れ。面白い同級生。撫でると嬉しそうにする小動物。相棒。時々ビックリするぐらい可愛く笑う女の子……。


(まあ、正直こんな事考えるまでもなく答えは出てるんだけど。)



「ネズミにとってのチーズ。熊にとってのハチミツ。雪菜にとってのチョコミント…」

「もっと分かりやすく」

「あー…だから。その、あれだ。替わりが利かない存在って事だよ」

「お〜。小林くんの照れ顔珍しっ!」

「やかましい」

「あたっ…」


 俺は恥ずかしさを隠すように菊沢にチョップをかます。家に帰ったら雪菜のほっぺもフニフニしてやる。これに関してはただの八つ当たりだ。


(覚悟しろ…。)






 雨が上がり陽の差し込む部屋の中。私は羽村さんを見つめ自分の気持ちを口にする。


「私は…小林の事が好き。だから花ちゃんが小林を好きになったとしても絶対に応援なんかしない。ライバルとして正々堂々戦う。好きの気持ちって嘘に出来るほど軽くないから」


 この気持ちを知っているからこそ、花ちゃんが小林を好きになった時は我慢なんかさせないし我慢だってしない。きっと本気でぶつかりあった後なら結果がどうであれ私達は仲良しで居られる気がするから。



「嘘に出来るほど軽くない…」


 神代の言葉が重く身体にのしかかる。それは嘘にしたはずの恋が今も残り続けている証拠。彼女の真っ直ぐな気持ちに当てられ思い出してしまった。



『じゃあさ。周りが否定した"全部"あたしが受け止めてあげる。絶対一人ぼっちになんかしない。だからさ、ありのままで居なよ。水樹』


 公園の池が桜色に染まった春。私は一人の少女に恋をした。それは彼女の幸せを願うなら隠し通さなくてはいけない想い。だから私はこの気持ちに蓋をして、彼女の恋を応援することを選んだ。それが正しいのだと信じて。

 


「分かってるよ…そんなの。でも!嘘にしなきゃいけない恋だってあるじゃん…」

「羽村さん…?」

「あ……。ごめん」


 はっと我に返る。真っ直ぐに恋をしている彼女が羨ましくて、つい感情的になってしまった。変な空気になる前に誤魔化さないと。

 

「いや〜。神代が真面目過ぎるからついつい。応援してとか言ってごめんね!」

「うん。気にしてない。それより…これは独り言だから気にしないで欲しいんだけど、私こう見えて口は堅い方だから相談とかしやすい感じかもな〜」


 神代はそっぽを向きながら必死に「頼ってもいいよ」とアピールをしてくる。本当に変なやつだ。こんなの普段なら絶対無視するのに…。


「じゃあさ。」


 何となく神代ならどうすればいいか教えてくれそうな気がしてしまったのだ。


「もしも好きになった相手が女の子だったら。その子にいい感じの男子が居たら。さすがに諦めて応援するしかないよね」


 どうせ気持ちを伝えたって困らせるだけ。もしかしたら友達ですら居られなくなるかもしれない。それなら私は今のままで。


「一つ聞きたいんだけど、その恋は好きな人に否定されたの?女の子同士は無理だって」

「それは…。でも普通は気持ち悪いと思うじゃん。それにちゃんと男の子が好きっぽいし」

「勝手に決めつけちゃダメだよ。羽村さんは普通とか周りの意見が知りたいの?ちなみに、私は小林が女の子だったとしても好きでいるし絶対諦めないよ。周りの意見じゃなくて小林の気持ちと向き合いたいから。羽村さんは違うの?」


『全部あたしが受け止めてあげる。……だからさ、ありのままで居なよ。水樹』


(そうだ…。)


 いつからか私は周りの意見に流されていた。普通は…なんて言葉に取り憑かれて。


 忘れていた。ありのままで良いんだって。自分の気持ちを嘘になんかしなくていい。嘘にしなくていいと教えてくれたのは彼女なんだから。


「私も一緒…」


 今まで押さえつけていた感情が溢れ出す。私は諦めていたんじゃない。言い訳を探して逃げ回っていただけなんだ。もう無理して自分を捨てない。諦めることを諦めてやる。


「ごめん…私言い訳して逃げてただけだ。これからは周りの意見じゃなくて私自身と。一番大切な"花っちの気持ち"と向き合う」

「うんうん。それが一番………って。えぇっ!!?羽村さんの好きな人って花ちゃんなの!?」

「そ、そうだけど…今更?とっくに気付いてると思ってたよ」


 驚きすぎて心臓がプチ旅行するところだった。確かに花ちゃんはイケメンな所あるから女の子に好かれても不思議ではないけど。


「そうだ!ゆきゆきの恋も応援するから!」

「それは有り難いけど、その"ゆきゆき"って…」

「あれ?可愛いと思ったんだけど…だめかな?」


 羽村さんはそう言うと子供のような純粋な瞳で私を見つめる。


(うっ…断れない…。)


 何となく花ちゃんが羽村さんを甘やかす理由が分かった気がする。羽村さんと話すと何故かすごく子供が欲しくなる。小林との。


「好きなように呼んでいいよ。隠しカプリコ食べる?」

「隠しカプリコ…。ポテチ以外にも伏兵が」




ガチャッ…!


「「ただいま」」

「おかえり〜…って。なんで花ちゃんが小林の服着てるの!?」

「しまった。マンションついたら返そうと思ってたの忘れてた」

「やっぱり花っち…。でもでも!私諦めないから!」

「ん?うん?諦めないのは偉いぞ〜??」


 菊沢は謎の宣言に戸惑いながらも羽村の頭を撫でている。何がなんだか良くわからんけど、とりあえず風呂沸かしとくか。



「こばやひっ…なんへ…ほっへふにふに…してふの…?」

「気にすんな」


 






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