第3話 殺人クッキーの話。
先日は小林にとんでもない迷惑をかけてしまった。どこぞの漫画やアニメみたく風邪のせいで何も覚えていない。なんてことはなく一部始終を脳みそが記憶している。そう一部始終を。
「小林を殺して私も死のう…」
何故あんなことをしてしまったのか。熱で頭がバグっていたのもあるが、単純に小林への好きが溢れ出してしまったのだ。
「小林に触られたところまだムズムズする。それに恥ずかしさも今頃になって襲ってくるし…」
看病のおかげで風邪はすっかり治ったけど、とんでもない後遺症が残ってしまった。
(うぅ…今からどんな顔して会えばいいんだよ〜…)
「お、おはよ〜」
「ん?おはよう。風邪はもう大丈夫そうか?」
「うん…おかげさまで。昨日は色々とごめんね」
「別にいいよ。てか、帰ったら一緒にモンスターハンティングしようぜ。新しい依頼も追加されてたし」
「う、うん?分かった…」
いつも通りの朝食に何気ない会話。小林が制服のボタンを掛け違えてコーヒーに塩を入れてる事以外はいつも通りの日常だ。
(もしかして気まずくならないように気を遣ってる…?)
きっと私が考え過ぎないように、小林は無理して平静を装っているのだろう。その結果コーヒーはしょっぱいけど…。
(あーあ。昨日の一件で嫌われたかも…とか考えてたのが馬鹿らしくなっちゃうな。)
「ふふっ♪」
「なんだ?いきなり」
「ん〜?このコーヒーしょっぱいなってさ」
「うえっ…マジじゃん」
「それにシャツのボタンも掛け違えてるよ」
「うおっ…マジじゃん!」
ボタンを慌てて直す小林を見ていたら不思議と気まずさは無くなっていた。
小林の制服もピシッと元通り。ボタンの掛け違いも綺麗に直っている。そろそろ学校に行く時間だけど、その前にこの気持ちだけはぶつけておこう。
「小林…」
「な、なんだ!?次はチャックでも空いて…!」
「ううん。ほっぺた」
チュッ……。
唇に乗せた想いを優しく小林にぶつける。きっと小林の事だから『昨日のお礼か〜』ぐらいに受け取るだろうけど、今はそれでいい。この気持ちは言葉になって初めて貴方に届くのだから。
「びっくりした…。看病のお返しか?」
「さ〜どうでしょう。嬉しかった?」
「卵の黄身が二つだった時ぐらいの嬉しさだな」
「難しいよ!もっと分かりやすく!」
「これ以上簡単には出来ません。ほら学校に行くぞ」
そう言うと小林は私の手を取り歩き出す。まあ、慌てる必要もないし今は友達としての日常を楽しむとしよう。恋人になるまでの長く短い道のりを。
『小林くん……にげ…て……』
『お、おい。菊沢?』
『もしもーし。菊沢さん?あれ?』
『大丈夫か?おーい』
その日。菊沢から奇妙なメッセージが届いた。確か今日は大事な用があるから…と雪菜が菊沢の家にお邪魔していたはず。
「一応、雪菜に連絡しておくか」
雪菜にメッセージを送ったところ『疲れてたのか急に寝ちゃった。ハーブティー飲んでリラックスしたのかも』とのこと。まったく人騒がせな奴だ。
「逃げてとか言うから殺人鬼でも来るのかと…」
ピンポーン……。
「な、なんだ?荷物か?」
ピンポーン……ピンポーン…ピンポーン。
(この連打力…只者じゃない!!?…って)
「何やってんだ?雪菜」
「いや〜。小林の家に合鍵置きっぱだったの忘れてたよ」
「しっかりしてくれ…」
「まあまあ。そんなことより花ちゃんとクッキー作ったから食べよ?」
雪菜が言ってた大事な用ってクッキー作りだったのか。上手に出来たみたいだし有り難く頂こう。
「せっかくだし紅茶用意するよ。ちょっと待っててな」
「うん。お皿に乗せとく〜」
雪菜は普通に料理出来るし何の心配も要らないだろう。何気に手作りのお菓子とかテンション上がるな。
「自信作だよ。花ちゃんと一緒に作ったからね。どうぞ食べて食べて」
席に着くなり目を輝かせてクッキーを差し出してくる雪菜。見た目も凄い凝っていてもはやジュエリーのように輝いている。いや…マジでどうなってんの。
「それじゃあ早速。いただきます」
ガリッ…。ボリボリ…ッ…ふわ。
さてと。俺は三十秒後には倒れてるだろうから先に感想を伝えておく。味は分からない。何故って口に入った瞬間に嗅覚も味覚も奪われたからな。
次に食感だけど、これも分からない。最初は石のように硬かったのに噛んでいくうちにマシュマロみたくフワフワし始めたからな。
まあ、簡単にまとめると。このクッキーは人類には早すぎたってことだ。格好つける訳じゃないけど最後に被害者を減らす努力をしようと思うよ。
「雪菜…。このクッキー全部貰っても…?」
「花ちゃんと同じこと言ってる…。そんなに美味しいの?」
「グハッ…!!時間が…時間がないんだ…」
「しょうがないな〜。花ちゃんには一つで我慢してもらったけど。小林へのお礼で作ったやつだし。特別だよ?」
「ありがとう…」
ガリ…ボリボリ…ッ…ガリッゴリッ…ふわ。
胃から変な音がする。悲鳴のような泣き声のような。それに視界も霞んできた。まるで猫が死を悟った時のように、ソファーの上で丸まり目を閉じる。
「雪菜…どうか故郷の皆によろしく…」
「あれ?小林も寝るの?」
「……。」
俺はその質問には答えなかった。正確には答えられなかった。この日の出来事は我々の中で【殺人クッキー事件】と呼ばれ、今でも恐れられている。
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