第二章

第1話 俺の部屋に"元"不登校が居座ってる話。

 始業式から三日後の土曜日。俺は静かな部屋で一人テレビを眺める。学校に行けるようになったので、雪菜が俺の部屋に居座る理由は無くなった。


 現に、二人で学校に行ったあの日から雪菜はこの部屋に訪れていない。こうなることは分かっていた。分かっていたはずなのに…。


「雪菜…」

「ん?どしたの?」

「うぎゃぁぁぁぁ…!!」


 俺は背後から聞こえた声に驚き悲鳴をあげる。危うく深海魚のように口から内蔵を吐き出すところだった。


「なんで初めて会った時と同じリアクション…?」

「人間驚くとこうなるんだよ」

「驚くって…小林から話しかけてきたのに何で驚くのさ」


 タイミングが良すぎただけで別に話しかけた訳ではない。とはいえ寂しくてつい名前を呼んでしまった…何て口が裂けても言えない。


「あー…。ところで何しに来たんだ?」

「別に。いつも通りダラダラしに来ただけだよ?お母さん帰ったから」

「お母さん?」

「うん。学校に行くって言ったら驚いて会いに来たんだよ。それでさっきまでウチに泊まってたの」

「……。」


 つまり。お母さんが泊まりに来てたから俺の部屋に来れなかったのか…?学校に行けるようになったからとか、逃げ場が必要無くなったからとかじゃなくて。


「どしたの?そんな不思議そうな顔して?」

「いや。今更だけど雪菜はどうして俺の部屋に居座ってんだ?学校にだって行けるようになったわけだし…」


 そんな俺の言葉に雪菜は首を傾ける。質問の意味が分からないのではなく。何故そんな簡単なことも分からないのだろう?といった様子で。


 それから雪菜は俺の方を指差し、自信満々に質問の答えを教えてくれる。今まで難しく考えていたのが馬鹿馬鹿しくなるほど単純な答えを。



『そんなの小林と一緒に居たいからに決まってるじゃん』


 真っ直ぐで何一つ迷いのない言葉。きっと彼女にとってそれが全てなのだろう。


(はぁ〜…。悩んでたのがバカらしくなるな)


「もし迷惑だったなら来る頻度減らすよ…。週四回…いや五回?」

「来ない選択肢は無いのか?」

「ありません」

「さいですか…。まあ、別に迷惑なんて思ってないから好きに居座ってくれ」


 俺はそれだけ伝えるとゲーム機の電源を付ける。


「おっ!マルオカート!私もやる〜」

「いい度胸だ。かかってこい」


 まだ…もう少し。俺達の日常は続くみたいだ。それが何時までなのかなんて分からないけど、終わりが来るその時までは楽しもうと思う。元不登校少女が部屋に居座っている生活を。





「小林〜。花ちゃんが遊びに来たいって」


 日曜日の朝。人の膝を枕にしながら雪菜はそう呟く。


「急だな。別にいいけど」

「じゃあ、花ちゃんにメッセージ送っとくね」


 あいも変わらず膝の上に頭を乗せたまま、携帯をポチポチといじる少女。枕や布団を洗濯に出した日は決まって、俺の膝を枕代わりに使ってくる。おかげでベッドから身動きが取れない。



ピロンッ…。


「お〜。良かったね小林」

「ん?何が?」

「花ちゃんタイツで来るって。ほら」


 俺は雪菜から差し出された携帯を受け取り、菊沢とのメッセージに目を通す。



【メッセージ】


『せっかく日曜だし遊び行こ〜』

『今日はラッキーデイだから外出たくない』

『じゃあ家で遊ぼ〜』

『ふむ。小林の家なので一応聞いてみる』

『ありゃ?もしやお邪魔かな?』

『ううん。小林もタイツ履いてくるなら大歓迎だって』

『判断基準キモっ!』

『男の子なので』

『しょうがないな〜。昼過ぎにはそっち行くね!そんじゃよろ〜!』



 ほうほう。これはお友達との素敵なやり取りじゃないか。このメッセージを見ただけで沢山の事が読み取れる。


一つ目に。菊沢と雪菜は仲良しさんだと言うこと。


二つ目に。雪菜にとって今日はラッキーデイだと言うこと。


三つ目に。今日のお昼過ぎウチに菊沢が来るということ。


そして最後に。俺がタイツ好きの変態だと言うことだ。



「よし。菊沢が来る前にお前を始末する」

「うげっ!なんで!?喜ぶと思ってやったのに」

「喜ぶか!これじゃあタイツ着用を我が家のドレスコードにしてる変態じゃねーか!」

「だって小林タイツ好きじゃん」

「いやいや!生足だって同じぐらい好きなんだけど!!?」

「………。」


 おっと。落ち着け俺。勢いに任せて訳わからん告白までしてるじゃないか。


「え〜ごほんっ。とりあえず菊沢が来たらちゃんと誤解解いてくれよ?」

「わかった。今すぐにでもメッセージ送るね…」

「お、おい。そんな落ち込まなくても。別に本気で怒ってるわけじゃないし」

「うん…。これでいい?」



【メッセージ】


『さっきのは嘘。小林はタイツじゃなくて生足も好き』

『あはは〜(笑)』




 スーパー・デンジャラス・アルティメット・ハイパー・ウルトラ・ナニシトンジャコイツ!!!!!


「悪化してんじゃねーか!今からどんな顔して菊沢と遊べばいいんだよ!」

「小林カルシウム不足?」

「よーし。戦争だ」


 俺は無防備な雪菜の横腹に手を添える。自分の身に何が起こるのか理解した雪菜は逃げようとするが…もう遅い。



こちょこちょ…。


「ふっ…!あはははっ…!こ、こばやしっ…!…あはははは!」

「膝枕の体制が仇となったな。反省するまでくすぐりの刑だ」

「あはははっ…!!ひーっ…!!ひーっ…!もうっ…!もうっ…無理ぃ!!あひゃひゃっ!!」



「よし…。そろそろ勘弁してやるか」


 俺は雪菜の身体から手を離し、くすぐり地獄から解放する。一分ほど脇腹を中心に攻撃し続けたのでだいぶ効いただろう。


「ふへ〜…笑い疲れた…」

「ちゃんと反省したか?」

「うん。この反省は海より深いよ」

「それなら許す。もう二度とこのような事のないように」

「さーいえっさー」


(にしても、朝から騒ぎ疲れたな。菊沢が来るまで寝るか…。)


「小林?寝るの?」

「ああ。少しだけな」

「じゃあ私も寝よっと。おやすみ」

「ああ。おやすみ」


 俺達は隣合わせで寝転がり目を閉じる。布団がなくても、雪菜と触れ合っている部分がぽかぽかと温かくとても落ち着く。


(これは良く…眠れそう……だな。)






ピンポーン…。ピンポーン……。


「あれ??小林くん?入るよ〜?」


 インターホンを押しても一切返事がないので扉を開け中の様子を見る。静かだし、もしかしたら買い物に出ているのかもしれない。


 二人からは自由に上がって良いと言われているので、ここは大人しくお邪魔しよう。


「えっと…お邪魔しまーす」


 あたしは玄関をくぐって部屋への扉を開ける。前に来た時と何も変わりのない部屋。落ち着いた色のソファーに机。そしてシンプルなデザインのシングルベッド。本棚には漫画が………。ん??


「なっ…!!?」


 あたしは驚きのあまりベッドの上を二度見する。乱れたシーツ。彼の腕を枕にして眠る女の子。こんなの絶対…。


「事後じゃん!えっ!?そこまで進んで…!」

「ん〜…あれ?花ちゃん…おはよ」

「お、おはよ…」


 雪菜はあたしの声に気付き目を覚ます。普通こんな状況を見られたら慌てそうなものだけど、慌てるどころか呑気にあくびまでしている。


「小林〜。花ちゃん来たよ〜」

「花ちゃん…?ああ、菊沢か…」

「あはは…。二人して寝てるからビックリしたよ〜」

「悪いな。雪菜と騒いでたら疲れちゃって」

「雪菜と騒ぐって…。やっぱりシてたの!!?」



 俺達はこの誤解を解くのに丸一日を費やした。雪菜に関しては終始顔を真っ赤にして何も言わないので、余計に疑われてしまった。まったく…散々な一日だった。



 

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