第13話 終わりと始まりの話。
新学期。桜の花びらが舞う通学路に暖かな日差し。耳をすませば新入生を歓迎するかのようにメジロの鳴き声が聞こえてくる。
新たな生活に心躍らせる新入生を横目に、二年生である俺たちは慣れた足取りで校門をくぐる。ただ一人の少女を除いて。
「こ、小林。胃が限界を迎えそう…」
そう言うと雪菜は俺の腕にしがみつき、青ざめた顔でプルプルと足を震わせる。二年生からは学校に行く。という約束を果たすための大事な一日目。俺は心を鬼にして涙目の雪菜を校舎へと連れて行く。
「よしよし。先生に無理言って同じクラスにしてもらってるから。もう少し頑張ろうな」
「ファイトだよ!雪菜!」
「うん…。頑張る…」
俺と菊沢に挟まれながら自分のクラスへと向かう雪菜。「不登校の生徒が来たぞ!」なんて騒ぎになる可能性も視野に入れていたけれど。
(よっ。同じクラスじゃん)(女子も可愛い子多いし今年は当たりだな)
(美玖とさっちゃんはB組だって)(あの子達また同じクラスなの?小学校からずっと一緒なんでしょ?すごいね)
(担任小池かよ)(え〜。早見先生が良かった〜)
実際の所。自分と関わっていているもの以外に興味なんてないのだろう。これなら雪菜が注目の的になることも無さそうだ。
「花っち!おはよ!」
黒板に貼り出されたプリントを見ながら自分の席を確認していると、後ろから聞き覚えのある声がした。どうやら菊沢の友達である羽村水樹も同じクラスのようだ。
「おはよ。水樹もC?」
「ん?そうだけど…何でいきなりカップ数?」
頭に疑問符を浮かべながら首を傾げる羽村。ツッコミを入れたい気持ちをぐっと堪える。
「カップ数じゃなくてクラスの話ね」
「あ、なるほど!それならそうと先に言ってよ〜!」
「いやいや…なんとなく分かるでしょ。あたしはアンタの将来が心配だよ」
羽村は菊沢に頭を撫でられながら将来の心配をされている。「やめろ〜」と抵抗しているがどこか嬉しそうだ。
「あれ?小林も同じクラスなの?花っち!良かったじゃん!」
「だから〜。違うって言ってるでしょ?」
色々あって羽村は菊沢の想い人が俺だと勘違いしている。俺も菊沢も誤解だと説明したが「恥ずかしがらなくていいよ。恋はロマンス?だからね」と謎の言葉だけ残し納得された。
「そっちの子は初めましてだよね?羽村水樹って言いまーす。よろしく〜」
「あ、えっと…。神代雪菜です…」
「神代…?あっ!不登校だった子じゃん!」
(ん?不登校?)(だれだれ?)(あの白い子じゃね?)
ざわ…ざわ…。
羽村の声につられてクラスの全員がこちらに意識を向ける。
(マズイな…。)
俺は雪菜の手を掴み教室を後にする。幸い始業式までは時間がある。人の少ないところでゆっくりしよう。
「雪菜?大丈夫か?」
「うん…。」
俺たちは空き教室に避難し、置かれた椅子に腰を下ろす。ここなら誰も来ないだろう。羽村もわざとやった訳ではないだろうし責めることはしない。
今は雪菜が落ち着くのを待つだけだ。やはり、あの状況は怖かったらしく繋いだ手からは震えを感じる。急いで連れ出して正解だったな。
「落ち着くまでゆっくりしてていいぞ。ここなら人も来ないだろうし」
「ん…ありがと」
雪菜は自分の胸に手をおいて息を整える。学校に来るのにどれだけの勇気が必要だったのか。人と話すのにどれだけの体力を使ったのか。俺には分からない。
きっと今だって、逃げ出したい気持ちを押し殺して頑張っているはずだ。そんな雪菜に俺がしてあげられる事なんて、せいぜいが辛くなった時に休憩出来る場所を見つけてあげるぐらい。まったくもって自分の力不足を恥じる他無い。
「だいぶ落ち着いてきた。ありがとね」
「気にすんなって。別に大した事してないし」
「いやいや。小林は分かってないね。さっきだって私が何か言う前に教室から連れ出してくれたじゃん。あれ死ぬほど嬉しかったんだよ?まったく…ちゃんと分かってくれなきゃ困るよ」
そう言うと不満気に肩に寄りかかってくる雪菜。どうやらさっきの行動は好評価だったらしい。良い行動をした自覚を持てと怒られてしまった。
「さてと…。しっかり休んだので二回戦目だね。危なくなったら小林がなんとかしてくれるし頑張ろう!」
「ああ。命に変えても守ってみせるよ」(イケボ&キメ顔)
「ブフォッ…!ちょっ…やめてよ!あははっ!」
「おい。笑いすぎだろ」
ツボに入ったのか雪菜はひーひー言いながら笑っている。渾身のイケメンムーブを笑うとは失礼な奴だ。
「は~…笑ったら何か元気出てきた。早く教室行こっか」
「笑い者にされて元気無くなった。早く教室行くか」
俺は雪菜に手を引かれ教室へと戻る。一瞬視線を感じたが特に何事もなく席につくことが出来た。さっきの雪菜への興味は一時的なものだったのだろう。羽村も「さっきはごめんね…」と雪菜に謝り一段落。菊沢にもたんまり怒られたみたいで涙目になっていていた。
始業式も校長の話が長過ぎた以外は特に何事もなく終わった。クラスの皆は親睦を深めるためカラオケに行くらしいが、俺と雪菜は参加せず真っ直ぐ家に向かう。
「小林は良かったの?行かなくて」
「ああ。大人数は好きじゃないからな」
「ふふっ…貴様も陰の者か…」
「陽よりも陰を好む。ただそれだけさ」
俺はポケットに手を突っ込み空を見上げる。
カシャッ…。
カメラの音がしたような気がするけど、そんなのは関係ない。格好つける時は周りの目なんて…カシャッ。気にしては…パシャッ…パシャッ…。いけな…パシャッ…パシャッパシャッ。
「撮りすぎだろ!」
「いや〜。何気ない日常を写真に残そうかと思ってさ」
「残んのは黒歴史と格好つけた俺の写真だけだ」
コイツは後世にまで俺の恥を残す気なのか?どうせ取るならそんな写真じゃなくて。
「雪菜」
「…?」
パシャッ…。
「よし。綺麗に撮れたな」
「いきなりだな〜。撮るのはいいけど変な顔で写ってない?大丈夫そう?」
「ああ。ちゃんと可愛いよ」
「んなっ…!?」
満開の桜を背に映る制服姿の二人。これも思い出フォルダに入れておこう。初めて二人で学校へ行った日。
あるいは【不登校少女】が【元不登校少女】になった日。終わりと始まりの話。
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