第12話 自覚する話。

「いや〜ごめんね。いきなり泣いちゃって…」


 泣き止んだ雪菜は恥ずかしそうに顔を隠している。赤く腫れた目元と頬に残る涙の跡を見られたくないのだろう。


「気にすんなって。辛い時ぐらい遠慮なく頼ってくれ」

「ふーん。いいのかな〜?そんなこと言って。本気で甘えちゃうよ?」


 雪菜はソファーの上で四つん這いになりこちらに顔を向ける。潤んだ瞳が綺麗で思わずドキッとしてしまう。


「お、おい。泣き跡見られたくないんだろ?」

「少し恥ずかしいけど。小林になら見られてもいいかなって…私の全部」

「全部って…」

「あ〜。顔赤くなってるけど何想像したのかな?小林やらし~」

「やかましい」

「ふふっ。とりあえずお腹空いたしご飯食べよ。お腹と背中がくっついちゃいそう」


 そう言うと雪菜は俺の手を取りソファーから立ち上がる。すっかり元の調子を取り戻したみたいで一安心だ。


(やっぱり。)


「落ち込んでるよりそっちのが似合ってるな」

「ん?」

「何でもない。昼飯は野菜炒めだからな。野菜切るの手伝ってくれ」

「はーい」


 きっと来年の春には雪菜はこの部屋を出ていくだろう。学校に行けるようになれば、この部屋に居座る理由もなくなるのだから。


 俺は寂しさを誤魔化すように雪菜の頭を撫でる。


「ん…?どしたの?」

「いや。何となく」

「そっかそっか。それなら気が済むまで撫でるといい」


 ドヤ顔で胸を張る雪菜。何故こんなに誇らしげなのかは分からないけど、お言葉に甘えてもう少し撫でておこう。


 こんな何気ないやり取りの一つ一つが楽しくて。嬉しくて。初めから分かっていた。この生活に依存しているのは雪菜じゃなくて…。


(俺の方なんだよな。)




『それで〜?』

「えっと…その…」

『もう誤魔化さないでいいってば〜。今回の事で分かったんでしょ?自分の気持ち』

「うん…」


 花ちゃんからの問いに私は頷く。来年から学校に行こうと思っていること。小林に勇気をもらったこと。そして自分の気持ちに気付いたこと。それらを電話越しの花ちゃんに伝える。


「私こういうの初めてで…。どうしたら小林に好きになってもらえるかな?」

『雪菜可愛いんだし押し倒しちゃえ!』

「それは最終手段だよ…。何しても無理そうならやるけど」

『いや…。冗談のつもりなんだけど。そもそも好きになってもらうのが目的なら押し倒すだけじゃダメでしょ。身体だけの関係になっちゃうよ?』


 確かに。愛もなく身体だけを求められる関係。最終的には他の女の子に小林を取られて終わり。そんなの…。


「うぅ…小林〜…」

『はいはい。勝手に妄想して泣かないの。とりま好き好きアピールでもして小林に意識してもらいなよ。友達でもちゃんと異性として見られないと始まらないよ』

「小林に異性として見られる…。分かった。花ちゃんありがと」

『うんうん。また何かあったら言ってね。いつでも相談乗るよ』

「うん。ありがと〜ばいばい」

『ばいばーい』




「ふふっ…」


 あたしは電話を切りベッドに寝っ転がる。雪菜から電話が来たときは何事かと思ったけど…これは面白い事になりそうだ。


「邪魔しない程度に応援しよっと!」






 そわそわ…そわそわ…。


「雪菜…?どうかしたのか?」

「な、何でもないよ」


 雪菜の様子が明らかに可笑しい。お風呂から帰ってくるなり落ち着かない様子でウロウロしている。落ち込んだり悩みがあるって感じでもないし。本当にどうしたんだろうか。


「小林…。いつものしよ?」

「いつもの…。ああ、匂い確認か。いいけど俺まだ風呂入ってないから少し待って…」

「大丈夫。座って座って」


 何故か強引に座らされ、いつものように匂いを嗅がれる。自分から言い出した事だけどこの謎は解明する必要あるのか?


 真面目な雪菜は真剣に取り組んでいるが、正直俺にはもう下心しか残っていない。雪菜にも悪いしこの実験も程々で終わらないと。


「ん…。相変わらずいい匂いです。じゃあ次は小林の番ね」

「あ、ああ。じゃあ髪を…」

「ダメ。今日は服の匂いを確認するの」

「服か…。分かった。じゃあ失礼して」


 雪菜のように顔を埋めて嗅ぐ訳にもいかないのでしっかりと距離をあける。この距離でも雪菜の甘い匂いは鼻に届くので問題はない。


「やっぱり俺とは違う匂いだな」

「その距離じゃ分かりづらいでしょ?」

「なっ…!」



ぽよんっ……。


 突然の出来事で俺の頭は真っ白になる。おそらく俺は雪菜の胸に顔を埋めているのだろう。


(一体なぜ……?)


 視界は真っ暗だが、柔らかい感触と雪菜の濃い匂いに包まれている。


「お、おい…」

「もっとちゃんと嗅いで?」


 言われた通り息を吸い込めばクラクラするほどいい匂いに襲われる。服越しに感じる柔らかな弾力。


(勢いでやってはみたけど小林が私のおっぱいに……。だめだ)


 顔から火が出そうなほど恥ずかしい。


「はい!今日はお終い!」


 あまりの恥ずかしさに私は自分の部屋へと逃げ帰る。我ながら大胆な事をしたものだ。


「な、何だったんだ…?」


 俺は静かになった部屋で一人頭を抱える。相変わらず雪菜が何を考えているのか分からない…。


(けど…。まあ、とりあえず。トイレ行くか。)





「ビックリして逃げ帰っちゃったけど…効果はあったのかな?」


 ベッドに寝転がって私はそんなことを考える。異性として見られるために女の子を一番強く感じられそうな部分で勝負してみた。これで少しは意識してくれるといいけど。


「うぅ…。恥ずかしいし今日はもう寝よ」


 どれだけ時間がかかったとしても、私はこの恋を必ず叶えてみせる。自分が誰かを好きになるなんて考えもしなかったけれど。


 彼と過ごしていく中で気付いてしまった。そして想像してしまったのだ。小林と二人で歩む未来を。


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