第11話 決意する話。
お昼の十二時過ぎ。私は眠たい目を擦りカレンダーを眺める。気付けば三月も中旬。今日は一年生最後の日だ。それは学校に行っていない私にとっても同じ。
私たちが通っている赤井台高校は少し変わっていて、単位や出席日数が足りなくても二年生に進級することが出来る。ただし…その場合は三年での卒業は出来ず、四年生として一年多く学校に通うことで足りない単位を補わなくてはならない。
「まあ、このシステムのおかげで来年も小林と同じクラスなんだけど」
とはいえ。いくら同じクラスになろうと私が学校に行かないのであれば何の意味もないわけで。
「そろそろ覚悟決めないとだよね」
私は重い腰を上げクローゼットの奥にしまい込んだ制服に手を伸ばす。
(今日こそは小林に…。)
終業式が終わり。俺は一年間お世話になった教室に別れを告げる。いつもと同じ帰り道も今日だけは少し違って見える。長いようで短い一年だった。
「ただいま」
「おかえり…小林」
「…!?」
家に帰ると相も変わらず雪菜がお出迎えに来てくれた。嫌というほど見慣れた制服を着て。
「その格好…」
「うん。久しぶりに着てみた」
彼女が制服に袖を通す理由は考えなくても分かる。
(雪菜も覚悟を決めたのか…。)
「それで…その。小林にお話があるんだけど、少しだけいい?」
「ああ。ここじゃなんだしソファーに行くか」
「うん」
俺は床にカバンを置いてソファーに腰を下ろす。それから一分ほどの沈黙を経て雪菜はゆっくりと口を開いた。
「私…二年生からは学校に行こうと思ってるんだけど、一人じゃなかなか踏み出せなくて。小林に背中を押してもらいたいんだよね」
「それは構わないけど、具体的に何をすればいいんだ?」
「えっとね…。とりあえず小林には私が不登校になった理由を知っててほしいから、ちょっとした昔話を聞いてくれる?」
そう言うと真剣な目付きでこちらを見つめる雪菜。気の利いた言葉をかけられる自信はないが、せっかく雪菜が踏み出そうとしているんだ。俺も出来る限りのことはしないと。
「分かった。俺じゃ頼りないだろうけど聞かせてくれるか」
「頼りなくなんてないよ…。ありがと小林」
雪菜は一言お礼を言うと前を向き過去の出来事。彼女が不登校になるまでの経緯を語る。
「私が中学三年生の時。花ちゃんと同じぐらい仲の良かった京子ちゃんって子が居たの。ある日京子ちゃんが「橋本君のことが好きだから仲を取り持って欲しい」って言ってきてね。もちろん親友の頼みだから二つ返事で了承して、京子ちゃんと橋本君が遊びに行けるようにセッティングしたり、三人で勉強会をしてみたりって色々と頑張ったんだ。初めの方は順調にいってたんだけど。ある日…事件が起きてさ」
『橋本君さ。クリスマス京子ちゃん誘ってあげなよ』
『あれ?神代は来ないの?』
『いやいや。私は二人の邪魔になるといけないので』
『邪魔なわけないじゃん。ていうかさ。神代ってなんで俺と京子をくっつけようとしてくるの?』
『え…。いや。ほら、二人いい感じかなって…』
『全然そんなことないよ。だって俺は京子じゃなくて…』
考えるまでもなく、彼の真剣な表情を見れば次に言われるであろう言葉が分かってしまう。
(ダメ…。その言葉を向けるべき相手は…)
『神代が好きなんだから!』
渡り廊下に響く橋本君の声。まるで時が止まったように私は動けなくなる。どこで道を間違えたのだろう。彼に好意を持たれるような行動はしていないはず。それなのにどうして…。
『ねぇ…。今のって…』
『……っ!』
私は聞き馴染みのある声がした方へと急いで顔を向ける。そこには驚きと絶望を混ぜた表情でこちらを見つめる京子ちゃんが立っていた。
『京子ちゃん!今のは違くて…!』
『神代!京子なんていいから返事を…』
『無理だよ!付き合えない!』
『なんだよそれ。今までさんざん思わせぶりな態度取ってたのに…。神代ってそういう奴だったのか?』
『雪菜ちゃん…そんなことしてたの?』
この時…すべての歯車が狂い出した。いくら誤解だと説明しても二人が納得してくれることはなく。橋本君には人の心を弄ぶ最低な奴。京子ちゃんには人の好きな相手にちょっかいをかける最低な女。として見られるようになった。
そして、気が付いた時にはクラス中に私の悪い噂が広まっていた。それに追い打ちをかけるように冬休みに入り、誤解を解くタイミングを完全に失ってしまう。そして迎えた三学期。
『雪菜ってさ…』『前々から怪しいって思ってたんだよね』
『可愛いけどビッチなんだろ?』『俺も頼んだらヤラせてくれるかな?』
『アイツ他校に十人以上彼氏いるんだって』
耳を塞いだって聞こえてくる陰口。学校に行くたびに聞こえてくるその声に心が折れるのはすぐだった。
そして一月の中旬。私は心に鍵をかけ不登校になることを選んだ。誰の声も届かないように。
「まあ、ざっとこんな所かな。一応高校からは頑張ろうと思って、同じ中学の人が少ないとこを受験したんだけど。結局学校にも行かず引き込もってるんだから、あの頃と何も変わってないね」
(またその顔…)
辛い時にそれを隠すように笑う雪菜の癖。俺はそんな雪菜の癖が大嫌いだ。
「ちょっと失礼」
「こ、小林…」
俺は隣に座ってる雪菜を優しく抱きしめる。
(俺は知っている。前に進もうとしている雪菜の姿を。ずっと隣で見ていたのだから。)
「高校を受験した時も。菊沢にメッセージ送った時も。それに今だって。雪菜は前に歩き出そうと頑張ってるだろ。ただ引き込もって絶望してたあの頃とは違う。だから何も変わってないなんて言うな。雪菜は少しずつでも前に進んでる。俺が保証するよ」
「…っ!!」
優しく私の頭を撫でてくれる大きな手。今思えば彼だけは違った。初めて会ったあの時から。彼なら私の事をしっかりと見ていてくれる気がして。もう一度歩き出す勇気をくれる気がして。あの日…私は小林と友達になったんだ。
今まで我慢していた感情が溢れ出すような感覚がして目元がじんわりと熱くなる。
「小林…。私のことを見ててくれて。背中を押してくれて。一緒に居てくれてありがと……」
それだけ伝えると私は静かに涙を流す。その間も小林は優しく頭を撫でてくれて、その温もりが、その優しさが心の傷を少しずつ塞いでいくような…。そんな気がした。
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