第8話 眠れなくなる話。

「後は部屋を暗くしてポップコーンを用意すれば完成!」

「テンション高いな…」


 金曜日の夜。毎回毎回ゲームじゃ飽きるでしょ?と雪菜の提案で映画鑑賞会をすることになった。


「小林は観たいのある?」

「そうだな…。マックススピードとかミッション・インミッションとかかな」

「海外映画好きなんだね〜。じゃあその二つと時間があれば適当に観って感じで」

「りょーかい」


 俺はサブスクでマックススピードを選択し再生ボタンを押す。何気に映画を見るのは久しぶりなのでワクワクしている。




『アンッ…!んちゅっ…愛してるわ…!』


 海外映画あるある。家族で見てる時にいきなりラブシーンが始まって気まずくなる…を現在進行形で食らっている。しかも今回は家族ではなく友達。よりにもよって女の子だ。気まずさは家族の時の二倍…いや三倍はある。


「熱烈だね…」


 太ももをモジモジさせながら気まずそうに笑う雪菜。ソファーで隣同士。さらには肩が触れ合うほど近い距離に居るので変に意識してしまう。


 俺は気まずさを誤魔化すようにポップコーンに手を伸ばした。



ピタっ…。


「「あ…。」」

「わ、悪い…」

「ううん…」


 同じタイミングでポップコーンを取ろうとした雪菜と指先同士がぶつかる。ただ指が触れ合っただけ。普段から手を繋いだりする俺たちにとって、それは大した出来事ではないはず。それなのに…。


(何を意識してんだ…。俺は…)




 自分の感情も分からないまま気付けば一本目の映画を終わっていた。所々内容は飛んでいるが、それなりには楽しめた。


「次はミッション・インミッションだね。これも初めて観るよ」

「普通に面白いぞ」



 あらすじとしては…主人公のバルサンが上層部から渡された無茶なミッションをクリアしていく話なんだけど。ビルの壁面に張り付いたり、敵のアジトにスパイとして潜り込んだりと。ドキドキハラハラさせられる展開が多い。


「小林が面白いって言うなら間違いないね」

「任せろ。映画界のプロフェッショナルだからな。とりあえず再生するか」

「うん♪」


 映画が始まると静かに画面を見つめる雪菜。俺の観たい映画ばかりで心配だったが普通に楽しんでくれているみたいだ。



「バルサン凄いね。壁にペタッて張り付いてたよ?」


 映画を見終わった雪菜は楽しそうに話しかけてくる。どうやら吸盤で壁に張り付くシーンが気に入ったらしい。


「確かあのシーン、スタントマン使ってないらしいぞ」

「すごっ…。小林も頑張れば出来るんじゃない?」

「俺を殺す気か?」

「ふふっ。バルサンは出来るのに小林には無理か〜。そっかそっか」

「なんだと〜!やってやる!とはならないからな?普通に無理だろ」


 それを聞いて楽しそうに笑う雪菜。


(たまには映画鑑賞もいいな…。)



「どうしよっか?時間あるしもう一作ぐらい観る?」

「次は雪菜が観たいやつでいいよ」

「それじゃあ……。」


 雪菜が選んだのは『死体の館』という海外のホラー映画。まさか冬にホラーを見ることになるとは。


(ふっふっふ…。これかなり怖いって話題のやつだからね。きっと小林のビビった顔が見られるはず!楽しみだな〜)


 三分後。彼女はイタズラ気分でこの作品を選んだことを後悔する。


「ひっ…!こ、小林!これ駄目なやつだよ!観たら呪われちゃうよ!」

「なんだ?怖いのか?」

「べ、別に…私は大丈夫だけどさ〜」


(無理無理無理!なにこれ!怖すぎるじゃん!ほん怖とか大丈夫だから行けると思ったのに…)


 自分がここまでホラー映画が苦手だったなんて。これは完璧な誤算だ。このままでは見終わる頃には魂が抜けているだろう。



「うぅ…しょうがないから手繋いであげる」

「はいはい…」


 怖くなったから手を繋ぎに来るとか。意外と可愛いところも…。


『ぐぁぁぁあああぁぁ!!!!』


「うぎゃぁぁぁぁぁあ!!!」

「ぐふっ…!」


 悪霊の登場シーンに驚いた雪菜は俺の顔面めがけ飛んでくる。危うく首の骨が逝くところだった。


「おい…。一旦離れ…」「む、無理に決まってるじゃん!この場面で離れろとか小林には人の心がないの!?」


 人の心はある。さらに言えば男としての心もある。だからこそ困っているのだ。




ムギュッ……ふにっ…。


 俺の顔を胸元に押し付けながら震える雪菜。顔全体が柔らかい感触に覆われており、正直映画どころじゃない。


(今からこの状態が続くのか…?冗談だろ。)


 こうなってしまえば仕方ない。素数でも数えて映画が終わるのを待とう。煩悩に負けないように。




『これで悪霊は消し去ったわ!』

『俺たちの勝ちなんだな…』


 テレビの画面にはエンドロールが流れている。どうにか最後の最後まで耐え抜いた。今回はマジでギリギリの戦いだった…。


「こ、怖かったね…」

「ああ…。人生で最大の山場を乗り越えた気がする」


 今後、雪菜と一緒にホラー映画を見るのはやめよう。違う意味で寿命が縮まる気がする。


「もういい時間だし寝る準備しないとね…」

「寝るなら自分の部屋に…」「お泊り会…」

「はい?」

「今日はお泊り会!だから小林の部屋で寝ます。別に一人で寝るのが怖いからとかじゃないよ?」


(なんでホラー映画を選んだんだコイツは…。)


 歯磨きを終えた俺は諦めたように布団を押し入れから取り出す。ベッドは雪菜に譲ってやるか。


「こ、小林…。その…嫌だったらいいんだけどさ…」


 枕を抱えながらモジモジしている雪菜。一体どうしたのだろう。


「どうした?」

「えっとね…。布団じゃなくてこっちで一緒に寝ない?」

「いや…。流石にそれはまずいだろ」

「そ、そっか…。そうだよね…。変なこと言ってごめんね」


 そう言うとネズミッチのぬいぐるみを抱きながら布団に潜る雪菜。何故一緒に寝ることを提案したのかは分からないが…。


『変なこと言ってごめんね…』


「…。」


 あんな寂しそうな顔をされたら断れるはずもない。


(はぁ…しゃーないか…。)


「もうちょっと詰めてくれ。一緒に寝るんだろ?」

「え…?いいの?嫌じゃない?」

「別に嫌じゃないよ。気恥ずかしさはあるけどな」

「そ、そっか!恥ずかしがらなくていいよ!おいでおいで♪」


 そう言うと嬉しそうに自分の布団へと招待してくる雪菜。コイツはきっと俺を人畜無害な生物だと思っているんだろうな。


「ありがとね。小林」

「おう。それじゃおやすみ」

「うん♪おやすみ」



 それから少しして雪菜の寝息が聞こえてきた。こんな状況でもぐっすり眠れるんだから羨ましい。


「俺はしばらく眠れそうにないな…」


 雪菜から伝わる体温を感じながら俺はそう呟いた。

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