第7話 旧友と遭遇する話。

「あれ?雪菜…?」

「は、花ちゃん…」


 俺たちは駅前のカフェに向かう途中で菊沢と遭遇する。よりによって雪菜のことを知っている人物と鉢合わせることになるとは。


「その…久しぶりじゃん~。元気してる?」

「う、うん。花ちゃんも元気そうだね…」

「まあ、それだけが取り柄だからね~…なんて」

「……。」


 気まずい空気に耐え切れず無言になる雪菜。繋いでいる手は微かに震え呼吸も早くなっている。極度の緊張に襲われているのだろう。ここは俺が何とかしないと。


「菊沢は今から帰るところか?」

「そだよ。今日は特に予定もないからね。お二人さんはデート?」

「いや?ただ買い物に…」「デート…」

「「ん…?」」

「デート…だよ…」


 無言だった雪菜は突然口を開く。どうやらこれは買い物ではなくデートだったらしい。


「あー…。そういう感じね。雪菜も色々大変そうだね。いや〜邪魔しちゃってごめんごめん!そろそろ帰るよ」

「お、おう。何かよく分からんが気をつけて帰れよ。そんじゃ」

「うん!雪菜も久しぶりに話せてよかったよ!たまには学校おいでね」

「あ…うん。」

「それじゃまたね!」


 そう言うと手を振り歩き出す菊沢。どうにかこの場は乗り切れたが、雪菜が死にそうな顔をしているので近くのカフェで休憩をする。


「大丈夫か?」

「ううん…。大丈夫じゃない」

「だよな。少し休憩したら家に帰ろうな」

「ん…」


 俺達は机の下で手を繋ぎながら時間が過ぎるのを待つ。紅茶を半分ほど飲み終えた頃、雪菜はボソッと小さな声で話し始めた。


「本当はね。花ちゃんに謝りたかったんだ。連絡無視してごめんなさいって。でも思うように声が出なくて…。結局言えなかった…」


 悲しそうに申し訳なさそうに雪菜はそう話してくれた。きっと、あと一歩を踏み出す勇気が足りなかったのだろう。


「雪菜はさ。菊沢と話してどう思った?嫌われてるように感じたか?」

「ううん。昔と変わらず元気で優しいままだった。友達の頃みたいに話してくれて…」

「みたいじゃなくて、きっと友達として話してたんだと思う」


 優しい言葉で誤魔化してもいい。大変だったねと目を背けさせてもいい。いつもならそうするだろう。でも今回は違う。諦めるにはまだ早すぎる。


(さっきの会話できっかけは出来た。後はほんの少しの勇気だけなんだ…)


「向こうが友達だと思ってくれてるなら、まだチャンスはあるんじゃないか?」

「チャンス…?」

「ああ。連絡先持ってるんだろ?」

「持ってるけど…。もう半年は放置してて。また今度会った時にちゃんと謝れば…」

「これが最後のチャンスかもしれないぞ?次のきっかけを待ってたら謝れずに終わるかもしれない。無理にとは言わない。けど、雪菜が後悔しない道を選んでほしい」


 逃げ道を探す雪菜の手を掴んで俺は現実へと引き戻す。少し強引かもしれないが手の届く距離にある未来を捨てて欲しくはない。


「後悔しない道…」


 雪菜は少し考えてから何かを決心したようにスマホを取り出す。そしてメッセージアプリを開くと震える手で文字を打ち始める。


「ヤバい…緊張で死にそう。助けて小林」

「だ、大丈夫。思ってることを伝えればきっと大丈夫。大丈夫なはず。うん…」

「なんで小林まで緊張してるのさ。とりあえず連絡無視してた事を謝って…今日話せて嬉しかった事も書いて…。こ、こんな感じかな」




『今まで連絡を無視してごめんなさい。人との関わりが怖くてずっと逃げていました。本当にごめんなさい。今日は花ちゃんと少しだけどお話が出来て嬉しかったです…。』


「こ、これで送信……!」



ピコンッ…。


「ほんとに送っちゃったよ…。うぅ…大丈夫かな。これでダメだったら全部小林のせい…」

「いきなりとんでもない責任が降りかかってきたんだが?けど、まあ。よく頑張ったな」

「うん…」



プルルルルルッ…!


 雪菜がメッセージを送ってすぐ携帯が鳴り始める。


「花ちゃんからだ…!ど、どうしよ…!」


 慌てながらも電話を取る雪菜。ここからは見守るしか出来ないが、この二人ならきっと大丈夫なはず。


『もしもし〜』

「も、もしもし…」

『単刀直入に聞くけどあれって'雪菜"の本心ってことでいいんだよね?小林君に謝ったほうが良いって言われたから仕方なく。とかじゃないよね?』

「うん。私がずっと謝りたくて…小林は背中を押してくれただけだよ。メッセージに書いてあるのも全部本心です」


 小林はきっかけをくれただけで謝ることを決めたのは私。それだけは間違いない。


『そっかそっか!なら良かった!小林君に謝れって言われたから謝った。とかなら普通に怒ってたよ』

「そんなんじゃないから安心してほしい…」

『うん。信じるよ。それで?これからはメッセージ送っても返信してもらえるのかな?』

「う、うん。私も昔みたいに花ちゃんとお喋りしたいから…」

『りょ〜。これからはバンバンメッセージ送るからね!あ、帰りの電車来ちゃったから切るね。勇気出しくれてありがと。雪菜』

「うん。花ちゃんも昔みたいに接してくれてありがとう…。すごく嬉しかったよ」

『なんか照れるな〜。それじゃバイバ〜イ』

「うん。ばいばい」


 通話が終わった後も笑顔でスマホを見つめる雪菜。どうやら上手く行ったみたいだな。


「小林もありがとね。おかげで仲直り出来たよ」

「俺は背中を押しただけで勇気を出したのは雪菜だろ」

「小林と一緒だからだよ…。ふへへ…」


 そう言うとだらしない笑顔を見せる雪菜。この調子で色んなことに挑戦していたらいつかは……。



(あの部屋に居座る理由もなくなるんだろうな。)


 それは喜ぶべきことであり…約束された未来。俺は雪菜の成長に寂しさを覚えながら、冷えた紅茶を飲み干す。

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