第3話 ジェンガで本気になる話。

ピンポーン


 日曜の昼過ぎ。部屋でぐっすりと眠っていたらインターホンの音で目が覚める。おそらく宗教か新聞の勧誘だろう。


「雪菜。行って来てくれ」

「嫌だよ。引きこもりを舐めないで欲しい」

「そんなドヤ顔で…」


(まあ、よくよく考えたら雪菜に勧誘を受け流すスキルはないよな。)


「しゃーない。行くか」

「あ、ナデシコ運送です!」

「ん?」


 玄関を開けると大きな段ボールを持ったお兄さんが立っていた。勧誘ではなく荷物の配達だったようだ。通販をした覚えはないので田舎に住んでるおばあちゃんからの贈り物だろう。それにしても大荷物だ。


「何か買ったの?」

「いや母方の実家から色々送られてきたらしい」

「ふーん。一緒に見ていい?」

「ああ。多分お米とかだろうけど」


 案の定。段ボールを開けるとお米と野菜が入っていた。それと小さな段ボールが一つ。お菓子でも入っているのかと思い開封してみると中からジェンガとトランプが顔を出す。


「なぜジェンガ…?」

「友達と遊ぶ用にじゃない?小林友達居ないのにね」

「にしても、チョイスが随分とアナログだな。あと友達ぐらいおるわ」


 現に人の家でゴロゴロ漫画を読んでいるコイツも友達の一人だ。それに小学生の頃一緒にザリカニ獲りしてた˝アイツ˝だって。名前は確か………。まあ、そんなことはどうだっていい。まずはお米と野菜を片付けないと。


「ふぅ…疲れた。トランプとジェンガは押し入れでいいか」

「待って小林。せっかくだから一回遊んでおかない?ジェンガやったことないし面白そう」

「なんかノリノリだな」

「やるなら罰ゲームは外せないよね。負けた方が˝勝った人の言うことを何でも聞く˝とかどう?」

「何でもは少しやり過ぎな気が…」


 雪菜は俺を人畜無害な生物だと思っているらしいが、これでも思春期真っ只中の男子高校生。"何でも"なんて言われたら、嫌われないギリギリのラインでセクシャルをハラスメントするに決まっている。


「あれれ小林〜。もしかして負けるのが怖いの?」

「そういう問題じゃなくて…。ほら、俺も男な訳ですし」

「ははーん。さてはそういうお願いをする気だね。むっつりさんめ」

「いやいや!俺はあくまで男相手に何でもは危ないぞ。という一般論をだな…」「いいよ」

「え…?」

「だから、少しぐらいならえっちなお願いでもいいよ。小林も男の子だしね」

「ふぇ……?」


 俺の脳は雪菜の言葉を処理しきれずショートする。そのまま気が付けば負けられないジェンガ大会の幕開けとなった。


「じゃあ先攻は小林で後攻が私ね」

「あ、ああ。それじゃあ…」


 俺は一本のジェンガに狙いを定め優しく抜き取っていく。流石に一本抜いたぐらいで揺らぐこともなく雪菜のターンへと回る。序盤は特に変化もなく順調に勝負は続いていった。



「うげっ…。流石にここまで来るとグラついてくるね」


 穴だらけの塔を見て雪菜はそう呟く。最初の安定感が嘘のようにグラつくジェンガ。判断をミスれば今すぐにでも崩れてしまいそうだ。


「一回ツンツンして調べてもいい?」

「それぐらいはいいけど、一回決めたやつを変えるのはダメだからな」

「わかってるよ~。ここを超えれば勝利が見えてくるからね。踏ん張りどころだぞ私」

「そこまで真剣になるとは…。負けた時のこと考えてなかったけど一体何をお願いされるんだ」

「そ、それは内緒!って…。あ」




グラッ……グラッ……ピタ。


 慌てた雪菜が机にぶつかりその振動で大きく揺れるジェンガ。どうにか持ち直したが、危うくしょうもない終わりを迎えるところだった。


「危ない危ない。ここからは真剣にやらないと」

「お、おう」


 雪菜からもの凄いやる気を感じる。そのやる気はもっと他の事に活かせないものだろうか。


「よし!これに決めた!」


 そんなことを考えている間に抜き出す一本を決めたようだ。


 雪菜は深呼吸をしてからゆっくりと人差し指でジェンガを押し出していく。塔は今にも倒れそうなほどグラついているが本当にいけるのだろうか。瞬き一つ許されない緊張感。まさかジェンガ相手にここまで本気になる日が来るとは思いもしなかった。


「あと少し…」

「ここで取られたヤバいな。この一手にすべてが…」







ピンポーン


「え…?」



ガシャンッ……!!!!!


 ほんの一瞬気を抜いたせいでジェンガは無残にも地面へと散っていった。雪菜は怒りの形相で玄関まで向かい扉を開ける。インターホンを鳴らし、戦いの邪魔をした犯人を一目見るために。


「ツバキ運送です!こちら荷物失礼しますね」


(ツバキ運送?実家からの荷物はさっき届いたよな?)


「あ…。そういえば一昨日ゲームソフト買ったんだった。送り先小林の部屋にしてたの忘れてた」

「おい…」


(荷物の配送先が家になってるのも意味わからんが、それよりも自分の買い物を忘れるか?もし配送時間忘れたせいで荷物受け取れなかったらどうするんだって…それを防ぐ為に配送先を俺の家にしたのか。)


「まあ、とりあえず勝負はついたな。自分の荷物に驚いてジェンガを崩したっていうなら自業自得。さて…何をしてもらおうか」

「い、いや~。今のはスポーツマンシップがさ~」

「やかましい。大人しく負けを認めろ」

「うぅ…。そ、そのっ…!初めてだから優しくだよ?怖いのは嫌だからね?」


 そう言うと諦めたように身体をこちらに差し出す雪菜。まだ何をお願いするかは言っていないのだが。


(そもそも友達なのにこんな事していいのか…?流石にやり過ぎなんじゃ…。)


 頭の中で葛藤しながらも、ピンク色の唇を見ていたら吸い寄せられるように顔が近づいてしまう。吐息が感じられるほどの距離になって、俺は初めて雪菜が震えていることに気が付いた。嫌悪感ではなく純粋な恐怖。きっと彼女が抱いている気持ちはそれだろう。


「お風呂」

「ん…?」

「やっぱお願いはお風呂掃除で!じゃあ頼んだぞ!」

「えっと…ほんとにそれでいいの?」

「ああ。そもそもこういうのは勢いでするもんじゃないしな!」

「ふふっ…そうだよね。良かった、小林がチキンなお陰で純潔が守られたよ」

「やかましい。さっさと掃除してきなさい」

「は~い」


 私は部屋から出ると壁に背を預け倒れ込む。未知の世界に足を踏み入れるというのは、想像しているよりも恐ろしいものだった。それでも小林が相手だから…怖いのを必死で隠して我慢していたのに、彼はそんな不安や恐怖に気付いて優しく笑いかけてくれた。


(初めて会った時からそうだ。いつも小林は私のことを考えて…。)




「ダメだ…。小林のこと考えると胸がきゅーってする」


 最近、小林と一緒に居ると心臓が落ち着かない。苦しいような締め付けられるような。でも不思議と嫌じゃなくて。


 今はまだ分からないことばかりだけど、これから少しずつ紐解いていければと思う。私の心に居座る気持ちの正体について。


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