第2話 冬にアイスを食べる話。
俺たちは玄関を出て夜の散歩に向かう。四六時中家にいる雪菜を少しでも健康にしようと始めた日課だ。
「今日も今日とて寒いね…ってあれ?手袋してないの?」
「昼に洗ったんだけど乾かなくてさ」
「そうなんだ。可哀想だから片方貸してあげるよ」
「いや、いいよ。寒いだろ?」
「大丈夫大丈夫。いい作戦があるんだよ。ほらほら」
「?」
雪菜が何を考えているのかは分からないが、とりあえず渡された手袋を右手にはめる。
「お、つけたね。それじゃあ失礼して…」
「お、おい…」
手袋をつけたのを確認した雪菜は、外気に触れたままの左手を優しく包み込むように握ってきた。
「こうすれば二人とも温かいでしょ?」
「そりゃそうだけど…って。まあいいか。ありがとな」
「うん♪今日はこのまま散歩しよっか」
楽しそうな雪菜に「そうだな」…と返事をして空を見上げる。空気が乾燥しているせいか星がいつもより綺麗に見える。冬の夜ってのも存外悪くないのかもしれない。
「ねえ小林?アイス食べたいからコンビニ寄ろ?」
「ん?このくそ寒い中アイス食うのか?」
「チッチッチッ…。お風呂上がりのポカポカで食べるのが良いんだよ」
「へ、へぇ~…」
俺は冬にアイスを食べたくなる人の気持ちは分からないが、本人が食べたいと言うのなら別に否定はしない。
「いらっしゃいませ~」
雪菜はコンビニに入るなりアイスが並ぶショーケースへと向かう。そして何の迷いもなく緑色のそいつを手に取った。
「おいおい。チョコミントって夏季限定じゃないのか?絶対冬はいらんだろ…」(ボソッ)
「ん?何か言った?」
「いや。早く家でのんびりしたいな~って」
「ふーん。ちなみに私はチョコミントって冬の方がおいしく感じるんだよね」
そういうと笑顔でレジに向かう雪菜。どうやらチョコミントへの冒涜はしっかりと聞こえていたようだ。チョコミン党を敵に回すと冷凍庫の中身を全てチョコミントアイスにされそうなので後で謝っておこう。
「誘惑に負けて肉まんも買っちゃったよ」
「太るぞ?」
「それシンプルなのに一番怖い言葉だよ…。こうなったら小林も道連れにするしかないね」
そう言うと肉まんの半分をこちらに差し出してくる雪菜。
「仕方ない。俺も共犯者になるか」
「くくくっ…賢い選択だ」
「ありがとな」
「うん♪」
雪菜から肉まんの片割れを受け取りお礼を言う。道連れにされても感謝の心を忘れてはいけない。
(お…。久しぶりに食うと旨いな…)
俺はコンビニの肉まんに感動を覚えつつ家路を辿る。短すぎず長すぎない。散歩は三十分ぐらいが毎日続けるのには丁度いい気がする。
「ただいま~。冷凍庫借りるね。アイス入れないと」
「ん?まだこっちに居るのか?」
「うん」
雪菜のやつ冬休みに入ってから居座る時間が着実に伸びている。この調子だといつか部屋を乗っ取られてしまいそうだ。
「今からお風呂入るけど覗いたらダメだよ?」
「安心しろ。ゲームやってるから覗く暇なんかない」
「それはそれでムカつく」
ムスっとした顔をしながら雪菜はお風呂場へと向かっていった。そもそも自分の家で入れば覗かれる心配もないだろうに。まあ、食費も光熱費も半分ずつ出してもらっているので文句は言えないけど。
「気にせずゲームでもすっか…」
ゲーム機の電源を入れヘッドフォンを付ける。こうすれば他の事に気を取られる心配もない。
「おっ…まじか。この攻撃で死なないか…。それならこのコンボで…」「…やし…」
「いや、硬すぎ…」「…ばやし…」
「そう来るなら俺だって必殺技を…」「こばやし!」
「うおっ…!」
突然ヘッドフォンが外され現実世界へと引き戻される。
「もう!ずっと呼んでたんだよ?」
「悪い…全然気づかなかった」
どうやらお風呂から呼んでも反応が無いので部屋まで様子を見に来たみたいだ。ビックリしすぎて心臓が止まるかと思った。
「で、何の用だ?」
「シャンプーが空っぽだったからどうすればいいか聞きに来たの」
「ああ、そういえば昨日切れたんだっけ…。洗面台の下に詰め替えがあるから入れといてくれるか?」
「おっけ~」
「それと今度からはバスタオルじゃなくて服を着てから出てこいな。その恰好は色々とダメな気がする」
「ちゃんと隠れてるし大丈夫だよ?ほら」
そう言うと雪菜は俺の前でくるっと回ってみせる。確かに大事な部分は隠れているが問題はそこじゃない。
「なんかの拍子で外れたらどうすんだ」
「ないない。そんなのアニメぐらいだって。小林の妄想力には困ったもんだね」
「俺はもしもの時を想定してだな」
「はいはい。そういうことにしといてあげるよ。それじゃまたね」
それだけ言い残し部屋を出ようとする雪菜。しかし一歩目を踏み出すと同時にフローリングに落ちた水滴に足を取られ体勢を崩す。
「きゃっ…!」
「…っ!」
俺は慌てて転びそうになった雪菜の腕をつかみ自分の方向へと引き寄せる。間一髪。地面との衝突は防ぐことが出来た。
「っぶね~。大丈夫だったか?」
「うん…。すっごく助かったんだけど…ね?」
地面にひらりと舞う一枚の布。そして顔を赤らめ胸を隠す少女。この二つだけで今の状況は伝わるだろう。お姫様抱っこのような体勢になっているのでバッチリ見えているのだが表情に出すわけにはいかない。ここはあくまで自然体で…。
「ケガナクテヨカッタヨ…」
「毛がなくて…って。どこ見てんのさ!小林のえっち!」
顔を真っ赤にしながらお風呂場へ逃げ込む少女。裸を見られたのが相当恥ずかしかったのだろう。
「もう…小林のバカ」
さっきの出来事を思い返しては顔が熱くなる。早いところお風呂から出てアイスを食べることにしよう。小林は反対派だったけどやっぱり冬のアイスは大事だ。
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