第1話 俺の部屋に不登校少女が居座ってる話。

  吐き出す息は白くなり空気全体が灰色を纏う季節。ただでさえ寒くて震えているというのに追い打ちをかけるように空からは白い結晶が降ってくる。


「勘弁してくれ…」


 俺は買い物袋を両手にぶらさげ家路を急ぐ。すれ違う人々は皆、空を見上げてはどこか嬉しそうに笑っている。ただの平日に雪が降っただけなら彼らもこんな顔はしないだろう。




ガチャッ…。


 玄関を開けると待っていましたとばかりに少女が駆け寄ってくる。


「小林おかえり~」

「ただいま。これ頼んでいいか?」

「うん」


 いつものように買い物袋を少女に預ける。こういう細かいことでも手伝って貰えると助かるものだ。一人暮らしだと何から何まで自分でやらないといけないからな。


「終わったよ~」

「ありがとな。雪菜」



 神代 雪菜(かみしろ ゆきな) クラスメイトであり、隣人であり、友人でもある彼女は二カ月ほど前から俺の家に入り浸るようになっていた。居心地が良いとかなんとか…。部屋に来ては漫画を読んだりゲームをしたりと自由奔放に生きている。



 前までは三時間ぐらい居座ったらフラ~っと帰っていたのに、最近は朝から晩まで俺の部屋に居る。家はすぐ隣なので帰り道の心配は無いが、男の部屋に遅くまで居るのは色々とマズいのではないだろうか。


「今日はご飯食べたら帰るのか?」

「まだ決めてない。出来れば泊りたいんだけど」

「泊りって…隣なんだから泊る必要ないだろ」

「いやいや、クリスマスだよ?」


 コイツが何を言っているのか分からないので考えるのは止めて準備に取りかかろう。とりあえず買ってきた料理をテーブルに並べていく。クリスマスなので少しだけ豪勢なメニューだ。全ての料理を並べ終えた頃には机の上はそれらしい見た目になっていた。


「意外と量あるな。食べ切れるか…?」

「大丈夫。小林が頑張ってくれるよ」

「いや…その小林が食べ切れるか不安を抱えてんだけど?って。まあいいや。冷める前に食うか」

「だね。それじゃあ…」

「「いただきます」」


 二人で山盛りの料理を食べ進める。フライドチキンやピザ。ローストビーフにポテト。タコライスにオニオングラタンスープ。それに……。


(うっ…やばい。確実に胃が限界を迎えてやがる。俺はここでリタイアさせてもらうが、うちにはまだ雪菜が…!)


「うぷっ…もう無理」

「ですよね…」


 料理を半分以上残し俺たちは床に倒れこむ。残りは明日食べよう。


「小林…もうちょっと頑張ってよ。ビザは余裕だからタコライスも入れようって言ってたのにピザも食べ切れてないじゃん」

「フライドチキンなら五本はいける!って言ってたのに一本でギブアップしてたやつに言われたくない」

「あんなに油っぽいと思わなかったんだよ。旬のやつだよあれ。脂のノリが違う」

「魚みたいに言うな。フライドチキンはどの季節でも変わらない油分で戦ってるんだよ」


 天井を眺めながら雪菜の謎理論にツッコミを入れる。何となく顔を横に向けると隣で寝転がっていた雪菜と目が合ってしまった。キラキラと透明感のある銀髪。その隙間からは翠色(すいしょく)に輝く瞳が見える。正直…この距離で見つめ合うのはヤバイ。


「ん?顔赤いけど意識してるの?」

「あほぬかせ。ちょっと暑いだけだ…窓でも開けるか」


 その場から逃げるように立ち上がり窓を全開にする。冷たい空気が部屋全体に飛び込んできて室内温度を一気に下げる。


「小林?すっごい寒いんだけど?窓閉めてよ…って…あれ!?雪降ってる!?ホワイトクリスマス!」

「テンション高いな。外は雪だぞ~って言わなかったか?」

「聞いてないんだけど!そういうことは早く言ってよ!まったく」

「ただの雪だろ?何がそんなに嬉しいんだか…」

「やれやれ。小林にロマンチックって言葉はまだ早いか」


 腹立つなコイツ。雪を眺めるのに飽きた雪菜はそそくさとベッドに戻っていく。一体いつまで部屋に居座るつもりだろうか。


「お前いつまで…」

「はいはい。わかってますよ~」


  彼女は俺の話を遮り洗面所へと歩いていく。そして何の前触れもなく歯を磨き始めた。なんで俺の家に歯ブラシセットを置いているのか…何て考えても仕方ないので無視しよう。しばらくして寝る準備を済ませた雪菜がベッドに戻ってくる。コイツは一体何を理解したんだろう?


「お風呂は夕方に入ってるから大丈夫。歯磨きも終わったよ〜。それじゃおやすみ」

「え…?お、おやすみ?」


 就寝の挨拶を返すと雪菜は満足そうな顔で眠りにつく。どうやら泊まりたいってのは本気だったようだ。正直今から帰れって言うのもめんどくさい。それに普段も俺が寝るギリギリまで居るんだから大して変わらないだろう。


「諦めるか…」


 俺も歯磨きとお風呂を済ませ布団を敷く。友達が泊りに来た時用に敷布団も買っておいてよかった。さすがに布団なしで寝られるほど東京の冬は優しくないからな。


 そんなことを想いながらベットからはみ出た雪菜を元の位置に戻してあげる。


「…むにゃむにゃ…すぴ~」

「お前は相変わらず自由だな。まったく…おやすみ」


 幸せそうに眠る雪菜に就寝の挨拶をしてから俺も夢の世界へと旅立つ。






ピピピピッ…ピピピピッ…。


 心地の良い眠りを妨げるようにアラームが鳴りだす。冬休みに入ったのでアラームなんて必要ないはずだが、おそらく癖でつけてしまったのだろう。携帯を掴みやかましい音を止めると俺は再度眠りへと落ちる…。呑気に睡眠を楽しんでいると次は雪菜の声で現実へと引き戻されてしまう。


「こばやし~おきろ~」

「なんだよ…今日は休み…」

「冬休みは二十七日からだってご飯の時話してたじゃん。忘れたの?」

「…」


 目をぱちくりさせながら時計を見る。いくら目をこすろうが現実逃避をしようが針は変わらず同じ位置を指す。


 8時20分




「完全に遅刻なんだけど…!?って…嘆いても仕方ない。今日は学校行くか?せっかく起きてるんだし」

「小林を起こすって仕事は完遂したからね。学校はまた今度…」

「そりゃご苦労様でした。無理にとは言わないからさ、たまには一緒に行こうな」

「うん…。頑張るよ」


 なんとなく雪菜の頭を撫でる。学校の話題を出すと申し訳なさそうに、どこか悲しそうに笑う彼女。どうして不登校になったのか…その理由を俺は知らない。知ったところで俺に出来ることなど何もないだろう。だから今日も…。


 見るべき現実から目を逸らし、彼女が笑って過ごせる現実だけを守る。学校に行きたくないと言うのなら部屋で寝ることを許し、外が怖いと言うのなら扉に鍵をかけてあげる。それが間違いだと分かっていても。


「頑張るのはいいけどあんま無理すんなよ。疲れたら一緒にゲームでもして休めばいいからさ」

「うん…そうする。小林は優しいね」




 問題を先延ばしにしているだけの俺に向かって雪菜は˝優しいね˝と笑顔を見せる。彼女が俺の家に居座る理由はただ一つ…現実を見なくて済むから。きっとそれだけだろう。

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