プロローグ 間違いの正し方
ピンポーン…。
昨日と同様にインターホンを鳴らし玄関前で待機する。向こうは画面越しに俺の姿を確認出来るはずだ。それなら「どちら様ですか?」と聞かれることはないだろう。となると必然的に神代の第一声は「うげっ…」に変わるはず。
『また来たの?何の用?』
「チッ…。外れたか」
『いきなり何?怖いんだけど…』
「悪い。こっちの話だから気にしないでくれ」
『今一人だよね?一人で会話してたってこと?余計に怖いんだけど』
(やれやれ…怖がりさんだな。とりあえず今日の用事を済ませるとするか。)
「とりあえず神代。ガッコウニコイヨー。よし」
『いや「よし」じゃなくて…。これからもその一言のためにインターホンを鳴らすつもりなら勘弁してくれるかな?』
「俺だって好きでやってるわけじゃない。つーか、玄関にぐらい出て来てくれよ。壁と話してる気分なんだけど?」
『やだよ。顔見られたくないし」
「何をいまさら。昨日の段階で手遅れだろ」
恥ずかしがってるのか人に顔を見られるのに嫌悪感があるのか。後者なら学校に連れて行くのは難しそうだな。まずは不登校の原因を調べないと。
『確かに…。分かったよ、服着るから待ってて』
「おう…って。今着てねーのかよ!」
ピッ……。
くそ。どうでもいい疑問ばっかり増えてしまう。しかし…あっさり出てきてくれるなら顔を見られることに嫌悪感があるわけではないのか?わからん。まだ情報が少なすぎる。
ガチャッ…。
「お待たせ」
「待ってないよ。俺も今来たとこ」
「セリフもタイミングも間違ってるよ?で、今日は何の用なの?」
「特に用事があるってわけじゃないんだけど…先生にお前との会話をメモして提出しろって言われててさ。不登校の生徒が何を思ってるか知りたいんだと」
「あっそ。先生が何考えてるかは知らないけどそれって盗み聞きと何が違うの?」
これに関しては神代の言う通りだ。少なくとも自分の言動が第三者に筒抜けになっている状態で本心なんて話せるだろうか?仮にそれを隠して情報を手に入れるつもりなら神代の言った通り盗み聞きとなんら変わらない。本当にそいつが何を思っているのか知りたいなら自分で直接聞くべきなんだ。こんな方法じゃなくて。
「やっぱり神代もそう思うか…。あ、話はそんだけだから」
「ん?今の会話を提出するの?」
「いや?会話を晒されるのって嫌だよな?って聞きに来ただけ。同じ意見みたいでよかったよ。そんじゃまた」
「あ。え…うん。ばいばい」
彼の背中に軽く手を振り玄関を閉める。無理やり押し付けられた仕事なら相手のこと気にせず言われたことだけをやればいいのに。それなのに、彼は私が嫌がるかどうかを考えていた。無神経に不登校の理由も聞いてこないし不思議な人だ。
「小林ね…。まあ、覚えとこ」
放課後の教室で俺は先生と話し合いをしていた。面倒な仕事を減らそうとしているだけ…と思われないようにリスクを事細かに伝える。最初は軽く流そうとしていた先生だが話をしているうちにしっかりと聞く体制に入ってくれた。
「こういった危険性もあるので、会話の内容を他者に晒すのは良くないかと…」
「そりゃ赤の他人に晒すのは良くないけど、教員が生徒と向き合うために使うんだぞ?気にしすぎじゃないか?」
「そういう生徒たちには気にしすぎぐらいで接するべきだと思います。それに…その人にだから言える悩みや心ってあると思うんですよ。なので会話を提出するって言うのには申し訳ないですけど賛成できません」
「んー…。とりあえず来週の職員会議で言ってみるよ。今日はもういいか?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ気をつけて帰れよ。さよなら」
「はい。さようなら」
俺は先生に一礼して教室を出る。来週になるまで結果は分からないが少しでも改善されることを祈ろう。
ピンポーン…。
「ガッコウニコイヨー」
『せめて私が出るまで待とうよ?』
「スピードが命かなって。そんじゃまたな」
『あ、待って…』
ガチャッ…。
「アイスあげる」
「ん?ありがとう?」
「暑いからね。ばいばい」
それだけ言い残し神代は部屋に戻る。一体何だったんだろう?
「にしても…チョコミントか」
俺は緑色のパッケージを見ながら苦笑いをする。せっかくもらったのでとりあえず一口かじってみることにした。鼻を抜ける爽やかなミントに程よい甘さのチョコ。苦手なはずだった風味も今は少しだけ美味しく感じる。
(少しは仲良くなれてるのかな?)
正直わからないことばかりだが、胸を張って言えることが一つある。
「やっぱ歯磨き粉だ…これ」
会話の提出をやめさせるよう交渉してから数日後、職員会議で決まったことがあると先生から呼び出しを受けた。約束の時間を少しオーバーして先生は教室に顔を出す。
「悪い…少し遅れたな。校長の話がなかなか終わらなくて。まあ、それはさておき。職員会議で˝やっぱり生徒に不登校児を任せるのは荷が重いだろう˝って話になってな。実は他のクラスで「時間の無駄なんだけど?学校ぐらい来いよ」って不登校児に怒鳴った生徒が居たらしくて、昨日の件も見直した結果…今まで通りのやり方に戻そうってことになったよ」
「そうですか…」
「ああ。だからもう神代のとこに行く必要はないぞ。お助け係も解散だ。一週間という短い期間だったけど˝嫌な役割˝を担ってくれてありがとな小林。そういうわけで…これからは気兼ねなく勉学に励んでくれ!」
「はい…分かりました」
嫌な役割。先生の言う通りめんどくさい仕事から解放されたはずなのに、なぜか納得できない自分が居る。
お助け係が不登校問題を解決する糸口になるという目論見が外れたので今まで通りの方法に戻すだけ。なにも間違っていない。実際、生徒の重荷になっているのも事実なんだから正しい判断だ。
「これでよかったんだよな…」
夕暮れ色に染まる教室で俺は一人そう呟いた。これが自分の望んだ未来なんだと言い聞かせるように。
「気を付け!礼!」
「「ありがとうございました~」」
「ねぇ今日何する?」
「とりまフォーティンワン行かない?アイス食べたいし」
「賛成〜。そんじゃ行こっか」
お助け係が無くなってから二週間が過ぎた。神代の家に行く理由もなくなりお互いに干渉することもなくなった。いつも通りの日常に戻ったとも言える。
(俺も帰りにアイス買ってくか…)
「ありがとうございました~」
俺はコンビニを出て公園へと向かう。緑色のパッケージ。鼻から抜ける爽やかな香り。子供の頃から苦手だったこの味を気が付けば手に取っていた。
「…」
口に残るミントの香りに顔をしかめながら空を仰ぐ。体にまとわりつくような暑さ。小さな生命の存在を知らしめる蝉時雨。いくら忘れようと努力してもちょっとした事で思い出してしまう。
「はぁ…いい加減認めるしかないよな…」
この二週間悩み続けていた。頼まれたから…仕事だから…本当にそれだけの理由で神代と話していたのか。答えはそんなことを悩み出した時点で分かっていたはずなんだ。
どうせ終わるなら神代の気持ちを聞いてから終わってもいいだろう。当たって砕けろってやつだ。
「よし…」
ピンポーン…。
二週間前は何とも思わなかったインターホンの音でさえ重く感じる。緊張はするけど伝えるべき言葉ならあの時と同じ。
『何の用…』
「えっと。ガッコウニコイヨー…なんて」
『…』
ピッ………。
勇気を振り絞って吐き出した言葉に帰ってきたのは冷たい機械音。やはりただのクラスメイトが家に来るのは迷惑だったのかもしれない。大人しく帰ろうと後ろを振り返ると家の中からドタバタと物音が聞こえてきた。
タッタッタ…!!ドンッ…!!ガチャッ!!!
「遅い…!」
神代は勢いよく玄関を開け涙目でそう言い放つ。パジャマ姿にぼさぼさの髪。一秒でも早くその言葉を伝えたかったのだろう。きっと神代も俺と同じように悩んでいたんだ。
「もう来ないのかと思った…」
「ごめん。お助け係がなくなってさ」
「知ってる…先生が言ってたよ「小林に嫌な役割押し付けてた」って。その言葉を聞いた時ね˝やっぱりな˝って思ったんだ。小林は無理して私に会いに来てたんだなって。本当は話したくなんてないんだろうなって」
「違う…とは言い切れないな。俺も最初は面倒な仕事だと思ってたし。でもさ、神代と話していくうちに仕事とか係とかどうでもよくなってたんだよ」
単純なことだったはずなのに気付かないフリをして神代を困らせて…まったく何してんだか。お助け係が無くなった日、素直に伝えとけばよかったんだ。
「こんなに悩む前に言っとくべきだった」
神代の目を見てあの時伝えるべきだった言葉を口にする。
「神代。俺と友達になってくれないか?頼まれたからでも学校に来て欲しいからでもなくて。神代の事をもっとよく知りたいから。これからはお助け係としてじゃなくて˝友達˝としてお前に会いたいんだ」
「ふ、ふーん…そこまで言うなら仕方ないな~♪今更ナシとかナシだからね?もう友達。取り消しは受け付けません」
「ああ。これからよろしくな」
「うん…!」
こうして俺たちはただのお隣さんから。ただのクラスメイトから。少し背伸びをして友達へと進化した。お助け係なんかじゃなくてこれからは自分の意志で神代と向き合っていく。
「あ、そういえばアイス持ってきたんだった」
「お~!チョコミントじゃん!もらっていいの?」
「ああ。なんせ今日は暑いからな」
俺は沈みゆく夕日を見ながらそう呟いた。
ここまで長いプロローグに付き合ってくれてありがとう。こんな経緯があって俺たちは仲良くなった訳だけど。次に俺が語るのは雪菜…じゃなくて神代と友達になってから三か月が経った冬の物語。俺の部屋に居座ってる不登校少女のお話だ。
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