俺の部屋に『不登校少女』が居座っている話
みょうが
プロローグ 出会いときっかけ
自分の存在を主張するように鳴き続ける蝉。教室の窓からは生暖かい風が吹込んできて汗ばんだ手にはノートが張り付く。そんな状況にしびれを切らし一人の少女が声を上げる。
「あ~!暑すぎて集中できない!クーラーの修理いつになるの?」
「別に涼しくてもアンタは集中しないから変わらないでしょ」
「それはそう…!」
ゲラゲラと蝉の声をかき消す程の大声で笑っているのはクラスの中心人物である羽村 水樹(はむら みずき)と菊沢 花(きくさわ はな)の二人。別にコイツらが嫌いなわけでは無いが今の状況だと暑苦しくてたまらない。
「今日の夕方に業者が来るから明日には治るぞ。羽村が真面目にやってくれるなら授業そっちのけで治したいところだな」
「うわっ!その言い方ひど」
「それで授業が無くなるなら全然あり!」
先生が便乗したことによって騒がしさは更に増していく。別に真面目くんというわけでは無いので、このやり取りで時間が潰れるならそれはそれで構わない。授業を退屈だと思っているという点なら俺も彼女らと同じだ。
(今日の夜飯どうすっかな…)
そんなことを考えながら黒板を写していると教室にチャイムが鳴り響く。どうやら今日の授業はここまでらしい。
「やっと終わったよ~」
「ねぇ?帰りクレープ食べない?」
「あり」
「うわ!俺らもちょうどクレープ食べようと思ってたんだよ!一緒にいいすか?」
「え~絶対嘘じゃん~。まあ、いいけどさ」
「よっしゃ!じゃあ行こうぜ」
(相変わらず元気な奴らだな。俺も早いところ家に帰ってゲームでも…って。その前に溜まってた洗濯物回さないとか)
両親は仕事の都合で海外に行っており日本には滅多に帰って来ない。そのため、俺は学校の近場でマンションを借りて一人暮らしをさせてもらっている。仕送りもあるのでお金には困らないし、慣れてしまえば一人でも案外なんとかなるものだ。それに趣味のゲームを邪魔されることもない。
(そういえば柔軟剤が切れてたな…。買って帰らないと)
「小林ちょっといいか?」
鞄を背負い教室から出たところで先生に呼び止められる。珍しい出来事なので一瞬ヒヤッとしたが表情を見るに怒っているわけではなさそうだ。だとしたら一体何の用だろう?
「いきなり悪い。小林ってお助け係だったよな?」
「お助け…?ああ。確かにそんな係だった気がします」
お助け係…。係決めの時に適当に選んだやつだけど、今の今まで一度も活動していない。そもそも今年から出来た謎の係らしい。このまま仕事をせず済むもんだと思っていたのだけど…どうやらそうはいかないらしい。
「係の活動として不登校になってる生徒の説得。相談。協力の三つがあるって最初に話しただろ?それでだ。小林にはうちのクラスの神代 雪菜(かみしろ ゆきな)って生徒の家に行って学校に来るよう説得してほしいんだ」
(ん?この係ってそんな活動内容だったのか。なんか終盤まで残ってるから怪しいなとは思ってたけど、まさかそんな地雷が埋まっていたとは。話を聞かず爆睡してた俺を恨むか。)
「俺が行くより先生が行った方が…」
「実は何回も挑戦してるんだが、玄関さえ開けてもらえないんだ。先週の職員会議でこの問題について話し合った結果、ついにお助け係の出番じゃないかって話になってな。学校全体で同時始動することになったんだ。そんな訳で今日から頼んだぞ!小林」
要は、俺たちじゃ手に負えないから生徒に丸投げしますってことだろう。参ったな…くそめんどくさい。とはいえ、この係になってしまった以上は避けられない運命。適当に頑張ろう。
「住所はここに書いてあるから後はよろしく!」
「うっす…」
(えっと、南町三丁目…ランドール303号室か)
「ん?ランドール303って」
渡された用紙を見て俺は唖然とする。まさかクラスメイトの神代が俺と同じマンションに住んでいたとは。しかもお隣って…。
「世界は狭いな」
ピンポーン。
とりあえずインターホンを鳴らしてみる。この待ち時間って妙に緊張するんだよな。昔は友達の家のインターホンさえ鳴らせなかったのに…随分と成長したものだ。そういえばアイツ元気にしてるかな?イケメンだったし彼女とか作って高校生活謳歌して…。
『はい。どちら様ですか?』
友達の現在を考察していたら何者かがインターホン越しに話しかけてきた。余計なことを考えるのは後にしてさっさと自己紹介を済ませよう。
「突然すみません。赤井台高校(あかいだいこうこう)1年B組の小林 悠斗(こばやし ゆうと)って言います。先生に頼まれてお伺いしたんですが…」
『うげっ…。すいません雪菜は外出中で』
(おい。今「うげっ…」って言ったよな…?こいつ絶対『神代 雪菜』本人だろ)
「そうなんですね。どこに出かけてるのか分かりませんか?帰ってくる時間とか」
『えっと…確か服を買いに原宿でタピオカだったような。深夜まで帰って来ないと思うので帰った方がいいですよ』
「お、おう…」
(いやいや、怪しすぎるだろ。もはや隠す気がないとさえ思えてくる。それに服を買いに原宿でタピオカって…。それっぽいワードを捻り出した結果がそれなのか?なんか可哀そうになってきたし適当に用件だけ伝えて帰るか。)
「いきなり押しかけて悪かったよ。お助け係の仕事だから度々来るけど長居はしないからよろしく。あ、そうだ…ガッコウニコイヨー。ちゃんと説得したからな」
『うっ……。あのさ、気づいてたなら変な演技させないで欲しいんだけど…?』
「悪い悪い。つい面白くて」
『こっちは全然面白くない。まあ、いいや。ゲームしたいからもう終わり』
ピッ……。
さよならの挨拶も交わさず神代はインターホンを切る。随分とそっけない態度だったけど一応俺の仕事はこれで終わりだ。後はのんびりと部屋に戻りゲームをするだけ…って。
「柔軟剤買い忘れてるし。仕方ない…後で行くか」
「こちら十円とレシートのお返しです。どうもありがとうございましたー」
俺は業務的な笑顔に一礼してスーパーを出る。無駄な外出が増えてしまったがついでにアイスも買えたので良しとしよう。大通りを抜け人通りの少ない道を選ぶ。近道とは言え少し不気味な道だ。
(振り返ったら女の人が立ってたりして…とか。考えるだけでも怖いな。まあ、いるわけ無いんだけどさ…)
「あの。これ…」
「うぎゃぁぁああああ……!!」
「………」
腰を抜かして地面に座り込む俺を見つめる謎の少女。幽霊にしては随分とハッキリ視えている。
「実物はこんな感じなのか」
「はい?それより貴方どこかで…」
「悪いが幽霊に知り合いは居ないぞ」
「うげっ…。その顔にその声。やっぱり」
「うげっ…?その言葉は俺も最近耳にした気が…。おい!まさか…!」
街灯に照らされ銀色に輝く髪。長さはミディアムボブぐらいで、前髪の間からチラりと見える瞳は綺麗な緑色をしている。座り込んだ今の状態じゃ正確には分からないが身長はそう高くない。どちらかといえば低い方だろう。そして雪のように白い肌。間違いない…コイツは。
「まさかこんなところで会うとはな。服を買いに原宿でタピオカはもう済んだのか?神代」
「掘り返すな!じゃなくて…誰ですかソレ?」
「まあ、別にどうでもいいんだけどさ。そんなことより俺の後ろに突っ立ってた理由の方が気になる」
「あ、忘れてた。財布落としたのが見えたから拾ったんだよ。でも声をかけるハードルが思ったより高く。後ろ振り向いたから「今しかない…!」って声をかけたら……クスッ」
(おい。こいつ今確実に笑ったな。暗い夜道で知らない女性が背後に立ってたら誰でもあの反応になるだろ。)
「はい…これ。後ろポケットに財布入れるのやめた方が良いと思うよ」
「だな。今度からは手で持つようにするよ。ありがとな」
「どういたしまして。それじゃあ私はこれで…」
タッタッタ…。コツコツコツ…。
「あのさ…なんでついてくるの?」
「俺も家がこっちなんだよ」
「じゃあ前歩いてよ」
「わかった。後ろから驚かしたりするなよ?」
コツコツコツ…。タッタッタ…。
「財布ありがとな。そんじゃ」
「うそ…」
俺が隣人だと知った彼女はポカンと口をあけながら目を丸くしていた。さっきの仕返しだ。存分に驚いてくれ。
翌日…教室を見渡してみたが神代の姿はなかった。俺が何を言ったところで気が変わるとも思えないし当然といえば当然だ。しかし神代が学校に来ないということはお助け係の仕事が続くといういうこと。控えめに言ってめんどくさい。
「小林?神代はどうだった?なんか言ってたか?」
「いや、俺もインターホン越しにしか会話できませんでした」
「そうか。今度から些細なものでも構わないから会話の内容を書いて提出してくれ。不登校の生徒たちが何を思ってるのか知りたいって職員会議でな」
(おいおい…職員会議で議論が起きるたびに俺の仕事が増えるのか?勘弁してくれよ。さわやかな笑顔で無駄な仕事ばっかり増やしてくれる。それに会話を提出とか…。)
「じゃあ頼んだぞ」
「え?ちょっ…」
先生は俺にそれだけ伝えるとそそくさと教室を後にする。
「はぁ…勘弁してくれ…」
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