第10話 紫陽花のパレット
テストも終わり、気づけば季節は梅雨の時期へと変わっていた。
今日の天気はあいにくの曇り。晴れてほしかったところだけど、こればかりは仕方がない。
天気予報は曇りのち雨って言ってたか? 多分、途中で降り出すだろうな……。
「あちゃー、降ってきちゃったね」
「あらら……。降らないことを祈ってたんだけどな」
梅雨たがら雨が降るのはしょうがないとしか言いようがないが、少しは空気も読んで欲しいところだ。
今、俺と奈々海はデートをするべく京都の方へお出かけ中。だったのだが、京都駅に着いた時には、既に雨が降り出していた。
「でも、傘持ってきてて正解だったね」
「そうだな。天気予報見てなかったら、今頃ここで足止めだ」
今いるのは駅構内にあるカフェ。昼食を取ろうと思い、入店したのだ。
「雨だともっと写真映えするかな?」
「梅雨の時期の花だし、映えるんじゃないか? 実際花びらに水滴が付いてる写真とか映えるじゃん?」
「だねー。だから私、そう思って傘はオシャレ目なやつにしたのさ!」
そう言って、開きはしないものの、柄を見せてくる。
水色をベースに生地の一部が白くなっている。落ち着いた優しい印象を出すようなそんな感じの傘だった。
「腹ごしらえしたら
「うん。そうだね」
今日は
奈々海が、何かデートっぽいことしたいとか言っていてお花を見に行くのは?と言ったことから、なら
俺も奈々海も花を愛でる趣味はないが、それでも花を見ることは癒やしにもなる。
そう考えて、あまり遠くに紫陽花を見に行くのもあれだから、近場で紫陽花がキレイなところを探した結果、京都になったのだ。
「暁斗君は何食べるのー?」
「なんとなくパンの気分だからたまごサンドにする。奈々海は?」
「うーん……オムライスにするよ」
「よし。じゃあ、注文するか」
一時間後。
「いやー、やっぱ京都は抹茶だよねー」
オムライスを食べ終えた奈々海は、デザートでちゃっかり抹茶パフェを注文していた。
何となく、京都の全てのカフェには一品くらい抹茶のスイーツがあるのではないか、という偏見が俺の中にはある。
そして、俺はそこそこな抹茶好きである。
「ここは宇治市じゃないけど、京都に来たら一品くらいは抹茶スイーツ食べたいよな」
「そっそっ。ん〜、おいしっ!」
これまたうまそうに食べるな。
お料理紹介系番組とかに出れるんじゃないかと思った。奈々海が食べている姿を見ていると何でも美味しそうに見えてくる。
「暁斗君も一口いる?」
「どこ一口だよ……」
奈々海の注文した抹茶パフェは何層かに分かれていて上の方はクリームみたいなので埋まっている。
このパフェのどこの部分から一口もらえるのだろうか。
「じゃあ、上の方のクリームあげるよ」
「おー、サンキュー」
そう言って、スプーンの上にクリームを載せて、スプーンを渡してくれると思いきや。
「はい。あーん」
「あ、そういう……」
なかなか積極的だなと思いながらも俺は、奈々海が差し出してきたスプーンをパクっと口の中に入れる。
口の中いっぱいに抹茶の香りが広がる。
上には抹茶の粉末がかかっていて、それが程よい苦さで、その苦さをクリームが緩和している。
「めっちゃうまいな!」
「でしょー」
コーヒーの香りが漂っているカフェで口の中は抹茶という状況になかなかのミスマッチ感を覚えつつも、うまかったことには変わりない。
「暁斗君は何かデザート頼まないの?」
「そうだな。まぁ、抹茶ラテでも飲んで待ってるからゆっくり食べるといい」
「わかった。ありがとー」
俺は店員を呼び、抹茶ラテのホットを注文する。
こういう場面ではコーヒーのブラックとかを飲んだほうがかっこいいのかも知れないが、あいにく俺はコーヒーが飲めない。カフェラテは飲めるんだけどな。
奈々海のパフェが三分の一になったぐらいで、注文した抹茶ラテがやってきた。
発色のいい黄緑より緑寄りの色をした抹茶ラテ。
抹茶の苦さをラテにすることによって抑えている。
甘すぎない、この程よい甘味が食後に丁度いい。
「お会計お願いします」
二人共食べ終えたところで会計をする。こういうことを想定して多めに今日は持ってきた。というか入れてきた。奈々海も使っていたqayqayに。
「今日は奢るぞ」
「マジ! やったぁー」
こういうデートで会計を奢るっていうシチュエーションはよく目にするが、それは今の男女平等社会にどうなのか。
そんなことを言いながらも俺は奢るんだが。
「今から地下鉄乗って移動な」
「はいはーい」
今日の目的地は元離宮二条城。ここは紫陽花がきれいに咲いているというのだ。紫陽花園と言うには歴史的建造物すぎる気がするのだが、紫陽花園の方が言いやすいから今はいいだろう。
今日行く元離宮二条城は一六〇一年に築城され、今では世界遺産ともなっている城だ。
和を感じながら紫陽花を観察できる。それはなかなか風情なものではないか。
「地下鉄って地下だから圧迫感があるよね。地下鉄も地上を走ればいいのに」
窓から真っ暗なトンネル内の車窓をながめながらそうつぶやく。
「地下を走らなかったら地下鉄って言えないじゃん……」
「でも、途中で地上に出る地下鉄もあるじゃん」
「一時的にだろ? 地下鉄と言いながらずっと地上を走ってる地下鉄は見たことがないぞ」
「一時的に地上に出るぐらいならもういっそのこと地上を走ればいいのにね」
「地下に線路を敷かないといけない理由があるんだよ。たとえばこの今乗ってる京都市営地下鉄烏丸線。ここの上はどうなってる?」
「建物がたくさんあるね」
「だろ? それに加えて、ここは京都。街の道が碁盤の目状に広がってる。それだと通しにくいだろ?」
「そこにうまいこと鉄道を通せばいいじゃん?」
「それもそうなんだがな。日本には景観法ってのがあってだな、京都は昔ながらの建物や風景を残していく取り組みをしてるんだ。もし、景観を保護してるのに鉄道が地上走ってたら街の景観を崩しかねないだろ?」
「あー、確かに。だから中心部の鉄道はみんな地下を走ってるんだね」
そんな事を会話していると、自動アナウンスがかかり、乗り換え案内がされる。
「お、次で乗り換えだな」
「直通じゃなかったんかい」
奈々海のツッコミが飛んでくる。どうやら直通だと思っていたらしい。
二条城に行くため京都市営地下鉄東西線に乗り換えないと辿り着けない。
歩いても行けるけど、絶対歩きたくないっていうだろうな。奈々海は。
「紫陽花咲いてるのかなー?」
「思ってるより紫陽花って咲くの早いぞ。品種にもよるんだろうけど6月上旬には結構咲いてる」
「なら大丈夫かー」
一時期、うちの花壇に紫陽花を植えようかって話があったのだけれど、いい感じの紫陽花がなくてその話は結局ボツ案になった。
空っぽの花壇には、母さんが見つけてきたいい感じの花を植えることになったのだ。
乗り換えて電車に揺られることほんの数分。二条城前駅に到着した。
「さーて、地上に上がりますかぁ〜」
奈々海が先導して階段を登っていくが、この先どうやって目的地まで行くのか知っているのだろうか。
「おーい。わざわざ遠回りする気か?」
「え?」
「出口そっちからだと遠いんだよ」
「あ、そうなの」
やっぱり、道は調べて来ていなかったようだ。
だが、改札を出てすぐの案内には結構デカデカと二条城はあっちだという矢印がかいてあるんだがな……。
「久しぶりの地上だぁー!」
「地底に移り住んだ人の発言みたいだな……」
空は相変わらず灰色に曇っており、太陽の光は差し込んでいない。けど、雨はあがっていた。傘さしながら見学も面倒だからよかった。
「もしかしてこの目の前の大きな石垣が二条城?」
「そうだ」
「おっきぃ……」
駅の出口から見ると西の方角に石垣が六、七ブロック先にぐらいまで広がっている。
「まぁ、入口はあっちだけどな」
「わかった! よーし! 行こー。暁斗君、案内は頼んだよ!」
「人任せなやつだなぁ……」
俺が先導して二条城を目指す。奈々海は俺の肩を並べて、二人足並みを揃えるように歩く。
「歩道めっちゃ広いね……」
「この広さはこういうとこじゃないと見れないな」
「あ、そうだ。写真撮ろうよ。思い出にさ!」
そう言って、最低限の荷物でまとまりそうなちっちゃい肩掛けポーチからスマホを取り出してくる。
女子こういうコンパクトなカバンよく持ってるよな。
「この門バックで撮るか!」
「収まるのか?」
「安心してくれたまえー。今日はこれを持ってきたのだ!」
今度はポーチから自撮り棒を取り出してきた。
「奈々海自撮り棒なんて持ってたのか」
「いや? これ私のじゃない」
「じゃあ、誰の?」
「千佳の。昨日千佳の部屋掃除してる時に見つけたからパクってきた」
「勝手に持ち出してきたのかよ……」
「千佳だから大丈夫!」
そもそもパクッて来るのが良くないと思うんだけどな。
「撮るよー。はいチーズ!」
スマホからパシャと音がしてシャッターが切られる。
「どれどれー? うん。なかなかキレイに、撮れてるじゃん!」
暗いのは後で編集しとこう、と言ってスマホをポーチの中へとしまう。
「入ろうか」
パンフレットをもらい、確認するが、中はとてつもなく広く、全部見て回ってたら日が暮れそうだ。
「コースとかあるみたい」
奈々海がスマホでホームページを調べて、パンフレットに載ってない情報を見つける。
「二時間だってよ?」
「紫陽花が見れるのここらへんだよな?」
「コースだったら二時間半のコースになるね」
さすが広いだけはある。ここの中を見学するだけで二時間もかかるのか。
「長いなー」
「まっ。いいんじゃない? 折角のデート、だし!」
「それもそうだな」
「じゃあ、コース通りにスタート!」
二時間半もかかるよくばりコース。このコースでは元離宮二条城をみすみす見まで見て回れるお得なコース。
まぁ、歴史に詳しくない俺が解説しようものならデタラメを口走って終わりだな。
それでも、ちゃんと解説というか説明書きは書いてくれてたりするから、なんとなく理解することができた。
途中休憩所があって、そこで歩き疲れた足を休めた。カフェも併設されており、そこでゆっくりと休むことができる。
多分、こんなことしてたら二時間半じゃ終わらんだろうな。
昼にカフェで昼食を取ったばっかだったので何も食べようとは思わなかったが、奈々海がなんか食べたーい、と言ってメニューを見に行った。
結局三十分ぐらい休憩所にいた。奈々海が食べてる間暇だったので、家族と悠希、梓沙にお土産を買っておいた。
さすがにお金を使いすぎると俺の財布が空になっちゃうからそこは配慮した。
バイト始めるっていうのもありだな。うちの学校許可出てるし。
そして、見学を再開し、外周を回り始めて、ようやく紫陽花が見えてきた。
「わぁ、紫陽花だー」
「たくさん咲いてるなー」
「うん。この時期で良かったね」
白、ピンク、紫、青。カラーバリエーションが豊富なたくさんの紫陽花が道沿いに植えてある。
情報によれば、ここに植えてある紫陽花の数は三〇〇〇本。様々な品種の紫陽花が植えてあるそうだ。
雨上がりの紫陽花には雨の露が載っており、みずみずしいさを感じる。
「色かわいいね。パステルカラーって感じのも咲いてるぅー!」
花に近付き、まるで子供のようにはしゃぐ奈々海。
「雨の上がりだから水滴が付いてるねー」
「紫陽花ってこういう姿が一番映えると思うな」
「確かにねー」
奈々海が写真を撮り始めた時、太陽の光柱が紫陽花を照らし、雲の隙間から青空も覗いている。
紫陽花の花に載った雨のしずくがキラキラと光り、俺が求めてた景色そのものになる。
「あ、晴れてきたじゃん!」
「ラッキーだな」
奈々海は俺に、折角オシャレな傘持ってきたし、いい感じに写真撮って欲しい、とお願いしてきた。
いい感じとは……。
奈々海は傘を開き、紫陽花の横にしゃがんで笑顔とピースを作る。
俺は画角に収まるようカメラを調節し、シャッターを切る。
キレイに撮れて、俺は満足だった。この写真にタイトルを付けよう。
タイトル、『彼女と紫陽花のパレット』
***
「今日はありがとねっ。楽しかったよ」
あの後、満足した俺たちは、来た道を戻るように帰路につき、日が沈みかけの午後6時頃。俺たちは最寄り駅まで帰ってきた。
「俺もだ。また機会があったら行こうな」
「うん! それじゃあバイバイ」
「またなー」
俺が歩きだそうと一歩足を踏み出した時に後ろから奈々海の、あ!って声がして足を止めた。
「そういえば、この前言ってた罰ゲーム、これで受けたことになるね」
「この前……。あー、あの体力テストの時か」
今の今まですっかり忘れていたが、確かにそんな話をしていたのを思い出す。
「それだけっ。呼び止めてごめんね。またねー」
「ああ。またな」
そうして、今日のスケジュールが全て終了した。
楽しいかった。今度はどこにデート行こうかな。
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