第9話 席替え
今日からの一週間は中間テストが実施される。
テストは国語、社会、数学、理科、英語の五教科。しかし、この五教科は一つの教科が二つに分かれる。国語なら現代文と古文。社会なら日本史と世界史のように分かれる。まからテストの種類としては、計十種類だ。
そのため一週間を使い、一日に二教科ずつ行われるのだ。
一週間毎日テストがあるというのはなかなか精神的にキツイ部分も多々あるのだが、避けては通れない道なので、諦めて乗り切るしか方法はない。
どこかで聞いたことがある。人間、諦めが肝心だと。と言うものの、それは場合によっては良くない言葉にもなる。
例えば、諦めてはならないことは、スポーツの試合やテスト。
逆に諦めなければならないことは、決まりきった結果が出た時、どうしても無理な時とかだと俺は思う。
そこで、テストはどうなのかと言うと、テスト勉強などは時間になったら潔くやめるのがいいだろうけど、テストの本番は分からない問題も粘りに粘って頭から答えをひねり出す努力をした方がいいではないだろうか。
つまり、何でもかんでも本番では諦めたらだめということだ。
そろそろ日付が変わってしまう。明日に備えてさっさと寝るとするよ。
午前八時。ちらほら教室に生徒がぱらつき始めた。
そして今日から、憂鬱なテスト週間が始まる。
「おはよー……」
パッとしない挨拶をして教室に入ってきたのは、俺の彼女、
いつもの元気が半減どころか無いと言ってもいいぐらいに元気がない。
「奈々海のいつもの元気がない!」
「奈々海っちどうしちゃったの!?」
慌てふためく
「ちょっとさー……。もうテストが不安過ぎて……」
「わかるぅー。テスト勉強なんてやってられっかって話よねー」
「あたし全然やってないし」
二人は奈々海がテスト勉強を全然やってなくて不安になってるのだと思ってるよう。
たが、俺は知っている。奈々海が何を不安がっているのか、何故疲れ切っているのか。
「奈々海。寝不足だろ? 昨日……というか今日だなもう。あんな遅くまでやるからだぞ」
「ホントに後悔してる……」
実は0時を回りかけて俺が寝ようとしていた時に奈々海からテレビ電話の連絡が来たのだ。
こんな深夜に何事、と思いながら電話を取った。
内容は分からないとこがあるから教えてほしいということだったのだ。こんな夜遅くまで熱心にテスト勉強している奈々海の精神はすごいと思う。
それで、教え終わって電話切る直前に早く寝なよとだけ伝えて電話を切ったのだが……。この感じだと、あの後も勉強してたのだろうな。
「奈々海寝不足なの?」
「二人ともちょっと勘違いしてるようだが、奈々海は今回いつもの百倍はテスト勉強してるぞ。今日の夜だって深夜まで勉強してたからな」
「え、えぇ……マジかよ。すげーな」
「奈々海っちやるぅー」
くたぁ……と机に顔を付している奈々海を異次元を見るような目で見る星崎さんと肩をポンポンと軽く叩いて褒める凪本さん。
二人の行動が違いすぎる。
「奈々海は最善を尽くしたんだ。あとはテストに全力で取り組むだけ。何の心配もないさ」
「ありがとう……」
「彼女に優しい言葉をかけてあげるなんて、さすが彼氏くん」
「褒めてくれてサンキュー。 まぁ、ちょっと照れるけど……」
その会話の後、俺は最後の悪あがきとして、今日行われるテストの復習を軽くすることにした。
テスト開始十分前。俺は深呼吸をして、緊張をほぐす。
「よし! テスト頑張るか!」
定刻通りにチャイムが鳴り、皆が一斉にプリントをめくる音だけが教室に鳴り響き、すぐにカタカタカタとシャーペンを走らせる音へと変わる。この音が俺を緊張させる。
だが、今はこの問題用紙と解答だけに集中する時。
あぁ……。この緊張感があと四日続くと思うと気が重いな。
***
中間テストが終わった次の週。続々とテストが返却されて、見たくなくても自分の点数を見てしまう。
そして、週の終わり。
五教科のテスト結果をまとめた表が配られた。
「暁斗君ー。みてみて〜」
そう言ってそのテスト結果表をニコニコ笑顔見せてきたのは奈々海だ。
二週間程前、俺と奈々海は奈々海んちで勉強会を行った。
一回だけの勉強会だったが、その時間は実に有意義なものだったことだろう。それに、勉強会後の一週間過ごし方も良かったのだろうな。じゃないとこんな結果にはならない。
「全教科赤点回避ー!」
「よくやったな! 奈々海!」
「でしょー。もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
「はいはい。すごいすごいー」
「めっちゃ棒読みじゃん!」
ぷくっとほっぺを膨らませわかりやすく拗ねる。
しかし、奈々海は見事に全教科赤点て回避してみせた。それはホントにすごいことだ。
今年の夏は絶対に遊びに行こうね、と言っていたぐらいだ。今年は本気を出してこの中間テストに挑んだんだろう。けど、まだ期末が残ってるんだけどな。
まぁ、良いスタートダッシュを切れたのなら別に心配することはないか。
「あのさ……、教室でイチャつくのやめてもらっていい?」
軽蔑するかのような冷ややかな目でコッチを見てきたのは星崎さん。
特にイチャついた自覚はないが……。
「そういえば、なんかここ数週間で一気に仲良くなった気がするよ」
星崎さんの影から凪本さんがひょこっと登場。
「あ、もしかして……ヤッた?」
「やった? え、なにを?」
「やったと言えば……勉強会ぐらい?」
「だな」
「違う違う。ほらー、Hな方のぉ……」
「「!? ヤッてないわ!!」」
冷静に澄ました顔でとんでもないことを聞いてくる星崎さん。変態かコイツは。
しかもここ、一応教室なんだけどな。男子ならまだしも、女子が言うような言葉ではない……。いや、男子も時と場合を考えで言うだろ……。
「そっかー。つまんないな」
「何がだよ!」
「まぁ、仲が深まることはいいことじゃん」
「そうそう。変な方に思考を持っていかなくてもいいのさ」
「でも、男女が付き合ったらするものじゃ――」
「一回黙ろうね。変態女」
「はい。すびばぜん」
凪本さんが星崎さんの左右のほっぺを片手でぎゅっと掴む。それにより、星崎さんの顔がタコみたいになっている。
「ぷっ」
「あ! にゃにゃみ、いまわたひぃのかおみてぇわりゃったにゃ!」
凪本さんから未だ開放されてない星崎さんがギリギリ聞き取れるような言葉で喋る。
「い、いや? 笑ってないよ?」
「うしょちゅけ!」
「あっははは!! 夏菜、赤ちゃんみたいな喋り方!」
「ひょらわりゃった! てぇか! 御玖もそろそろ離せ!」
無理矢理凪本さんの手を振りほどき、元の喋り方に戻る。
「あ、ごめんごめん。面白くてつい……」
「絶対わざとだろ!」
「ほら、二人共。チャイム鳴るよ」
「あ! 話そらそうとすんじゃねぇー!」
「はいはい。席に着こうねー」
奈々海にそう言われ、席に戻る二人。なお、星崎さんは凪本さんに押されて。
それと同時ぐらいに先生が教室にやってきて、チャイムが鳴る。
「起立、気をつけ、礼」
号令をかけるのは俺たち学代の仕事。俺はチャイムが鳴ると同時に号令をかけた。
「今日はテストも終わったということで、そろそろ席替えをしたいと思う」
今日の時間割に学活が入ってるなと思ったらそういうことだったのか。
「えぇー、席替え……」
横からそんな声が聞こえてくる。
「折角暁斗君と隣だったのにぃ……」
「まぁ、クラス一緒なんだから、そこは我慢しなよ」
「むぅ……」
すっごくムスッとしてる。怒ってるというか拗ねてる……いや、寂しがってるの方が正しい……のか?
「席はこのくじで決める。右の列から順に引きに来てくれ」
先生がそう言い、右列の先頭から順に取っていって、俺の番が回ってきた。
紙に書いてあった番号はなんと三十番。左の列の一番後ろ。
「全員引き終わったな。よし、番号の場所に移動してくれ」
椅子を机の上に上げ、机を持ち上げて移動する。
教科書が詰まっているせいで結構重かった。
俺の席は左を向けば窓で、体育をやっている生徒達の姿がよく見える。
「よいしょっと。あれ? 暁斗君?」
「あれ、奈々海?」
俺の隣にやってきたのは紛れもなく奈々海。
「奈々海何番だったの?」
「私はねぇー、二十五番」
そう言って見せてくる紙にはちゃんも二十五という数字が。
黒板に書いてある席の数字割り振りを見ると俺の隣は二十五番だった。
「じゃあ、暁斗君は三十番号か」
「そうだ」
「ふふっ。また隣の席、よろしくねっ」
「ああ。よろしくな」
こんなこともあるのかとびっくりしつつ、奈々海は運がいいなと思った。
きっと神様が、テストで赤点回避した奈々海にご褒美をあげたのだろう。
そして、席替えが終わり、業間休みに入った。
「君ら運良すぎじゃない?」
「また二人隣じゃん」
星崎さんと凪本さんがやってきた。
「日頃の行いがいいからだね」
「コイツ……。腹立つ言い方するなぁ……」
「まぁ、奈々海も赤点回避したわけで、頑張ったんだし。ご褒美だよ」
「はぁ……そうか?」
「暁斗君優しぃー」
「あたしも彼氏ほしいなぁ……」
そんなことを口にする凪本さん。
「好きな人とかいるのか?」
「うーん。いない!」
「じゃあ、無理だな」
「なぁーんでぇーよぉー!」
「ほら、いないと告れないじゃん?」
「告られるのを待てばいいじゃん!」
「受け身かよ……」
「御玖、それじゃ一生彼氏できないよ? 自分から攻めていかないと」
「おぉー。彼氏持ちが言うと説得力が違うなぁー」
「そんなことない! 受け身でも彼氏できるし!」
子どもか、と冷静にツッコミを入れる奈々海と星崎さん。
恋愛とは難しいものなのだな。と改めて実感した。
放課後、俺らはいつものように下校していた。
「へぇー、そっちも席替えしたんですか」
「ああ。また奈々海と隣でな」
「ホントに私は運がいいよぉー」
「何気に腹立つ言い方するなぁ……」
奈々海はどうしてもこの幸運を自慢したいらしい。
それで誰かを敵に回さないといいけど……。
「ちなみにどこの席ですか?」
「一番左の列の一番後ろ」
「その隣が私」
「お、二人ともちょっとした偶然が起こってますねぇー」
おやおや、とニヤニヤしだす千佳。一体何が偶然なのだろうか。
「その偶然はですねー。そこの席ってなんて呼ばれてるか知ってます?」
「うんん」
「知らないな」
「なら、お教えしましょう! そこの二つの席は“ラブコメ席”と呼ばれているのです!」
「ラブコメ席?」
「はい。学園ラブコメあるあるですよー。主人公の席は大抵一番左列の一番後ろで、ヒロインの席がその隣」
「へぇー」
それは面白い雑学だな。確かにそう言われて見ればそうだ。
某有名なヒロインが主人公をからかいまくるラブコメもヒロインが主人公のモブを許さないラブコメでも席はそこだ。
「二人はいいですねー。既に付き合ってるんですから」
「まぁ、そうだな」
「ピッタリだね」
「ちなみにわたしも奈々海と同じ席ですよ」
「千佳もラブコメ席なのか」
「はい。ですけど、好きな人が隣ではないので成立しません」
「何だそのルール……」
千佳ルールです、と胸を張って言ってくるが、何も胸を張るほどのことではないと思う。
「――わたしの隣が瀬尾君なら成立したかもしれませんねっ」
びっくりした。いきなり千佳が右耳でそんなことを囁くから……。それに、急に近かったし。
それにしても、俺が隣だったらって……。好きな人じゃないと成立しないんじゃないのかよ。一瞬で話が矛盾したぞ……。
「ん? 千佳なんか言った?」
「うんん。なんでもない」
「そっ?」
あれ……もしかしてそういうことか? そういうことだったりしちゃうのか??
いやいや、それはさすがにないだろ。人の彼氏奪いに来るような性格してないだろ。
「――と君……。――きと君」
でも、ラブコメ席の話の内容からしてさっきの千佳の言葉的にあの意味は――。
「暁斗君!」
「うわっ! びっくりした……。急に前に来るなよ……」
急に奈々海が俺の前に飛び出してきたので慌てて歩みを止めた。
「暁斗君が呼んで返事しなかったからじゃん」
「それは悪かった。ちょっと考えてな」
「もぉー、気をつけなよ? 気づかず道路に出て轢かれたらどうすんの?」
奈々海が母親みたいなことを言ってくる。
「考え事に集中し過ぎて、道路へ出ていることに気づかなかった瀬尾君。彼はそのままトラックに轢かれ、帰らぬ人となった……」
「おい。めっちゃ不吉なナレーションやめろ。あと、勝手に人を殺すな。せめて重傷だろ」
「いや、トラックの速度百キロだったので」
「公道でそれは速度超過だわ!」
俺は何を冷静にツッコんでるんだよ……。もはや、ツッコミ病じゃないか。いやな病気になってしまった……。
「あのままだとこういう結末が待ってたかもってことです」
「ならなくてよかったよ……」
さすがにそんなことで死にたくない。死ぬなら人助けをして死にたい。
ってなんだこの死亡理由の願望……。
「あ、そういえばわたしの席の話の続きですが」
「なんだまだあったのか」
「はい。わたしの席の隣は不登校の子でして、毎日空席なんですよ」
それがどうした、としか思わなかったが、将来、それがこんな形でつながるとは今は思ってもいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます