第8話 じゃあ、勉強会でもしようよ

 五月も二週目に入り、とうとうアレの二週間前になった。


「ねぇねぇー、今度の日曜日遊ばない?」

「奈々海……。危機感持てよ?」

「エッ? ナンノハナシ」

「えっらいガタゴトになってるけど? 二週間後に何があるか覚えてるだろ?」

「覚えてるよ! 中間テストでしょ!」


 そう。二週間後には中間テストが控えている。

 国語、英語、社会、数学、理科の五教科で行われる中間テスト。そこから現代文や古文とか数学Ⅰ、数学Ⅱ、生物、科学などと分かれてくる。高校ってホントに面倒くさい。

 俺の本音は、全て統一で出題して欲しい。中学のテストはわざわざ国語から何種類かに分かれるなんてはことなかったからやりやすかった。

 こうやって分けられるとどうしても勉強量が増えていくのだ。

 塾でカバーできる部分があるとは言え、全てではない。やっぱり自分で勉強することも必要になる。

 まぁ、俺の勉強法はとりあえず問題を解きまくる、だけどな。暗記科目とかホントに大変。

 だから俺は二週間前にはテスト勉強を少しずつ開始する。

 なのに、奈々海は遊びに誘ってくる。


「勉強したくないよぉ……」

「生きていく上で勉強は必須だ。将来のためだし今頑張るのが吉だぞ」

「テストは嫌だよぅ……」

「今までのテストどうだったんだよ」

「赤点祭り……」

「そりゃ、えらいこっちゃ……」


 俺もそうだが、絶対に遊んでる場合じゃない。むしろ、今まで赤点祭りなのに勉強せずに遊ぼうと言ってくる奈々海の精神はすごいと思う。


「それでよく遊びに誘う気になったな」

「まぁ、現実逃避できるって考えてたらどうってことないよ」

「何で少し自慢げなんだよ……。まー、行ってもいい」

「え、ホントに! やったぁー!」

「が、定期的に、そういえばテストがーって話をするぞ?」

「うわっ……。定期的に現実へ意識を戻してくる人だ……」


 それでもいいなら行こうか?と提案してみた。

 すると、奈々海は顔を引きつらせてこう言う。


「最悪なお出かけになりそうだね……」


 だろ?と返しておいた。

 定期的に嫌なことを思い出させられるぐらいなら、行かない方がましだ。

 一学期は中間と期末の二つのテストがあるから中間だけで点数が付くってわけではない。けど、手は抜かないほうが吉だ。

 どうしても、俺と遊びたいのか、まだうーんと頭を悩ませている。

 あっ!と声を上げポンと手を打つ。何かしらの考えが浮かんだようだ。


「勉強会をしよう!」

「あー、勉強会という偽名を使って遊び会を?」

「そう! ……あ、違う違う! ちゃんとした勉強会をするんだよ?」


 手遅れに近い言い訳だ。

 奈々海と勉強会をしたところで、勉強会という名目が続くのはほんの数十分にも満たないだろうな。

 奈々海と出会って、かつ彼女になったのはほんの少し前の出来事で、彼女のことを全て知っているか、と言われたらそんなこと全然ないと答えるが、この勉強会に関しては直感で勉強が長続きしないと感じる。

 なんとなく奈々海は勉強できるキャラでもないと思うし。


「今失礼なこと考えてた?」

「ん? なんか顔に出てた?」

「如何にもこいつバカだからな、って顔してた」

「なら、ちょっと違うな。俺は奈々海って勉強ができないキャラなんだろうな、って考えてただけだから」

「それも十分失礼じゃん!」


 私がアホキャラとでも言いたいのか!と怒ってきたが、別に奈々海がアホだ、とかを言いたいわけではない。ただ単に勉強が嫌いなんだろうなって思ってただけだ。

 奈々海のキャラ上、頭は中のちょい下ぐらいだろうか。


「でさ、話戻すけど勉強会は?」

「勉強会ならやってもいいが、脱線はするなよ?」

「わかってるって!」

「まぁ、お茶飲むこと、お菓子を食べることは許してやろう」

「それはありがたいねぇー」

「その代わり、赤点は回避はしてくれよ?」

「暁斗君教えてくれるの?」

「できる範囲内でなら」

「やたぁー!」


 無邪気に喜ぶその姿は、まるで子どものように見え、普通に可愛かった。


***


「なるほど。そんなことを計画してるんですね」


 勉強会予定日の数日前の昼休み。奈々海が用事でバタバタしているため、俺は千佳と会話をしていた。


「そうなんだよ。千佳も参加するか?」

「暇だったら参加させていただきます」

「ちなみに千佳は成績いいのか?」

「うっ……それ聞きます?」

「おっと、反応からして駄目な感じだな」


 姉妹揃って赤点祭りか? だとしたら、“連弾の双子姉妹”って肩書きに加えて“赤点シスターズ”って肩書きも追加だぞ。


「テストの点数はいいのか?」

「ま、まぁ……そこそこには?」

「赤点を取ったことはあるのか?」

「ほとんどありません」

「奈々海よりできるじゃん」

「ですが、ギリギリ赤点回避っていう科目が多いんですよ」

「あー、なるほどね……」


 うちの学校で赤点と呼ばれる点数は三十点以下。三十点を一点でも超えれば赤点ではないのだ。そのため、夏休みなどの補習に呼ばれるのは三十点以下の者達だけ。


「奈々海って、補習の常連者なんじゃないか?」

「その通りですね」


 このままでは夏休みの補習は免れないということになるな。まだテストすら終わってないけど、そんな未来が俺には見える。


「瀬尾君、わたしからのお願いです。奈々海を赤点回避に導いてやってください……」

「お、おう……」


 何て姉思いのいいやつなんだ。姉のために頭を下げてお願いするなんて。

 俺が弟の立場だったらそんなこと絶対にしないだろうな。


「千佳も赤点取らないとは限らないぞ? いつも赤点ギリギリなら今回のテストで取ってもおかしくない」

「それは……はぁ、言い返す言葉もありませんね……」

「千佳もついでに教えてやるぞ?」

「ありがとうございます。じゃあ、困った時には瀬尾君を頼ります。それまではなるべく一人で頑張りますので、奈々海をよろしくお願いします」

「ああ、わかった」


 丁度その時、昼休み終了十分前の予鈴が鳴った。


「そろそろ帰りましょうか」

「そうだな」


 俺と千佳はお弁当箱を持ってベンチを立ち上がる。

 日が当たって僅かに暖かかった中庭のベンチは実に過ごしやすかった。


 教室に戻ると隣の席の奈々海がシャーペンをイルカの筆箱に片付けて、んっ〜、と背伸びをする。


「課題は終わったか?」

「うん。なんとか無事に終わったよ」


 奈々海の用事とはこれ、数学の課題のことだ。


 遡ること五十分程前。

 学校は昼休みに入り、生徒達が各々の場所で昼食を取るべく移動し始めている時。俺は奈々海に一緒に食べないかと誘われ、いいぞと言った。

 どっかいいとこ探そうよ、と奈々海が言うのでついて行く。その途中で千佳とも合流した。そして、三人で中庭のベンチで昼食を取ったのだ。

 その時の会話で、次の時程ってなんだっけ?と奈々海が聞いてきたので、数学だぞと答えた。

 そういえば提出課題があったな、思い出た。それを伝えると、どうやらやっていなかったらしく、お弁当を急いで胃の中へ詰め込み、さっさと教室へ課題をしに帰っていった。

 俺は千佳とゆっくりお弁当を食べ、昼休みを過ごし、今の状況である。


「これからはこういうことがないように前もって確認しとけよ?」

「心がけるよ」


***


 土曜日の午後。俺はまたまた奈々海の家に来ている。今日の名目は勉強会。果たして脱線せずにこの勉強会をやり切ることができるのだろうか。


「奈々海の苦手科目ってなんだ?」

「うーん。全部って言ったらさすがに……」

「まぁ、しばき一発かな」

「だよねー……」


 全科目教えるこっちの身にもなって考えたら、さすがに全科目が苦手って言われたら教える気力もなくす。


「うーん。やっぱり一番苦手なのは数学かな」

「数学か。俺も得意科目ではないが……」

「大丈夫! 暁斗君なら!」

「その期待がプレッシャーだよ……」


 とりあえず奈々海には問題集をやらせることにした。そんで、分からないところがあれば俺に聞けと伝え、俺は英語の勉強をしようと思う。

 今回の英語は俺の嫌いな文法なんだよな。長文読解とかできる気がしない。しかし、そういう苦手を少しでもなくせるようにテスト勉強をするのだ。


 二階でガチャとドアの開く音がした。そして、階段をトットットッと降りてきたのは最近知り合ったばかりの千佳である。


「おぉ。千佳いたのか」

「こんにちは、瀬尾君。突然で申し訳ないんですけど、ここの問題教えてくれます?」


 そう言って見せてきたのは理科のワーク。ここは俺の得意分野の範囲だから教えられる。


「ここか? これはな――」


 理科の中でも俺は生物に強い。科学や天体はイマイチなのだけど。


「なるほど、わかりました! ありがとうございます!」


 理解したようで、またワークを持って二階へと上がっていった。どうやら千佳は自室で勉強に励んでいるようだ。

 こういう勉強会で勉強したほうが集中できるという人と、一人で机に向かって勉強した方が集中できるという人と。人それぞれに集中しやすい空間というのがあるものだ。


「奈々海は数学の中でも文章題が苦手なんだな」

「そうなんだよ……」


 奈々海の手元を確認すると、丁度文章題の問題で手が止まっていた。

 軽くヒントを出し、解き方の手順的なのを説明すると案外あっさりと解けてしまった。

 奈々海は結構飲み込みが早い。言ったことをしっかり理解して実行してくれる。そう考えると奈々海は一人で勉強するより誰かに教えてもらいながらの方が捗るのかもしれない。


 そして、時刻が二時を回る頃。


「数学のテスト範囲ってここまでだよね」

「そうだ」

「よし! 数学は終わりー。次は国語をやろー」


 テスト範囲までの問題を解き終えたようで、数学の問題集を閉じて今度は国語の問題集を開く。

 国語は現代文と古文に分かれるため一科目で二種類の勉強をしなくてはならない。

 現代文は現代の言葉であり、現代の話だからわかりやすかったりするのだが、古文となると理解するにはコツがいる。


「国語はね、私の準得意科目なの」

「準得意科目?」

「そう。一番の得意科目は社会だからさ。国語は二番目」


 二つ目に得意な教科のことを準得意科目なんて言う人初めてみた。けど、準得意科目って響きなんか好きなんだが。


「国語は教えてくれなくても大丈夫だと思う! 理系は教えてほしいけどねー」

「わかった」


 そしてまた、一時間が経ち、時刻は午後三時を回った。


「んっ〜。もう三時だねー」

「時間が過ぎるのは早いものだな」


 当初予想していたこととは裏腹に勉強は続いていた。

 奈々海、さてはやる時とやらない時のオンオフが得意なのかもしれんな。


「ちょっと休憩しようよ」

「そうだな。さすがに三時間ぶっ続けは疲れる」

「あ、そうだ! クッキーあるんだった。折角だし、お茶でも入れて休憩しようよ」

「それはいいが……お茶会にならんようにな」

「了解!」


 ルンルンでキッチンへ向かっていった。そんなに休憩できて嬉しいのか。


 てっきり俺は出来上がっているクッキーが出てくるのかと思いきや、奈々海は冷蔵庫からラップに包まれたクッキー生地を取り出してきた。ということは、焼き立てのクッキーが食べられるのか。それは楽しみだ。

 数分もすればクッキーの甘い、いい香りが漂ってきた。

 チンと焼き上がった音が聞こえる。


「できたー。みてみてー、暁斗君。なかなかキレイに出来たと思わない?」

「ホントだ。市販のクッキー並みにキレイな形してる」

「こりゃ、食べるのが惜しいね」

「そうだな。でも、置いとくわけにもいかないしな」

「まぁ、食べるんだけどさ。いい匂いしてるし」


 クッキーをトレイからお皿に移してテーブルの方に置く。

 そして、第二陣なのかもう一個のトレイをまたオーブンにかける。


「千佳ー。クッキー焼いたけど食べる?」


 階段したから千佳に声をかける。


「食べるぅー!」


 元気に反応して階段を降りてくる。勉強してたから腹も減ってることだろう。それに加え、糖分補給もできて一石二鳥だ。


「千佳はクッキー大好きだからねー。呼んだ飛んでくるんだよ」

「なんだ、かわいいなやつだな」


 そんな話を奈々海としてると、クッキークッキー、と言いながら千佳がスキップしてきた。ホントにクッキーが大好きなようだ。


「瀬尾君はクッキー好きですか?」


 千佳が席に座ってから聞いてくる。


「好きだぞ。特にチョコチップクッキーが好きだな」

「いいですねぇー。まぁ、このクッキーはプレーンでふが」

「行儀悪いからクッキーを詰め込みながら喋るな!」


 三、四枚のクッキーを手にとって口に詰め込み、リスみたいにほっぺが膨らんでる。


「こらっ。一人でそんなに取らないの。まだあるんだから!」

「やったー」

「クッキー焼くといつもこれだからね。ちょっと困ったもんだよ」

「大好物にかぶりつくのはわからんこともないがな」

「多分暁斗君と程度が違うと思う」


 その時丁度クッキーが焼き上がった。香ばしいクッキーの匂いがする。そして、薄っすらチョコのような匂いも……。


「暁斗君、チョコチップクッキーが好きなんだよね」

「ああ、そうだが?」

「運が良かったねー。今日はチョコチップクッキーもあります!」


 そう言って持ってきたお皿に載っていたクッキーには黒いつぶつぶが付いていた。これは紛れもないチョコチップだ。


「わぁーお。珍しい」

「この前デパートに言ったらチョコチップが売ってたから買っといたんだよね」

「ナイス! 奈々海!」


 グッと親指を立てて腕を突きだす。

 千佳はクッキーなら何でも好きそうだな。


「ほらほら、暁斗君も食べないとぜーんぶ千佳に吸い取られちゃうよー」

「なんで掃除機みたいに言うんだよ」

「だって、実際千佳はクッキー掃除機だもん」


 ほら、とお皿を指差す。

 さっきまでお皿いっぱいにあったクッキーがもう既に半分程になっていた。


「え……」


 その食べるスピードに思わず声が漏れ出た。


「大好物故にこの食べるスピードなんだよ」

「そうなのか……」


 だから早く食べな、と言われたのでいただくことにした。

 俺はチョコチップクッキーを一枚取り、口に運ぶ。

 口の中でチョコの甘い味と生地の香ばしい香りが口いっぱいに広がる。出来立てってこともあり、ほんのりと温かいのがまた良い。


「めっちゃうまいな!」


 クッキーで乾いた口の中を紅茶で潤してから喋る。


「ねー。今回はめっちゃ上手くできた方だよー」


 そう言って、パクパクと自分の作ったクッキーを食べる。

 紅茶とも合うね、とニコニコしてる。


「今度は紅茶の茶葉練り込んで紅茶クッキーでも作ってみようかな」

「それ食べてみたぁーい!」

「高級ホテルで出てきそうなクッキーになりそうだな」


 それから30分程ゆっくりのお茶を楽しんだ後、俺たちは勉強を再開した。

 時間にして、午後四時前。あと一時間ぐらいは勉強できる。


 そして、午後五時を回った頃。


「ふぅー。疲れたぁー」


 結局、お茶会以外に勉強から脱線することはなく、無事勉強会を終えた。


「お疲れ様。よく頑張ったな」

「でしょぉー。褒めて褒めて〜」

「子どもか!」

「ふふ。まぁ、今日はここまでにしようか。私は夕飯作らないとだし」


 問題集を閉じ、テーブルの上の消しカスを集めながら言う。


「思ったんだが、いつも奈々海が夕飯作ってるのか?」

「うん。両親が共働きだからねー」

「そりゃ、大変だな。他の家事も奈々海が?」

「そう。私が家事全般してるよ。親が休みの時はやってくれたり手伝ってくれたりするけどね」

「へぇー。凄いなー。俺じゃ到底できないことだわ」

「そんな褒められることじゃないよ。これも親孝行の一環だよ」


 偉い……偉い過ぎる。めっちゃいい子だ。

 前々から奈々海って料理上手いなって思ってたけど、そういうことだったのか。


「じゃあ、またね」

「またなー」


 奈々海の親孝行の話を聞いて、少し自分の行動も見直そうと思った今日このごろでした。

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