第17話 千佳とデート
『瀬尾くん! デートしましょう!』
「え?」
『明日の十時頃、山本駅のロータリーで待ってますね!』
「え、ちょ」
俺が何かを言う前に電話を切られた。
「そ、そんなに忙しかったのかぁ……?」
だったらわざわざ電話してこないか。
翌日の午前十時。言われた通り、俺は山本駅のロータリーにやってきた。
千佳はどこだと探すまでもなく、俺の目に白い清楚なスカートに夏らしいフリルをあしらった水色のブラウスとのセットアップに頭に大きめの麦わら帽子をかぶり、公衆電話ボックスの前に立つ女性が飛び込んでいた。
かぶっててもわかる特徴的なポニーテール。あれは紛れもなく千佳だ。
「おまたせ」
「お、瀬尾くんー。ちゃんと来てくれましたね」
「まぁ、そりゃな……。てか、昨日の電話何だったんだよ」
「奈々海にバレかけたので超急ぎで電話を終わらせただけです」
「お、おぉ……? そうだったんだな」
それならそれで、別の時間帯にかけるとか別日にかけるとかすればよかったのに。
でも、別日と言っても昨日の今日か。別日は無理だったな。
そんでもって、今日があるわけだが、俺はまだ目的地を聞いていない。だから、それではいきましょう! と、張り切っている千佳にただついて行くのみ。
改札をくぐり大阪方面と宝塚方面のどちらのホームに行くのかと思うと、向かったホームは宝塚方面。
「大阪の方に行くんじゃなかったのか」
「違いますね。まぁ、神戸の方まで出ようと思ってますので」
「え! めっちゃ遠くに行くな。どこに向かってるんだよ」
「秘密です」
秘密する意味がホントにわからん。今日が何かの記念日な訳じゃないし、特別な日でもない。
しかし、神戸の方となるとショッピングだろうか。 それぐらいしか想像がつかない。
それからいつも高校へ行く道のりを電車で進み、そのまま西宮北口までやってきた。
「ここで神戸線に乗り換えますよ」
「わかった」
神戸線ホームにやってくると既に止まっていた特急新開地行きに乗り込む。
特急ということは主要な駅以外はすっ飛ばして新開地まで行くわけだが、一体どこまで行くのか。普通に考えればここら辺で一番ショッピングできるのは三ノ宮になるのではないかと思う。
三ノ宮だとJRに乗り換えることもできるし。
案の定、三ノ宮で下車した。そして、そのまま改札を出て向かった先は、JRの改札。
ホームまで行き、向かう先は姫路方面。ちょうど来ていた快速加古川行きに乗り込む。
この電車に乗れば姫路の手前まで行くことができるが、加古川でなにかするとなるとあまり思いつかない。
途中で下車するのだろうか。
電車に乗っている間、俺らは和気あいあいとした世間話をする。
夏休みが近づいてきたけど、夏休みは何しようか、とか、夏祭り一緒に行きたいだとか、花火はみたいだとか。取りあえずこれから起こるであろう夏のイベントのことばかり話した。
どれもこれも千佳は楽しそうに話す。
ここに奈々海もいればもっと楽しかったのだろうか、そんなことさえも思ってしまう。
気づけば兵庫駅を出発して次の駅は須磨駅。ここは海水浴場が駅前にあることで有名だ。
ここら辺の神戸圏に住んでる人は、須磨海水浴場が一番近い海水浴場になるだろう。
「やっと着きましたね。須磨」
「え、もしかして目的地って……」
「そう! 夏と言ったら海です!」
「やっぱり! 水着とか持ってきてないよ!?」
「わたしも持ってきてませんよ」
「は? なら、なぜ海に来た」
「水着がなかったら海に来たらだめなんですか?」
だめではないが、7月に入っているし、海水浴客は多いはず、その中を水着なしで突っ込んでいくとか場違い感が半端ないんじゃないか?
そんなことなんて考えてもいないように須磨で下車する。
心地よい波の音が既にホームからでも薄っすらと聞こえてくる。
「今日は晴れててよかったです!」
海がバックになった瞬間、千佳の服装と海がマッチする。
今日のコーディネートは海に合わせたのか。
麦わら帽子が如何にも夏感と海に来た感を醸し出している。
「俺、絶対服装間違ったよな」
「まー、言ってなかったんで。仕方ない仕方ない!」
そう言って肩をポンポンとされる。慰められてるのはわかるが……。ひとごとルインで言ってほしかったと思う。
「取りあえず行きましょう! 海!」
千佳に手を引かれ、青色の輝く海へと向かっていく。
白い砂浜に青い海。太陽の光が海水に反射し眩しいほどに光っている。
神戸の海でもこれ程までに透明度って高いんだなと思った。
神戸の海は緑だろうという勝手な偏見があった。
「うわぁー! 綺麗ですね。やっぱり夏の海は素晴らしいです!」
「見るだけでテンション上がるわ」
「ふふふ」
靴と靴下を脱ぎ、スカートの丈が濡れないように少しまくり、海の中へと入っていく。
青春かよ。
この感想に尽きる。これが青春って言うんだな。
「きゃー! 冷たくて気持ちー。瀬尾君もほら!」
「おまっ! やったな?」
千佳に水をかけられ、服が少し濡れる。しかし、暑い日差しのおかげで全く気にならない。
俺も靴下と靴を脱ぎ、ズボンの裾を折り、海の中に入る。
「うわー! 冷たー。けど気持ちいいな!」
「でしょ? いいですねー」
「なー。……えい!!」
「うわっ! 急に何するんですか!」
「ふっふっふっ。油断は禁物ですぞ?」
「むー! えい!」
「何を! おりゃ!」
「えい!!」
「おりゃ!」
それからちょっとの間、海で水の掛け合いを楽しんだ。
周りは海水浴客もいる中、俺らは夢中になって海を満喫中だ。
一方その頃奈々海は。
「点Pが秒速二秒で動く時……。もー! これだから点P嫌いなんだよね! 動かないで欲しいよ!」
明後日提出の課題、私の苦手範囲すぎる。
千佳も出かけて行っちゃったし、教えてもらえる人しないしなー。
はぁー……。勉強もままならない。苦手な範囲だからっていう理由もあるのだろうけど、一番は……。
やっぱり、別れるんじゃなかったな。しかも、私の個人的な理由で別れたしまったし。
最近はこのことばかり考えてしまって他のことが何にも手につかない。
暁斗君ともう一回話してみるか……。でも、それはそれでな……。
あぁーあ。もう完全に集中切れた。喉乾いたし何か飲み物でも飲みに行こうっと。
私は誰もいない家の階段を一段一段降りていく。
誰もいないと思っていたけど、ダイニングの椅子に座っているお母さんがいた。
「あれ? お母さん帰ってたんだ」
「ええ。さっき帰ってきたばっかだけどね」
どうやら買い物が早く済んだみたいだ。
私は冷蔵庫中にあったオレンジジュースをコップに注ぐ。
「奈々海。最近、悩んでるでしょ?」
「え、何で……」
「最近の表情見てたらわかるわよ。何年あんたの母親やってると思ってるの?」
17年ですね。はい。そりゃ、そうだよね。母親には隠し事ができないんだねー。
「で? 何に悩んでるの?」
「それは……」
「どーせ、奈々海ぐらいの歳なら恋愛のことで悩んでてるんでしょ」
「わかるなら訊かなくてもよかったじゃん……」
「まーね。それで、どんな恋のお悩みかしら?」
「……好きな人がいてさ」
私はお母さんに話すことにした。お母さんならいいアドバイスをくれそうだから。
「その好きな人とついこないだまで付き合ってたんだけど」
「あら、知らなかった。でも、過去形なのね……」
「うん。別れを切り出したのは私の方」
「もしかして、まだあのことを引きずってる?」
「う、うん……」
やっぱり、お母さんには全部丸わかりらしい。
「はぁー……。あんたバカね。そんな過去の事気にしてたって何も始まらないじゃない。過去は過去で切り捨てないと!」
それができたら苦労しない。あの出来事はトラウマとして私の心に刻まれているのだから――。
それは、中学生三年の春。私に好きな人ができた。
今まで人を恋愛的に好きになった経験がなく、これが私の初恋だった。
まずはコミュニケーションを取ることから始める。
偶然にも席が隣になり、私はよく話しかけていた。
彼は私の話をよく聞いてくれるし、とても優しく、気遣いのよくできる人だった。少し強気な性格も相まって、夏頃にはクラスのリーダー的存在へとなっていった。
私は、今告れば夏のイベントに参加できるじゃないかと思い、勇気を出して告白をすることにした。
暑い日差しが刺す中で告白はしたくなかったので放課後、誰もいない空き教室に彼を呼び、告白をした。
「好きです。私と付き合ってください」
「……。ふっ。なに? 僕が君に優しくしたから好きなったの? それとも一目惚れ? どっちにしても中学生で恋愛とか考えられないし。それに君、めんどくさいよ? いつも必要以上に話しかけてきて、まぁ、教室だからいいように付き合ってやったけど、こういう場だからはっきりと言わしてもらうよ。正直にあまり君のことを好ましく思っていない。だから、君とは付き合うわけない。さようなら」
そう言い残して、彼は教室を出ていった。
振られた。それはいい。だけど……。あれはもう悪口じゃん? 普通に付き合えないだけでいいのに……。
彼の言葉がナイフのように心に突き刺さった。そのナイフは時間と共にトラウマという接着剤となって頭から離れなくなった。
好きだった相手は裏ではあんな感じなのだろうという想像が付いた。表だけ優しく、真面目な奴……。
私は泣き崩れ、その場から二十分程動けなかった――。
「うじうじしてないでさっさと決断しなさい。このまま別れたままでいるか、よりを戻すか。お母さんが言えるのはここまで。あとは奈々海が決めることよ」
私が決めること……。私は暁斗君と――。
***
お昼になり、海の家が混み始めた。しかし、混む前から席を確保していた俺達には関係のないこと。
俺は注文していた焼きそばを取りに受け取りに行き、今席に変えるとこ。
「ほい。千佳」
「ありがとうございますー!」
周りは水着を着た海水浴客がたくさんいるというのに私服で海の家にいるこの場違い感……。
千佳はまだすごいオシャレな夏って感じの格好をしてるからいいが、俺の方がなぁ……。
「やっぱり海の家といえば焼きそばですよね~! このたっぷりのシーフードがおいしいです!」
「そりゃよかったよ」
千佳はすごく満喫しているみたいだ。
「折角海に来たのに海に入れないのホントに残念じゃないか?」
「そうですか? まだ夏は始まったばかりです。次は水着を持ってきて、海に入りましょう」
「次ねー」
この時、俺は知らなかったが、千佳には千佳なりの奈々海に対する配慮があったということを。
「腹ごしらえも終わったところで、今度は山に行きましょうか」
「何でだよ!」
「夏といえば緑で溢れた山でしょう!」
「おいおい。数時間前と意見が真反対になってるぞー?」
「あはははは、そうですね。さすがに山は行きませんよ。虫嫌いなので。きっと瀬尾君は山に行きたがらないと思ったので言ってみただけです」
千佳の会話は全く予測ができない。
「じゃあ、三ノ宮で買い物でもして買えるか」
「いいですねー! 瀬尾君の服をこのわたしがコーディネートしてあげますよ!」
「え、変なん選ぶんじゃないだろうな?」
「コーディネートぐらいちゃんとしますよ」
「怪しい……」
まぁ、変なコーディネートを着させられたことは言うまでもない。
でもその後しっかりしたやつを選んでくれたので今回はノーカンとしてやることにした。
夏服の上下を購入して、ショッピングを続行した。
千佳が立ち寄りたいと言った洋服屋、アクセサリー店や俺が気になったアニメショップや本屋。様々な店へとより、午後の三時過ぎ、ソフトクリームを買って食べた。
その後は電車に乗って家に帰るのだった。
月曜日。また一週間が始まる。そんな日の朝、下駄履に一通の手紙が。
手紙を読むと、放課後に校舎裏に来て欲しいという内容で、差出人は奈々海だった。
いい機会だ。訊きたかったことを全て訊いてやろう。
そんなことを考えながらスタートした今日1日だった。
同級生の双子の姉は俺の元カノ 四ノ崎ゆーう @yuuclse
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