第16話 彼女が彼女?

 翌日の放課後、昨日千佳に言われたように『話したいこと』というのを聞くため、千佳の後ろをついていく。

 ゆっくりと歩き、行き着いた先は中庭。

 人気のない中庭に俺と千佳の声だけが響く。


「ここの学校はホントいい位置に木陰とベンチがありますね〜」

「春とか秋はここで弁当を食べるのもありだな」

「いいですね〜。まぁ、いくら木陰があろうと夏は暑いですし、冬は木陰で寒いですから、季節限定になってしまうのが惜しいですけど……」


 中庭の中腹に着たぐらいで千佳が足を止める。


「そこまで長い話ではないので、少し暑いですがここで話しましょうか」

「あ、うん」


 そう言って、千佳は木陰のベンチに腰を下ろし、カバンを右隣に置く。

 七月が始まり約一週間半。少しずつ暑いさが強くなって来ているのを日に日に感じる。

 この木陰でも、当たる風は生暖かく、涼しいとまでは言えない。

 千佳はカバンからハンディーファンを取り出し顔に当てる。少しは涼しいようだ。


「にしても、止まっていると暑いですね……。帰りに何か冷たいものでも買って帰りませんか〜?」

「おっ! いいなー。アイスでも食べて帰るかー」

「さすが瀬尾くん。ノリがいいですね!」


 それでこそ瀬尾くんです! と謎に褒められるが、俺はノリがいいことが取り柄なのだろうか。

 そんなことはない……はず。


「さて、わたしの話を聞いてくれたら、奈々海のことについて話すという条件でしたよね」

「そうだ」

「うん、まぁーまずは条件にあるわたしの話から行きましょうかね」


 ハンディーファンを止めて、カバンの中にしまう。そして、新たにカバンから一つのファイルみたいなのを取り出してきた。


「これはわたしたち姉妹のアルバムです。話に使えるかなと思ってクローゼットの奥から引っ張り出してきました」

「そ、そうなのか……」

「まずは一ページ目ですね。これは〇歳五ヶ月頃の写真です」

「え、かわよ……」

「あ、ありがとうございます。欲しかったら差し上げます」

「あ、いや……そこまでは大丈夫だから……。にしても二人とも瓜二つだな」

「そりゃ双子ですからね」


 よく瓜二つの双子とか言うけど、ホントに似てるのかと疑問だった。

 でも、実際に双子の写真を見るとホントに言葉通り、瓜二つだなと思う。

 人間ってここまでそっくり産まれてくることができるんだな。


「ではそこで、問題です! わたしはどっちてましょーか?」

「なにっ! なかなか難しい……。でも、なんとなくこっちが千佳な感じする!」

「お、瀬尾くんなかなかやりますね。正解です! これを一発で見分けた人はそういませんよー」

「え、そうなのか」


 そもそもあまりアルバムを人に見せることがないとは思うが、見せることがあったとしてもこれはわからんだろうな。

 さすがに二分の一だから適当に言って当たる人もいるかもしれないが。


「アルバム回は以上です。結局はアルバムはなんの役にも立たなそうです……」

「持ってきた意味ほとんどなかったな」


 パタンとアルバムを閉じて、カバンへとしまう。

 アルバムを見たことによる成果は、神崎姉妹は赤ちゃんの時から可愛かったということだ。


「そろそろ話進めますかー」

「そういえばまだ本題にも入ってなかったんだったな……」

「いや、実質アルバムの話から本題は少しかすってますよ。今からはガッツリです。聞いてくれますね?」

「もちろん。そうじゃないと奈々海の話が聞けないからな」

「絶対ですね? 男に二言はありませんよ?」

「わかったわかった。やけに念押しするなぁ」

「それだけ大事だということです!」


 下手したら奈々海の話よりも大事な話なのかもと思うぐらいの圧だ。

 まぁ、取りあえず千佳の話を聞く準備をする。


「他の人に聞かれたくもないので手短に終わらせますね」

「あ、うん」


 他人に聞かれなくないようなことを生徒が誰でも通りそうな放課後の中庭でやることじゃないだろ。

 もっとこう、人気のないところとか家とかでする話何じゃないか?

 そもそも、奈々海の話をしてもらうための条件が他人に聞かれたくないことって一体どんな話なんだろうか。


「ちょっと聞いてほしいんですけど、わたし、人の彼氏、もしくは彼女を奪うような奴は嫌いです」

「? そ、そりゃそんな奴は誰でも嫌いだろうよ?」

「でも、別れた人の元カレもしくは元カノと付き合うことはいいことなんでしょうか」

「それは……その両者の意見もあるんじゃないか?」

「瀬尾くんなら嫌ですか?」

「む、難しい質問だな……。しかも絶賛振られたばかりの男に……」


 しかし、ホントに難しい質問だ。一般常識で考えると、まぁ、良くはないんだろうけど……両者ともに未練が残っておらず、新しい恋をしたいと言うなら全然ありな話だ。

 でも、千佳の質問は嫌かだ。

 奈々海と別れた今だからこそ、この質問にハッキリと答えられる。


 今現在、俺は奈々海からはっきりとした理由を聞かずに別れた。

 これは未練と言っていいのかわからないが、奈々海と別れた納得がいかない。

 しっかり理由を訊いて納得したうえで別れた方が良いと思う。

 そう考えると千佳の質問には嫌と答えるのが筋だろう。


「まぁ、今俺がこういう状況に立っていてその質問を問われると俺は嫌……かな。俺は奈々海からはっきりと別れる理由を聞いてない。それなのに別のやつと付き合われたら嫌だ」

「そう……ですよね。わたしが瀬尾くんの立場に立ったら、多分同じことを言っていたと思います。誰が考えても嫌なことです……。ですが……これだけ、これだけは瀬尾くんに聞いてほしいんです!」


 まっすぐと俺の目を見てくる。だが、何かを諦めているような……でもその諦めにあらがって対抗しようとしているような、千佳はそんな顔をしていた。

 この話が聞いてほしかった条件のことなのだろうか。

 その答えは次の言葉でわかることとなる。


「わたし、瀬尾くんのことが好きですっ!!」


 今までに見たことがない表情をする千佳。千佳にもこんな表情があったなんて驚きだ。

 でも、今はそこじゃない。

 さっきの話は俺がこの状況で千佳に告白されたらどういう返しをするかを試していたのか……。

 つまり、俺は知らず知らずのうちに千佳を振っていたことになる。


「そういうことかぁー……。さっきの話の意味がわかったよ……」

「回りくどいことをしてすいませんでした……だけど、これは」

「わかってるよ。別に俺を困らせたくてしたことじゃないんだろ?」

「はい……」

「でも、なんで俺なんかを好きになるだよ。千佳が好きになるようなことしてないだろ」


 千佳と初めて会ったのは奈々海んちに行った時だ。その時初めて挨拶を交わした。

 その時はすでに奈々海と付き合っていたし、千佳が俺を好きになるようなことは一ミリもしていない。


「覚えていませんか? 二年ほど前の夏、大阪でナンパされていたわたしを瀬尾くんが助けてくれたことを」

「二年前の夏……? ……あ!」


 あの時、俺はたまたま大阪駅に居合わせた。

 用事を終えて、駅構内を歩いている時、女性一人に対して派手な陽キャ三人が絡んでいるのを目撃。

 その女性は、やめて下さい!と声を上げていたのですぐにナンパだとわかった。

 俺はとっさに、あの、その方が嫌がってますよね?と声をかけた。

 当然、陽キャ共はめちゃ俺に向かって怒鳴ってきて、それに加えて暴力を加えようとしていたのでこう言ってみた。


「軽犯罪法違反に加えて暴行罪ですか? 多分これは刑務所行きですね。知ってますか? 暴行罪って二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金なんですよ?」


 すると、陽キャ共はヤバって顔をして逃げて行った。

 とんだ腰抜け野郎どもだった。こんなことをちょろっと言っただけで逃げ出すぐらいなんだから。 

 まぁ、俺も法律に詳しいわけじゃなかった。

 その時期、法律関係の動画が流行っていてよく動画を見ていた。

 そのおかげでとっさに法律のことを喋ることができた。

 初めて動画見ててよかったと思えた時だったな。


「あの時の女の人って千佳だったのか」

「そうです。まだわたし達が知り合う前の話ですし、気づかないのも無理はありません」


 今の今まで知らなかったが、俺と千佳はすでに二年前に知り合っていたらしい。


「実はあの時、奈々海がトイレに行ったんで待っていたんですよ」

「あ、奈々海もいたんだ」

「はい。瀬尾くんとは出会いませんでしたけどね」


 それから二年後、俺は気づいていなかったが、家に遊びに行った時再開したと。


「ん? でも、俺が神崎家にお邪魔した時、え、誰?って言ってたよな?」

「あー、それは……私もその時は忘れてたんですよぉ〜」

「なんでだよ!」

「でもでも、なんとなくどっかで見たことあるような〜って気がしてたんですよ?」

「俺もそれ思ってたけど、委員会一緒だって奈々海に言われて納得しただろ」

「あはは……それもそうなんですけどね。まぁ、なんやかんやあって昔、瀬尾くんと似た人と会ったなって思い出しましてー、あれ? その人瀬尾くんじゃない? ってなったんですよ」

「なるほどなるほど……。そのなんやかんやが知りたいな」

「まー、それは置いといてくださいな。ちゃんとそんなこと以外にも瀬尾くんを好きになる要素は十分にありますよ?」

「え、そうなの?」

「はい。優しいですし、親切ですし、頼りになります。なにより、気遣ってくれますしね」


 こう、対面で褒められるとなんか照れくさい。

 自分でこうしようと思ってやったことはないけど、他人から見ればそんなふうに感じ取られてるんだな。


「ですから、瀬尾くんが奈々海と別れた今なら告白してみてもいいかなって思って、今に至ります」

「そうだな。確かに彼女がいる男に告っても振られるしかないもんな」

「そうです」

「まぁ、これだけ言っとく。俺はまだ千佳を振ってはいない」

「え?」

「なんか千佳はもう振られた気でいるみたいだが、俺は一度も千佳とは付き合えないなんて言ってない」

「まだ、可能性はあるってことですか……?」

「そうだぞー」

「じゃ、じゃあ、わたしとお付き合いしてもらえますか?」

「うーん、ちょっと待ってな」


 脳内会議開廷!


 さすがに千佳と付き合ってしまえば、奈々海のことがいろいろややこしくなる。

 まだ奈々海が別れようと言った本当の理由を聞いてない。

 もし、奈々海の気が変わってまた付き合ってほしいって言われたら? 二股……。それは倫理的にアウトな気がするな……。

 さて、どうするか……。


「やっぱ、だめかなぁ……?」

「そ、そこをなんとか! お試しでもいいんでぇー! お願いします!」

「え、そ、そこまでぇ? うーん……ま、まぁいいよ? 付き合おうか」

「ホントですか!? やっぱり瀬尾くん最高です!」


 手を合わせてまでお願いされたら、いいよと言わざるを得ない。

 この嬉しそうな顔は奈々海そっくりだ。やっぱり双子なんだな。


「まぁ、どっち道、瀬尾くんに振られたら奈々海の話をするつもりなかったんで、瀬尾くんはこの道を選ぶしかなかったんですよ!」

「うわっ……コイツきしょいな」

「きしょいとか言わないでくださいよ!」

「そう言われても、その発言はきしょいぞ」

「奈々海の話しませんよ?」

「ご、ごめんなさい……」


 ち、千佳って脅し側に立ったら最強なんじゃないか?

 多分千佳に弱みを握られたら、それを交渉材料に使ってすごいことしてきそう……。


「じゃあ約束通り、奈々海のことについて話しますよ」


 それから十分程奈々海の昔話をしてくれた。


 その話の中には、なぜ奈々海が俺と別れたのか、その真の理由っぽい話もあった。

 これで進展があるといいのだけど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る