第15話 約束と告白

 誰にでもある初恋――。ほとんどの人は、初恋の人が誰だったかなんて覚えている人は少ないだろう。

 でも、オレは覚えている。忘れることのないオレの初恋の人。今も好きで、いつも隣にいてくれる、守ってあげたいと思ってる人――。


 オレの初恋の話は、オレが産まれた時まで遡る。が、それは過程の話であって実際恋を自覚したのは小学校頃になる。

 だが、過程を話すことでオレが初恋の人とどれだけ長く、深く関わってきたかがわかりやすくなるのだ。


 ――平成十七年五月二十八日、午前八時二十分。オレは近所にある産婦人科で産まれた。

 出生体重約三五〇〇グラム。身長約五十センチ。平均的な体重と身長で元気に産まれてきたのがこのオレ、坂木さかき悠希ゆうきだ。


 産まれたばかりのオレを優しく母さんが抱きかかえる。

 まだ小さな小さな身体はとてもフニフニしていたそうだ。

 へその緒を看護師さんに切ってもらい、これで完全に母と子が分かれた。 

 そのへその緒は、今でも取ってあるという。


 出産を見守っていた父さんと姉ちゃんもオレを抱いたらしく、その時のことを姉ちゃんは今でも覚えているという。

 やっぱり、初めてできた弟に感動を覚えたらしい。生命の誕生は素晴らしいと。

 当時、幼稚園年中の姉ちゃんに生命誕生の素晴らしさなどがわかったのだろうか。

 ちなみに、オレと姉ちゃんは三歳差だ。


 母さんが退院し、家に帰ってくると、まず母さんの親友に連絡したんだとか。


『無事、悠希を出産できました〜! また咲結さゆの子とも会わせたいね!』


 母さんの親友は、富明とめい咲結さゆさんという。

 娘さんの名前は梓紗あずさ。彼女こそがオレの初恋の相手であり、オレの幼馴染みだ。


 梓紗と初対面したのは、オレが生後二週間、梓紗が生後一ヶ月ぐらいの時だったと母さんから聞いた。

 そりゃ当然物心が付く前の記憶なんぞ欠片も残ってないのだが、オレと梓紗はそんな赤ちゃんの時から関わりがあったのだ。


 うちの母と梓紗の母は本当に仲がよくて、毎週日曜日には、富明家でお茶会をしているほどだ。

 そのお茶会にオレも連れて行かれてた。

 さすがに赤ん坊のオレを一人で留守番させるわけにはいかないわけで、そのため強制的に梓紗んちへ一緒に行くことになるのだ。

 ま、行ったところで赤ん坊のオレは布団で横になってるか母さんに抱かれてるかの二択なんだがな。


 大体オレがお昼寝している時、横に梓紗がいた。

 二人仲良く同じ布団で仲良く寝ていたのだ。


 お互い二歳になると、ちょっとずつ喋れるようになり、歩けるようにもなった。

 まだこの歳で友達という概念は持ち合わせていなかったけど、梓紗とオレはよく梓紗のおもちゃで遊んでいたんだそう。


 二歳ぐらいからはよくオレらを連れてお出かけに行っていたそうだ。

 成長したことにより、遠出も少しはしやすくなり、ちょっと遠くの公園に遊びに行ったり、児童施設的なところや動物園や水族館も一緒に行けるようになり、梓紗たちとよく行っていたらしい。


 三歳になると、ハッキリ喋れて歩けるようになっている。

 そして、三歳と言えば、幼稚園デビュー。幼稚園の写真が綴じてあるアルバムを取り出して、見てみると入園式の写真があった。

 入園式と書かれたパネルの前で梓紗とオレは笑顔でピースをしていた。

 オレと梓紗は一緒の幼稚園に通っていたのだ。


 卒園式の写真もあった。これも入園式と同じように、卒園式と書かれたパネルの前で撮られた写真だった。

 梓紗の顔が少し赤く、目元が潤んでいることから、泣いていたんだろうなと伺える。

 きっと、卒園するのが寂しかったのだろう。

 それに比べ、オレは笑顔で写っていた。

 こういう別れの場であまり泣いた記憶がない。

 

 卒園の後は小学校へ入学。服の裾に白いフリルをあしらった紺色ワンピースを着こなし、水色のランドセルを背負った梓紗は少し大人になったような感じ。

 今見てもこの梓紗はかわいいと思う。


 そして、小学校で思い出深い出来事は色々あるが、最も思い出深いのは、恋を自覚するきっかけにもなった小学六年生のある日のお茶会。


 この日も梓紗んちで親達はお茶会を開いていた。

 その間、オレと梓紗は梓紗の部屋で宿題に取り組んでいた。

 その途中、トイレに行きたくなったため、梓紗の部屋を出て、ニ階にあるトイレへ向かった。

 その時、一階にいる親達の会話が聞こえた。


「悠希くん、すごくしっかりしてきたね」

「ほんとほんと。成長ってすごいなーって思うわー」

「これが悠希くんの六年なのねー。将来、梓紗のことを任せてもいいかも!」

「そんなぁー、悠希でいいの?」

「いい、いい! だって梓紗も悠希くんのこと気にかけてるもの」

「うちもそうだわ〜」


 将来、任せる……。


 その単語を聞いた時、ドキッとした。まだ小学六年生の頭で考えるには難しいことだったが、その話が交際の話ということはなんとなくわかった。

 交際するには好き同士じゃないとだめ、そんなことが頭によぎった。


 オレは……梓紗のことが好きなのか?


 幼馴染みとしてここまで一緒に育ってきた。

 いわば親戚に近い関わり方をしてきた。

 そのせいで、あまり自分の感情に現れなかったが、無意識のうちに梓紗と一緒にいないと寂しいという感情が芽生えていた。

 

 ――これが好きっていう気持ち……。


 今まで気づかなかったこの気持ち。オレはこの時、恋を自覚した。

 素直に梓紗が好きだと思った。アイツがいないと生きていけない。そんなことまで思った。

 それからというもの、少しずつ梓紗のことを一人の女性として意識するようになっていた。


 そんな年の夏。オレは梓紗と二人で花火大会に来ていた。

 水色で落ち着きのある発色をした花柄の浴衣を身にまとった梓紗。リンゴ飴を片手に打ち上がる花火を見る。


「悠希ー! 綺麗だね〜!」


 満面の笑みでこっちを振り向く梓紗。

 これ以上に素晴らしい花火大会が今までにあっただろうか。


 守りたい。この梓紗の笑顔を――。


 梓紗が楽しく生きれるように、精一杯の手助けをしたい。

 これから何年先も、梓紗の隣で花火を見たい。

 たとえ、今すぐに付き合えないとしても、いずれ、絶対に告白してみせる。


 小学生で彼女ができても長続きしない可能性というのは十二分にあると自負している。だから、目安は高校生。

 だが、高校まで一緒とも限らないのだ。


 中学に上がると、オレに親友ができた。そう。暁斗だ。

 暁斗とは中一のクラスが同じで、お互いクラス内で喋っていくうちに仲良くなっていった。

 気づけば、オレと暁斗と梓紗のこの三人がいつメンになっていた。

 今でも思い出す。オレが暁斗をめちゃ警戒していたことを。


 当時中一のオレは、自覚した恋心を抱いたまま、過ぎていく日常を過ごしていた。

 そんな中で出来た新しい男友達。

 ゲイやバイセクシャルではない限り、暁斗が女性を好きになるのは当たり前のことだ。


 それでもし、梓紗に会わせて、暁斗が梓紗のことを好きになってしまったらどうしよう……。


 中学三年間そればかり考えていた。まぁ、それはオレの内心的な話で、決してその警戒心のせいで暁斗と全然遊ばなかったとか、梓紗と喋らせなかったなんてことはなかった。

 むしろ三人でよく遊びに行っていた。

 梓紗に誘われたショッピングや暁斗が行きたいと言った京都観光。オレも大阪に行きたいと言って、三人で行ったことがある。

 関わっていくうちに暁斗は恋愛なんて興味なさそうと感じた。

 警戒しなくても大丈夫そうと頭ではわかっていても、心はその警戒を緩めるのを許さなかった。


 今思えば、一番心的な面でしんどかったのは中学の三年間だったのかもしれない。


 中学三年の卒業式。三人で中学最後の記念撮影をする。


「これで終わりなんだね」

「ああ。色々あったな」

「楽しい思い出ばっかだ……」

「じゃあ、暁斗くん、悠希! 卒業おめでとー!」

「「おめでとー!!」」

「またどこかで会おうね」

「またどこかでか……」

「そんなこと言わなくてもすぐ会えるさ。きっと――」


 今でも卒業式のことはいい思い出だ。


 それから間もない三月の下旬。オレと母さんのもとに一つの連絡が入った。

 それは決して良い連絡ではなかった。梓紗たちが事故にあったという。

 幸いなことに梓紗は無事だったそうだけど、前の席に座っていた親の二人は重症。

 父親より母親の方が怪我が重いらしい。


 連絡を受けてから数日後、オレはお母さんに連れられ、お見舞いに行く。

 痛々しい包帯姿でベットに寝ている咲結さんにお母さんが近づき、お話をする。

 そこで、オレは咲結さんに呼ばれて側に行く。

『悠希くん、これからはあなたが梓紗を守ってあげてね……。悠希くんなら梓紗を任せられるから――』


 耳元で囁かれた。

 そう言われ、オレは「絶対に守ります! それで梓紗を幸せにします!」とここで誓った。


 オレと咲結さんが喋ったのは、この日が最後になった……。


 そして、高校の入学式。


「いやー、二人とも入学おめでとー」


 母親が亡くなり、気持ちがしんどいと思うが、いつもと変わらない梓紗。

 あまりそのことを思い出させるような発言はよろしくないと思い、オレはいつもと変わりなく接した。


「梓紗も入学おめでとうな」

「また三人一緒なわけだ。三年間よろしく頼むよ」


 オレら三人、同じ高校を受験し、見事に三とも合格したのだ。

 ここからまた、同じ制服を着て、同じ空間で過ごす日々が始まる。

 そして、できたら告白も――。


 高二の春。四月の三周目ぐらいだっただろうか。

 暁斗に彼女ができたそうだ。相手はクラスの女子。神崎さんだって言っていた。

 男子の界隈で名を馳せる美少女と付き合うとはスゲーやつだ。


 まぁ、アイツ顔も性格も悪くないからな。彼女ぐらいできるだろ。


 それを聞いた時、心から何か重いものがストンと落ちた気がした。

 

 ――ああ、これでやっと安心して告白できるだ……。


 暁斗は違う人付き合った。これで、梓紗を狙ってるかもしれない奴はいない。

 オレは、告白までの計画をちょっとずつ立て始めた。


 五月もそろそろ終わりが見えてきた頃。オレは十七歳の誕生日を迎えた。


「悠希、おめでとう! これプレゼントだ」

「おっ! マジか! サンキュー」


 暁斗が登校中にプレゼントを渡してくれる。


「はい、私からも。私からは手作りのカップケーキ」

「梓紗手作り!?」

「うん? 何か変だった?」

「い、いや。何でもない」


 いやいやいや。嬉しすぎる。誕生日プレゼントを貰えるだけでも嬉しいのに、それに加えて梓紗手作りのカップケーキだと!?

 最高かよぉー!


「ちなみに味はトロベリーとャラメルだよ」

「絶対うまいやつじゃん!」


 この時のこれは気づいていなかったが、このカップケーキの味に隠し言葉があったというのだ。

 また梓紗も回りくどいことをして気持ちを伝えてくるなぁ……。

 まっ、これで告ろうって決心がついたんだ。結果オーライってやつだな。


 告白をすると決めた日の昼休み、オレは、放課後に屋上に来て欲しいと梓紗にルインで送った。

 するとすぐに既読が付き、キャラクターのグッドスタンプが送られる。

 まだ、告白する前だっていうのに、もう心臓バクバクだ。


 放課後、暁斗にも応援され、後は勇気を出すのみ。

 屋上が近づくにつれ、自分でも感じる鼓動の速さ。

 いつもの三倍は速い。


「悠希ー!!」

「うわぁッ!!!!」

「え、え? なになに、驚きすぎでしょ? 私、ただ声をかけただけなのに……」


 普段の何もない日だった「おう、梓紗」ぐらいの返事で終わっていたのだろうけど……。今のこの緊張具合で急に名前を呼ばれたらびっくりする。

 さっきのは死んだかと思ったわ。


「い、いやーちょっとぼーっとしててさ」

「ふーん」


 オレの横をゆっくりと歩く梓紗。とうとう、緊張がピークになろうというところで、屋上に到着した。


 あぁ……、外の空気が美味しい……。


 オレは思いっきり深呼吸をして心を落ち着かせる。


「こんなところに私を呼び出した理由は何かなー?」

「あー、うん。それはだな……」


 大丈夫だとわかっていてもそれ以上の言葉が出てこない。


「……。ねぇ、悠希は覚えてる? 私が川で溺れかけた時、周りにいたどの大人よりも、早く、川に飛び込んで私を助けてくれたこと」

「あ、あぁー。そんなこともあったな。確か、中一の……」

「そう。あの時はホントに死んだかと思ったよ。軽い走馬灯も見えてた気がするし。でも悠希が真っ先に助けに来てくれたから助かった。あの時は嬉しかったなー。誰も飛び込んでこない中一人だけ私に向かってくるんだもん」

「考えるより先に身体が動いたんだ……助けないと梓紗が危険だからって……」

「その時の悠希はめっちゃかっこよかったよ。今まで一番ときめいた瞬間だったかも」


 あの日は気温三十度を超え、いわゆる真夏日だった。

 そこで提案したのが川に行って涼まないかということ。

 オレらはちょっと遠出をし、川遊びのできる川へと行った。

 キャンプ場が併設されており、家族連れでバーベーキューしたり、テントを張っている人など様々な人達がいた。

 オレ達は水着に着替え、川遊びを楽しんでいた。

 途中、オレと暁斗は飲み物を飲みに行くために一旦川から上がった。

 飲み物を飲み、帰ってきた時、梓紗が急に沈んだ。

 慌てたようにバタバタと手を動かしゴボゴボと何かを言っている。

 立てば足はつくけど水位が腰以上の高さのこの川。

 そんな川で溺れることはないはずだ。多分、梓紗は足をったのだろう。

 オレは急いで川に飛び込み助けに向かう。溺れかけている梓紗の手首を掴みそのまま抱きかかえて陸へと上げる。

 幸いにも命に別条はなく、少し休んだら足も治ったみたいだった。


 というのが、さっきの話の全貌だ。


「――だからね、何が言いたいかっていうと、悠希は私の命の恩人であり、私の幼馴染みでもある。だから、心配なんてしなくていい。私に気を使わないでいい。ただ言いたいことを言いたいたいタイミングで言ってくれたらいいだよ」

「……」


 もう、恐らく気づいているのだろう。オレが今から告白することに。

 なら話は速い。後は告るだけなんだから。


「オレは、いつも勉強を教えてくれる時の梓紗の横顔が好きだ。いつも笑顔でどんな時でもオレを元気にしてくれるそんな梓紗が好きだ。いつも隣にいられて、ホントに光栄だし、お陰で毎日が楽しい。気づけば、好きが十倍、百倍に増えていってた。だから――。」


 だから、オレと付き合ってほしい。


 そう言い切る前に、梓紗はオレに抱きついてきた。

 ぎゅっと、もう離さないからという言葉を表現で代弁しているかように。固く抱きしめてくる。

 柔らかい梓紗の身体に合わせ、梓紗のぬくもりも直に感じられる。

 

「やっと、言ってくれたね。ずっと待ってたよ」

「遅くなってごめん」


 あの日、約束したんだ。オレは梓紗を守り抜くって、一生幸せにしてやるんだって。

 梓紗のお母さんに――。


 約束守りましたよ、咲結さん……。


「絶対に梓紗を守って見せる。だから、安心してオレに甘えてくれ」

「うん、そうする!」


 数日後、オレはとある墓地に足を運んでいた。

 持ってきた花を飾り、オレは咲結さんのお墓の前に立つ。


 咲結さん、オレ、梓紗とお付き合いすることになりました。あの日、咲結さんと約束したように、絶対に守ってみせます。天国から見守っていてください。


 最後に一礼をして、オレはお墓の前から立ち去った。


 土日が終わり、月曜日。天気は晴れ、朝から太陽が眩しい。


「おーはよっ! 悠希!」

「おはよう、梓紗。朝から元気だな」

「だってー、朝から彼氏に会えるんだし〜」

「いつも朝から一緒だったろ?」

「そうだけどね〜」


 ――そう。オレたちもう、互いに心を通わせる『恋人』なのだ。

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