第14話 彼女と雨予報

 今日は朝から雲行きが怪しい。かろうじて今は青空が見えているが、午後からどうなることか……。

 天気予報では、晴れのち曇りとか言っていた。

 一応折りたたみ傘はカバンに入ってるし、大丈夫か。


 この時、俺はカバンの中を確認せずに家を出て行ってしまった。

 いつも常備しているから、と安心しきっていたが、実はカバンに折りたたみ傘は入っていなかったのだ。

 それに気づくことになったのは放課後のある出来事の後だった。


「おはよー。暁斗君!」

「おはようございます!」

「おはよう、奈々海、千佳」


 いつもの待ち合わせ場所へ着くとすでに二人が待っていた。

 

「いやー、今日も暑いですねー」

「ホントにな。家からここまで歩いてくるだけで汗で身体がベタついてる……」

「この湿気が嫌だね」

「今日は午後から雨予報だから仕方ないのかも知れないけど、夏にこの湿気はマジで気持ち悪い」


 今日の湿度は七十六%だった。そのせいでムシムシと暑い日になってしまっている。

 幸いなことに、いつもと比べて太陽の日差しが弱いのが唯一の救いだ。

 人間って身体を暖める術はたくさんあるんだけども、冷やす術が少ないよねって話をした。

 冬は着込めば着込むほど暖かくなるけど、夏はスッポンポンになっても暑いぐらいだ。服を最小限まで着なかったとしても暑さはそこまで和らげない。

 そう考えると夏より冬の方がいいのかもしれない。


「風も暑いな」

「熱風だね」

「七月の上旬でこれなら八月はもっとヤバいんじゃないですか?」

「そのだろうな」


 まぁ、八月どれだけ暑くても冷房の効いた家でゴロゴロと引きこもっとくから関係ないけどね。


「どれどけ暑くても、冷房の効いた家で引きこもるから関係ないとか考えてる?」

「な、なんでわかった……」

「そんな顔してた」

「そんなこと言って奈々海も家から出ないんでしょ?」

「そ、そんな事ないし! そういう千佳もじゃないの?」

「わたしを奈々海と一緒にしないでよ……」


 部活にも入ってない俺達は、家から出る意味がないから、結局夏休み中は家に引きこもることになるだろうな。


『まもなく、電車が参ります。危ないですから黄色い点字ブロックの後ろまでお下がり下さい』


 定刻通りに電車が入線してくる。入線時に浴びる風も熱風であった。

 電車に乗るとこの時間は席が空いていないことも多く、ドア横で立っていたり、吊り革に捕まっていたりする。

 運がいい時は席が空いてたりする。

 残念ながら今日は空席がない。それに、気持ち人が多い気がする。

 やっぱり、雨予報だからだろうか。傘を持っている人もちらほらいる。


 それから乗り換えも合わせて約三十分程が達、学校の最寄り駅に到着。

 そのまま、学校で決められた時間のバスに乗り、学校へ。

 ここまで来ると、同じ学校の人がほとんどになる。


「それじゃあ、またー」

「バイバイ〜」

「またなー」


 学校に到着し、各教室に分かれる。千佳は俺らのクラスのお隣さん。


 何の変哲もないこの日常に隠し味を加えるとすれば何があるだろうか。

 毎日少し違ったことがあれば、飽きずに過ごせるのか。 

 決してそんなことはない。昨日と同じ日なんて来ない。だから、一日一日が大切な日なのだ。


 下校時間になった。生徒達がそれぞれ、帰宅したり、部活に行ったりしている。

 

 俺が帰る準備をしていると、奈々海に話しかけられた。


「ねぇ、ちょっと私について来てくれない? 話したいことがあるの」

「あぁ。わかった」


 急になんだと思いながらも、奈々海の後ろをついて行く。

 昼とは思えないぐらいの暗さをした廊下を抜けて、校舎裏へとやってきた。ここに屋根はない。ますます雲行きが怪しくなってきているのに……今にも雨が振り出しそうだ。

 それなのにここまで来て……。こんなとこまで来ないと話せないようなことなのか。


「もう、夏だね」

「そうだな」

「今日は曇ってるけどさー。夏は晴れが多いもんね。こういう日が夏は貴重かもね」

「庭の草木には定期的に水をやらないと枯れちゃうかもな」

「だねー。暁斗君は夏休みの予定とか立ててる?」

「今のところ特には立ててない」

「そっか〜」


 これはまだ本題に入っていないのだろうか。それとも、もう本題なのだろうか。


「な、なぁ。なんか話あるんだろ? 雨降りそうだし早めに終わらせようよ」

「うーん……そうだけど……」


 いまいち本題に踏み切れない様子。そんなに話しにくい深刻なことなのか?


「……今から私の言う事は真剣に考えて欲しい」

「わかった」

「この話はね、私達の関係についてのことなんだけど。私達、もう付き合い始めて三ヶ月ぐらいじゃん?」

「もうそんなに経ったか」

「早いよねー。それで、一つ聞きたいことがあるの。暁斗君はこの関係を続けていきたいと思ってる?」

「え……?」


 この関係というのは、多分カレカノの関係のことを言っているのだろうけど……続けていきたいかって……そんなの、まるで別れ話の切り出し方じゃないか。


「人間、それぞれ感じる幸せってのは違う。ある人が感じる幸せがある人に取っては幸せじゃないかも。恋愛において、幸せになれるのは、相性の合ったコンビだけ。例えば、梓紗ちゃんと悠希君」

「ちょっと待て。なんでそこで梓紗と悠希が出てくるんだ」

「二人は、幼馴染みで昔からの付き合いがあるでしょ? そんな二人はお互いのことをよく知ってる。そういうコンビこそ、長続きする関係だと思うの」


 一体奈々海は何が言いたいんだよ。話の筋が一向に掴めない。

 雰囲気的に別れ話なんだが……そんなこと信じたくないな。


「それに比べて、私達の付き合った理由ってとても浅はかだと思わない? まぁ、こんなこと言って、告白したのは自分なんだけどさ」


 奈々海はそこで、あはは、と苦笑いをして見せる。

 だけど、表情ほ暗い。


「お互いよく知らないまま付き合って、これからも、ってなるとさすがにきついんじゃないかなって」

「そんなことないだろ! 世の中のカップルで、お互いのことをよく知って付き合った人の方が少ないだろ!」

「でも、そのカップルは長続きするのかな」

「何年も付き合っていくうちに、お互いの様々なことに気づいて、知って、そこからまた関係が深まるものだろ!」

「うん、そうだね」

「なら――」

「私のお母さんは、告白されて、あまり関わりのない、よく知らない人と付き合って、一回別れてる。その後に会社の同僚でよく飲みにとかも行ってたお父さんと結婚した。そういうことがあるんだよ」

「……」

「私はそんなことで暁斗君の人生を棒に振りたくない。だから今ここでこの関係は終わりにしない?」

「別れようってこと?」

「うん……」


 うつむきながら答える奈々海の顔はこちらから確認することはできなかった。

 でも、どこか辛そうな……そんな感じ。


「暁斗君にはもっといい人がいるはず。私なんかが暁斗君を縛っちゃいけないよ」

「なんで、そんなこと言うんだよ! 俺は、奈々海と過ごした時間が楽しかった。一緒に出掛けたり、喋ったり……絶対に今後付き合っていって後悔することはないはずだ!」

「未来は見えないのに、なんでそんなことが言えるの?」

「この三ヶ月過ごして来て感じたことだから」

「そう思ってくれたことはうれしいな。でも、暁斗君は私から告白されて、よく知らない相手と付き合うって決めたんだよ?」

「別にいいじゃないか」

「しつこいなー。暁斗君は。素直に受け入れて欲しいな」

「当たり前だろ。別れ話なんてすんなり受け入れてたまるか」

「でも、今の暁斗君に私の気持ちを変えることはできないと思うよ。そろそろ雨が降りそうだし、話はこれでおしまい」


 そう言うと奈々海は校舎の中へと帰っていった。

 とても強引な終わり方をした。これは別れてる判定になってしまうのだろうか。


 そうこうしているうちにポツポツと雨が降り出した。

 教室にカバンを取りに行くと、すでに奈々海のカバンはなく、帰ってしまったらしい。


「まぁ、傘はあるし帰れないことはないか」


 久しぶりの一人だな、と思いながらカバンから折りたたみ傘を取り出そうと探るが、見当たらない。

 どこのポケットにも入ってない。


 折りたたみ傘を家に忘れた……。


 「困ったなぁ……」


 駅まで行くのはバスだから大丈夫なのだ。たが、駅から家まで帰る時に困るのだ。

 このままだとずぶ濡れで帰ることになる。


「あれ? 瀬尾君じゃないですか。こんな時間までどうしたんですか?」


 教室に一人でいる俺に気づいて話しかけてきたのは千佳だった。


「いやー……まぁ、色々あって帰るのが遅くなったんだよ」

「そうなんですか〜」

「千佳こそ、今日は帰りが遅いんだな」

「あ、言ってませんでしたね。今日、委員会の用事があったんですよ」

「あ! あれか。うちのクラスは担当に入ってなかったやつだ」

「そう、それです。……あれ? そういえば奈々海の姿がありませんね」

「あ、あぁ〜……奈々海は用事があるって言って先に帰ったんだよ〜?」

「用事? そんなこと言ってなかった気がしますけどね……?」


 そうだよ……妹だからそれぐらいの情報共有はしてるはずだろ……!


「なんか瀬尾君……嘘、ついてません?」

「つ、ついてないぞ?」


 ホントはついてるけど、さすがに本当のことは言いにくい。


「んー? ホントですかぁ〜?」

「ち、近い近い」


 まじまじと近くで俺の顔を確認してくる。千佳って案外疑り深いのかも……。


「まぁ、いいです。瀬尾君はが一人なら一緒に帰ってあげますよ」

「あ、ありがとう……?」


 別に頼んでないし、そのちょっとした上から目線は腹立つな……。


「そういえば、瀬尾君、傘は?」

「忘れた」

「えぇー!! さすがにバスだからってこの雨の中でバス停まで向かうのは大変ですよ!?」

「ち、千佳さん……。ちょっとの間だけ入れてもらえると助かります……」

「しょうがないですね。バス停まで入れてあげますよ!」

「あざす!」


 ほんの数メートル程の距離だが、ポツポツからザーザーになった雨だとバス停に向かうだけでびしょ濡れだ。

 しかし、バス停から駅まではいいとして、駅から家まではどうしようか。千佳は方向が違うからな。

 雨が止むのを祈るしかないか。


「それで、奈々海と喧嘩ですか?」

「いや、千佳がそこまで気にすることじゃないってば」

「なんでですか! 一応、奈々海の妹なんですけど? 姉と何があったのかぐらい聞く権利はあるはずです!」

「こ、こればかりは話しづらいんだよ」

「なんでですか! こっちとら家族の話になるんです! 家族に何かあったのなら理由を知りたいじゃないですか!」

「っ……」


 結局、俺は千佳に奈々海と別れたということを伝えた。


「え! 別れたんですか!?」

「まぁ、そんなところだと思うんだがな……」


 別れた理由がはっきりわからないんだよ、と言うと、千佳にはなんとなく心当たりがあるようだった。


「そうですか……。奈々海はそういうところがあるから……」

「なんか心当たりでもあるのか?」

「ないわけでもないですけど……」

「頼む! 教えてくれないか!」

「え……。別にいいですけど……」

「ホントか! ありが――」

「でも、一つだけ条件があります。明日の放課後、話したいことがあります。それを聞いてくれたら教えてあげてもいいですよ?」


 俺はそれを了承した。

 これで、どうにか奈々海が別れる結論に至った経緯がわかればいいのだが……。


 家の最寄り駅に着くと、すでに雨は上がっており、雲の隙間から青空が顔を覗かせていた。

 

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