第6話 青春の1ページ目
あの放課後から二日経った。
二日しか経ってないのに、陽気がすっかり春になり、外に出ると春の暖かさを染み染みと感じることができる。だが、それと同時にこの地域では、もう桜が葉桜になりつつある。
二日前、一緒に下校していた時、神崎さんが、「もう桜散っちゃってるね。来年はみんなでお花見したいな」と言っていた。みんなで、というのは誰を指すのだろうか。
俺と神崎さん、後は神崎さんの友達のことなのか。それとも家族のことなのか。
話の流れ的に、神崎さんのとこは毎年花見をしてるんだろう。
今年はできなかった、みたいな口調に聞こえたし。
花見は春の行事の一つ。とカウントし、毎年花見をする家庭もそりゃあるだろう。しかし、俺の家はそんなことしない。桜はきれいだけれど、わざわざピクニックしに行こうとは考えない。それに、うちの近くにそういう花見スポットが少ないっていうのもあるだろう。
桜の花言葉は“優れた美人”や“純潔”などの意味合いがあるそうだ。
その花言葉を聞くと、女の子の名前に“さくら”って名前がよくつけられる理由も納得できる。
何故突然そんな話をするのか。その理由は、今日の一時間目にやった国語の内容を思い出したから。
授業では、“花言葉の名前”っていう物語を読んだ。
その物語の主人公も“さくら”という名前だ。
ストーリーは、主人公さくらが自分の名前に込められた意味を探すお話。
彼女は三歳の時に事故で両親をなくし、養子に引き取られて育てられた。
そんなある日、自分の名前の意味を知りたくなったさくらは、ネットや図書館で由来などを探し、辿り着いたのが桜の花言葉だった――。
これだけ聞くとつまらなさそうに思えるがしっかり読むと感動できる物語だった。
国語の内容で読むには十分な物語だ。
「おはっよー。瀬尾君」
「おはよう。神崎さん」
教室に入ると、威勢のいい神崎さんの挨拶が出迎えてくれた。
この元気な神崎さんの声を聞くとどんなに気が沈んでいても、何故だか今日も一日頑張ろうって気になれる。
神崎さんは知らず知らずのうちに人助けをしているのではないか。
「彼氏くんおはよー」
「おはよう、星崎さん……。そろそろその呼び方やめない?」
「んー? 私の辞書にやめるという単語はないなー」
神崎さんの周りに、星崎さんと凪本さんが集まってる。
星崎さんは神崎さんの机の上に座り、凪本さんは神崎さんと椅子をはんぶんこしてた。
如何にも青春ラブコメで出てきそうな構図が今、俺の左側で完成されている。
「そろそろ、って言うけどまだ二日だぞー。最短あと一週間はこの呼び名だな」
「えー……」
「別にいいじゃないの? 実際に私の彼氏だし!」
神崎さんが、凪本さんの髪を三つ編みに結いながら言ってくる。
「お、彼女が呼び名承認か? 彼氏くんどーする?」
「そんな呼び名、承認されてたまるか!」
「ちぇー、彼氏くんノリわるーい」
「そのジト目やめろよ……」
そこは、「彼女に承認されたら仕方ない。彼氏くんって呼んでもいいよ」って言ってほしかったのか。ノリで呼び名か彼氏くんに決定されるのはちょっといやだ。
「あたしはもう、瀬尾くんって呼ぶね」
「ああ。それが一番いい」
「御玖もそっちかぁー……。んじゃ、そういう彼女本人はなんて呼ぶつもりなんですか!」
「えぇ!? わ、私?」
昨日まで。というかさっきまで瀬尾君と呼んでいたじゃないか。付き合ったからと言って呼び方を変える必要はないと思うけどな。
中には下の名前で呼び合いたいってカップルも存在するんだろうけど……。
まぁ、俺は神崎さんに合わせるかな。
「私はね――暁斗……君……? つ、付き合ってるんだし、下の名前で呼んでもいいよね……?」
ちょっと照れながらそう聞いてくる。
「まぁ、いいぞ。じゃあ、俺も奈々海って呼ぼうかな」
「いやー。熱いねお二人さん」
「あたしも彼氏と下の名前で呼び合いたいなぁー」
下の名前で呼ぶことにした俺らを見ながら星崎さんと凪本さんが羨ましそうにこっちを見てくる。
「二人とも可愛いしすぐに相手見つかるでしょ」
「あら奈々海。いいこと言ってくれるじゃないの」
何か急に大阪のおばちゃんが登場した。
この物語の登場人物に大阪のおばちゃんっていたっけ?
「奈々海っちのそういう素直なとこ好きー」
神崎さんの肩をポンポンと叩く星崎さんと神崎さんにもたれかかるようにくっついている凪本さん。
ホントにこの三人は仲がいいなー。見ていてほっこりする。
「わぁ。次体育じゃん。着替えに行かないと」
「マジか。早く行こー」
「行こ行こー。また後でね。せ……暁斗君」
「あ、うん」
今、瀬尾って言いかけたな。わざわざ言い直すぐらいなら瀬尾でもいいんだけど……そうもいかんか。
ロッカーから体操服を取り出し、女子がいなくなったタイミングで素早く更衣をした。
「今日の体育何すんだっけ?」
「確か、体力テストじゃなかったか?」
「うっわー……。だるぅ……」
クラスの陽キャ属性の奴らからそんな話が聞こえてきた。
体力テスト。それは毎年、進級した数週間後から始まる体育の授業である。
種目は、五十メートル走やシャトルラン。反復横跳びや長座体前屈、握力など、様々な能力を計測するテストだ。
俺はB評価以上を取った経験が全くない。今年こそは……と思うが、気持ちでどうにかなるようなことでもない。
実際、去年はC評価だったのだから。A評価などまだまだ遠い。
「やっほー、暁斗くん」
チャイムの鳴る五分前に体育館の方へ到着した。
そこには数名の男女が集まってきており、それぞれ友達とおしゃべりしていた。
そんな中で俺に近づいてきたショートヘアーの女子が一人。
「よぉ、梓紗。今日は五組と合同授業だったか」
「そうだよ」
たまにある合同授業。こういう時間のかかる体力テストとかは一斉に行うため、一時間に二クラスで授業をする。二クラス分の男女が分かれてテストをするため、実質一クラス分の人数になる。
「もしかして、体力テストで彼女にカッコいいとこ見せてやろうとか思ってるのかな?」
「俺の心を読んでやったぜ、みたいな言い方だが……残念。ハズレだ。俺はそんなこと微塵も思っちゃいない」
「ほんとにぃー?」
梓紗と悠希には、奈々海と付き合いを認めたその日にラインで付き合うことを報告している。
俺に彼女ができたことをとやかく言うこともないし、星崎さんみたいに変なあだ名付けられもしなかった。ホントに、いい奴らだよ。
「マジ体力テストは萎える……」
「そんなこと言ってまたすごい記録叩き出すんでしょ? 夏菜は普通に運動神経いいんだから」
「夏菜のその発言はあたしに対する宣戦布告と捉えるよ」
噂をすれば……と言うのか。更衣を終えた神崎さんたちが体育館にやってきた。
既に時間は二分前。もうちょい余裕を持って来いと言いたいところだ。
「おっと、時間もそろそろだし、並ぼーっと。じゃあ、暁斗くんも体力テスト頑張ってね。負けないからね」
「お前もな。梓紗。……ん? 負けない?」
その会話をしているうちに始業の一分前。
そろそろ整列をし始める頃だ。先生も並べーと声をかけている。
“キーンコーンカーンコーン”
丁度全員が並び終えたところで始業のチャイムが鳴る。
それと合わせるように体育係が号令を掛ける。
「気をつけ! 休め、気をつけ! 今から授業を始めます。礼!」
『お願いしますー!』
高校生ともなればもう慣れっこな体育の号令。
いつも通りの行動をいつも通りにこなす。
「今日は知っての通り、体力テストを行う。不正のないよう、しっかりやってくれ」
座れと言ってから説明に入った。
説明と言っても去年もやったことだ。そこまで詳しくする必要はない。そのため、先生も軽く思い出させる程度に説明をする。
今日やる種目は、握力、長座体前屈、立ち幅跳びの三つ。時間が余れば上体起こし。というメニューらしい。
これを効率よく回り、五十分で終わるように心がける。
「男子は先に握力。女子は長座体前屈から始めてくれ」
体育係が体育倉庫から握力計を四つ取り出してくる。
「端から順番だからなー」
なら、俺の番まで少々時間があるな。
ふと、女子の方を見てみると、奈々海と梓紗が一緒に喋っていた。
一体何を喋っているのだろうか……。
◆ 奈々海と梓紗の会話
「初めまして、ではないけど、こうやってしっかり話すのは初だね」
そう言って私に話しかけて来たのは、暁斗君のお友達。
「あ、富明さん」
「梓紗でいいよ」
「じゃあ、梓紗ちゃん?」
「あはは。それでもいいよ。私は奈々海って呼ぶね」
「うん」
しっかり話すのは初めてだけど、印象はいい。悪い人じゃなさそう。まぁ、そりゃそうか。
「改めて。いつも、うちの暁斗くんがお世話になってます」
ペコッと軽く頭を下げてくる。
「あ、はい……。じゃなくて! 梓紗ちゃんは暁斗君の親か!」
「あははは。奈々海、ツッコミ上手いね」
「そ、そう……?」
ボケもツッコミもあまりする機会のない私でもセンスはあるのかもしれない。
「私とせ……暁斗君が付き合ってること知ってるの?」
「うん。暁斗くんから報告もらってるよ」
やっぱり暁斗君も仲のいい友達には報告してたんだねー。私と一緒だ。
「まぁ、おしゃべりはこの辺にしておいて、体力テストやるかぁ〜……」
「そうだねー」
このまま喋り続けるのかと思ったけど、やっぱり真面目だなー。口調からも窺える通りだよ。
私は梓紗ちゃんの真面目具合に関心する。ちょっとは見習わなければと思った。
「梓紗ちゃん、長座体前屈は自信ある?」
「もちろん。私、こう見えて体柔らかいから」
そう言って、壁に背中と肩をつけて座り、長座体前屈を計測する器具に手を置き、器具をぐーんと前に押す。
「記録、50.23cm」
「どうよ!」
「なかなかやるねぇ〜」
そして、次は私の番。
「記録、48.12cm」
「あぁぁー! 五十cmいかなかったぁぁぁー!」
「私の勝ちだね」
「え!? これ勝負なの!?」
「そうだよ!」
「それ、先に言ってよぉー!」
ちょっとズルい……。
「暁斗くんにも勝負挑んできたよー」
「え、ホントに?」
「うん〜」
あ、これ多分、勝手に勝負に参加させられてる感じだ。暁斗君、梓紗ちゃんと勝負してるなんて知らないでしょ……。
「でも、ちゃんと気づいてるはずだよ」
やっぱり、しっかり勝負しようとは言ってなかったみたいだね。
「一応、今から言ってくるよ」
「うん」
テクテクと握力の測定をしている暁斗君の元へと歩いていく。
※※※
「記録、三十五キロ」
「まぁ、それくらいか」
「暁斗くん、弱いねー」
「うわっ! びっくりした……。何だよ梓紗か……驚かせるなよ」
横から急に声が聞こえたものだから、警戒心ゼロだった俺は超びっくりした。
「勝負を挑みに来た!」
「あー、はいはい。わざわざ言わなくてもわかってた」
「おっ。さすが三年の付き合いはあるねー」
「だろ」
「あははは。じゃあ、お互いベストを尽くそー!」
そう言って女子グループの方へと帰って行った。
***
「ただいまー」
「おかえり。ちゃんと勝負は挑めた?」
「まーね。さすが暁斗くんだよ。私が言うまでもなかった」
三年間付き合ってきてるとわかるもんだね、と続けて言う。
暁斗君は梓紗ちゃんの性格ややりそうなことを全て把握しているのだろうか。
案外そういうところしっかりしてそうだし。
「あ、男子が握力終わったぽいねー」
「ホントだ。次は立ち幅跳びみたいだね」
「じゃあ、今度は私達が握力か」
「握力は自信ないかも……」
「え、奈々海握力とか強そうなイメージだったのに」
「梓紗ちゃんの中で私はどんな風に見えてるの……?」
軽口を飛ばしながら握力の計測をしていく。と言っても順番がある。右から左へ来るから私はもうちょいあと。
「ふんっ!」
数分で私の番がきて、今絶賛計測中。
「奈々海っちの記録は二十キロ」
「そんなもんかー」
「ちなみにあたしは二十五キロだったぞっー!」
「何のマウントかな……?」
御玖は二十五キロで満足してるっぽいな。御玖って結構運動できる方だもんね。
「奈々海は何キロだった?」
その時丁度梓紗ちゃんも終わったみたで私の記録を聞いてくる。
「梓紗ちゃんこそ何キロだったの?」
どうせ私の方が低いから同じ質問を投げ返してみる。
「私はね、二十三キロだよ」
「えー。いいな〜。私は二十キロだったからさ」
「かわいいねー。奈々海」
ちょっとからかうような口調で私に言ってくる。
「奈々海はスポーツ得意?」
「うーん……普通かな?」
「そうなのかー。私は結構好きだけどね。スポーツ」
その後、女子って胸があるから走りにくいよねって話になり、確かに梓紗ちゃんの胸が大きいね。とかと言っていたら、奈々海も大きいでしょ。と言われた。
自分のバストは覚えているが、これは高校生女子の平均ぐらいだったはずなのにな。
梓紗ちゃんにバストを聞いてみると私より大きかった。
梓紗ちゃん、スタイルいいし胸も大きかったら怖いものなしじゃんねー。顔もかわいいし。
◆ 体力テストの結果
数日後、体力テストが全て終了し、計測点の合計を出し、記録用紙を提出した。
その翌日には記録用紙が返却され、今教室の前でそれぞれの結果発表を行っている最中だ。
「せーの」
「「「はい!」」」
せーので記録用紙を表に向け、それぞれの点数を確認する。
「おお? C、B、Cってことで、勝者はー! 奈々海でーす」
「やったー」
「くっそぉー!」
残念ながら勝負で勝つことはできなかった。点数的には梓紗と一緒だ。これでマウントを取られる心配はない。
「てか、女子と男子では点数配分の差ありすぎだろ!」
「まぁまぁ。気にしない気にしない」
とんだ野郎だ。それをわかった上で勝負を仕掛けたのだろうか。
にしても、これは不公平にも程があるでしょうが。
勝負ってのは公平に全て同じようにするから成り立つものなのだよ。
「じゃあー、罰ゲームで暁斗くん、ストバ奢ってー」
「え、罰ゲーム?」
「うん」
「いや、受けたくないけど? しかもちょっとお高めな罰ゲームだし……」
「じゃー、カルペス一箱でいいからさぁー」
「それ梓紗が欲しいだけだろ」
「……」
言葉がなくなった梓紗。図星だったのだろう。
「一個は……」
「無理。一個ぐらい自分で買え」
「えぇー……。私金欠なんだよぅー」
人の金事情とか知らんわい。
金欠でも十二円ぐらいはあるだろうに。十二円あればカルペス一つは買える。
「じゃあ、暁斗君の罰ゲームはねー」
「え、奈々海が決めるの?」
「私とデートする!」
「「……」」
梓紗と俺はまさかの罰ゲームに唖然とする。
それと同時にそれは罰ゲームなのか。という疑問も湧いて出てきた。
「それならいいでしょっ?」
ニコニコと俺の方を見つめてくる奈々海。
その目は俺なら私とのデートを断らないでしょ?という何か信頼されてるようにも受けて取れた。
「わかった。じゃあ俺の罰ゲームは奈々海とデートってことで」
「ちょちょちょ! それじゃ私に得ないじゃん!」
教室へ帰ろうとする俺の袖をぐっと引っ張ってくる。
「勝ったのは奈々海だろ?」
「そうだけど……」
「なら奈々海が罰ゲームを決めても問題ないじゃん」
「まぁ……」
何故梓紗がそこまで罰ゲームを決めるのに必死になっているのか。何か裏でもあるのか。それは全くわからなかったが、梓紗に限ってそんなことはないだろう。
「チャイム鳴るよー」
奈々海が教室の窓から顔を出して言う。
「ほら。チャイム鳴るってよ」
「しょうがない。認めるしかないかぁー。まっ、デート楽しんどいてよ」
そう言い残して、自分の教室へ帰っていった。
その罰ゲームがいつ執行されるかは、まだ不明だ。
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