第4話 手紙と屋上の告白① 瀬尾の場合

「よいしょっと。……お?」


 朝、登校してきて下駄箱を開けると、中に上靴と手紙が入っていた。

 基本的に下駄箱とは靴をしまっておくもの。郵便ポストの様に手紙を入れるところではない。

 誰かポストと間違えて入れてしまったんだろうか。後でちゃんと、ポストに入れといてあげよう。


 そんな考えは、頭を落ち着かせるための茶番にすぎない。こんな赤くもない学校の下駄箱をポストと間違えて手紙をいれるのはアホとバカの極み以外で流石に誰もいないだろう。

 しかも、下駄箱に入っていたのはピンク色をした封筒。

 そう。これは紛れもないなのだ。

 俺に? いやいや。あるはずがない。きっと、入れる下駄箱を間違えたなー。しっかりしてくれよ。他人にこんなの見られたら恥ずいぞ? 今回俺は見なかったことにしてやるけどなー。


「誰の下駄箱と入れ間違えたんだー?」


 ちょっと差出人には悪いと思ったが、正しい人の下駄箱にこの手紙を入れるために中身を拝見させてもらった。


『瀬尾君へ 今日の放課後、屋上に来てください』


 なんだ。瀬尾の下駄箱かー。瀬尾の下駄箱はここだぞ。もう間違えるなよなー……あ。


 そこは、紛うことなき自分の下駄箱。名前の時点で完全に俺宛だ。これは、見なかったことにできないらしい……。


 そこで一つ。率直な疑問が浮かぶ。『え、誰から?』

 差出人の名前はない。今日までに俺と関わった女子はと言えば、神崎さんと梓紗。

 梓紗が俺に恋心を抱くようなことがあるのか? いや、ないな。ってことは……。神崎さん?


 俺は、そんなことありえないと心の中で言い聞かせる。神崎さんとは委員会が一緒で、通常より仲がいいだけだ。そんな感情を抱くことなんてない……はず。

 俺の脳内に倉庫での出来事がフラッシュバックするが、そんなことで好きになることはないだろ。


 そう言えば。話は逸れるがこの前、小耳に挟んだことがあるんだ。

 この学年にはがいるらしいのだ。俺も詳しくはわからないが、周りの距離と雰囲気からしてそれは神崎さんなのではないかと俺は思っている。だとしたらなおさらだ。そんなマドンナとも言えよう存在が俺を好きなるなんて話ありえないだろう。

 そう考えだすとますますわからないが増えるばかり。もうとりあえず保留にして教室に向かうことにした。


 教室に着くと、俺の左の席にうつ伏せで寝ているの神崎さんの姿があった。すやすやと無防備に寝顔を晒す姿はもはや美しいとも言えようか。

 起こしたら悪いなと思い、極力音を立てないようにカバンを片付けた。

 というか、現在の時刻は7時55分。まだ、登校してくるには早い時間帯。教室にも俺と神崎さん以外誰もいない。

 俺は今日日直だったので早めに登校して来たのだが、神崎さんがこんなにもぐっすりと寝ていることを考えれば、神崎さんは相当早くに学校へ着いてることになる。

 何か用事でもあったのだろうか。


 朝にやる日直の仕事は、明日の時程を教室の後ろにある黒板に書くことや前の黒板の日付変更、ついでに黒板の掃除。そこまで早く登校する必要もない仕事内容だが誰もいない教室でゆっくりと朝日の差す教室で仕事をできるのはとても気持ちいいものだ。俺はそのような環境が好きだから、日直の時はいつもこれを楽しみにしている。でもまぁ、今日は一人先客がいたけれど。


 起きる気配のない神崎さん。俺が日直の仕事をしてる物音でもぴくりともしない。ホントにぐっすりだ。レム睡眠ぐらい行ってるんじゃないか?


 8時05分。日直の仕事をやり終え、席に座ってぼーっとする。

 静かな教室は眠気を誘ってくる。神崎さんが寝てしまう気持ちがちょっとわかった。

 俺もうつ伏せになってみると、睡魔が一気にやってくる。朝礼始まる前に誰かが起こしてくれるか、そう考える前に俺はすでに寝落ちしていた。寝ている間はどんな不安も心配も忘れられるから幸せだ。


“キーンコーンカーンコーン”


 チャイムの音で目が覚めた。神崎さんは俺より先に起きてたらしい。


「あ、瀬尾君。おはよー」

「おはよう……神崎さん」


 この“おはよう”は今、俺が起きた時の挨拶と朝の挨拶と混ざっているんだろうな。


「朝から寝るって、瀬尾君は寝不足かな?」

「それは神崎さんもだろ?」

「違いますぅー。決して私は寝不足ではありませんー!」


 じゃあ、なんで寝てたんだよというツッコミはあえて入れなかった。「そうですか……」と返してこの話を終わらせた。この寝不足の話は色々とめんどくさそうだったから。

 俺も決して寝不足ではない、はず。この時期の陽気はまさに昼寝にもってこいである。朝もほんのりと温かい。眠気もそそられるものだ。もしかしたら俺にはロングスリーパーの気質があり、今の睡眠時間じゃ足りてないと言う事もあるのかも知れないが、自分でそれを実感したことはない。


「今日、神崎さんいつもより登校してくるの早かったね」


 話題を変え、今日俺が教室に着くとすでに神崎さんがいたことに関して聞いてみることにした。


「あー……。ちょっと用事があってね?」


 ちょっと答えるのに躊躇した感が感じられた。


「そんな早くから学校に来て済ませる用事だったの?」

「まー、人がいない方がやりやすいから……いや、別にいても良かったんだけどさー……」


 反応が怪しすぎる。もはやこれは確定ではないか? もしかして、気づいて欲しくてわざと怪しく振る舞ってるのか?


「日直は朝礼頼んだ」


 教室に入ってきた担任の先生からそのように言われた。


「あ、はい」


 すぐに反応し、朝礼の司会をしに前へ出た。足早に朝礼を終わらせさっさと席に戻る。


「今から私は課題をしようと思うの」

「うん」


 俺が席に戻ると、神崎さんは数学と英語のワークを机の上に出し、課題する準備をしている。


「そこで! どっちから先にやったらいいかな?」

「いや、好きにしたらいいと思うけどな……」


 わざわざ隣の席の奴に聞くまでもないこと。一人で決定してほしいものだ。

 他人に決定権を渡すなよなと思う。


「じゃあ、数学やろーと」


 そう言って課題のページを開け、かわいいカラーのシャーペンを持ち、問題集に向かう。

 すると数秒後。


「わからん! やーめた」


 数学のワークを閉じ、次は英語のワークを開き、取り組み始める。


「あ、あいはぶびーんとぅうきょうと?? わっとあーゆーどぅーいんぐ??」


 中学レベルの英語からわかってない様子。その実力でどうやって受験受かった。


「か、神崎さん。そのレベルの英語力でどうやって受験受かったんだよ……」

「それは、裏金で……」

「は!?」

「あははは。うそうそ。さすがにそれはないから。マジでびっくりしないでー」


 一瞬マジでびっくりした。神崎さんは裏組織の女かと思ったわ……。


「ホントは一夜漬けでやった。英語はね。苦手過ぎてさー、外国の言葉」


 英語が苦手な一人は単語を覚えるのが苦手な人や文法がちんぷんかんぷんな人など、様々だ。結局、言語というのは暗記とセンスだと思う。


「一夜漬け!? ちょっと無理あるくないか? 結局解けたのかよ」

「いや、全然?」


 そんなん解けるわけないじゃんと言わんばかりに胸を張って答える。

 なんか腹立つ返し方だけど、何も言わないでおこう。


「何とか他の教科でまかなったよねー。英語はどうしても無理だもん」

「そ、そうか……」


 今の時代、英語ができるのは結構得なことだと、この前社会科の先生が言っていた。

 現在、外国人の観光者が多い観光地で外国語を喋れるスタッフが不足しているんだとか。だから、外国語が喋れると就職はしやすいようだ。

 ちなみに、英語、中国語、韓国語などの日本近辺の国の言語を喋れるといいんだとか。


「だから、私は英語を一切使わない職業に就くのだ!」

「それ、なかなか限られてくるね……」


 自由に仕事選びできないんじゃないか? 英語を使わない時点で英語教師は無理だろ。キャビンアテンダントも観光案内も無理だ。

 でもまぁ、声優や女優、Vtuber、モデルとかはできるけどな。……いや、案外大丈夫なのかもしれない。


「まぁ、そんなことは置いといて……1時間目、英語の小テストだぞ?」

「はぁー!? それもっと早く言ってよぉー」


 机の中から英語の教科書を取り出し、小テストの対策を始めた。だが、しかし。教科書を開いた数秒後、始業のチャイムが鳴る。


「あっ……」


 絶望の表情と声が出る。

 この世の終わりみたいな顔をしているが、こんな小テスト如きで世界は終わらない。期末でもないのに絶望しないでほしい。

 そもそも、前もって勉強しとけよなって話。


「小テストするぞ。準備しろー」


 先生が前から小テストのプリントを配っていく。


「よし、はじめ!」


 先生の合図と共にみんなが一斉にプリントをめくる。

 まぁ、俺はしっかり勉強してきたからなー。


「ん? あれ?」


 勉強してた範囲と違う……。


「あっはははは。お互いついてないねー」


 1時間目が終わり、業間休みに入った。そして、神崎さんにしっかり笑われた。


「おい、笑うなよ……」

「だって、俺は勉強してるし余裕〜みたいなオーラ放ってたよ? それでこの結果は笑えるでしょー」

「なんでだよ! 実際そんなこと言ってないからノーカンだろ!」


 俺はまだ勉強したんだ。(範囲違ったけど……)それに比べ、神崎さんは勉強も何もしてなかったんだ。俺は努力賞ぐらいもらえるだろ。


「まぁー、いいや。次、移動教室だし行こうよ」

「何かスッキリしないがまぁいいわ……」


 そして、昼休み。


「結局、手紙の件はどうしようか……」


 俺は昼食を食べ終えて暇になったので校内をうろちょろしていた。


「お、暁斗じゃん」

「珍しく何か悩んでるのかな?」


 中庭のベンチで悠希と梓紗が日向ぼっこしていた。


「まぁ、色々あってな」

「話してみ? これでも中学からの付き合いだろっ」

「そうそう。こういう時に頼ってくれていいんだよ?」


 そう言ってくれたので、今日の朝までの出来事を説明した。


「へぇー」

「まさか、暁斗くんが恋愛のことで悩んでるなんて……明日ひょうが降るんじゃない?」

「おい。それ、遠回しに俺がモテないって言ってるよな?」

「暁斗、モテるか?」

「い、いや……」


 うっ……。認めたくはなかった……。


「そんで、この手紙通りに屋上へ行くか迷ってるんだって?」

「うん……」

「行って来なよ。もしかしたら彼女ができるチャンスかもよっ!」

「誰かもわからないのに……イタズラかもしれないだろ?」


 そう。俺が一番恐れているのが“イタズラ”だ。今どきこんなイタズラをする奴がいるのかという疑問も……。


「まさか、梓紗。お前じゃないよな?」

「違う違う。そんなわけないじゃん。私が暁斗くんを好きになる要素どこにあるのさ」

「何か腹立つ言い方だけど聞き逃してやろう……」


 これで梓紗ではない証明が取れた。


「じゃあ、やっぱり……」

「ん? 誰が投函したのか目星ついてんのか?」

「投函って……。まぁ、心当たりは……というか始業式の日から関わった女子は梓紗と神崎さん以外にいないからな」

「ほー。神崎かー」

「高嶺狙いだねぇー」

「俺が狙ってるわけじゃねぇーよ!」


 コイツらといたらツッコミが追いつかんわい。


「話戻すけどさー。とりあえず行ってみたらいいんじゃない?」

「そうだな。文面的にイタズラの可能性はかなり低いと思うぞ」

「今どきのイタズラってすごいリアルだからさ……」

「うちの学年にそこまでする奴いねぇーよ!」


 どっから湧いて出てんだその自信は……。まぁ、確かに悠希の言う通り。うちの学年にこんなイタズラをするほどの問題児はいない。


「そうだ。そうだよな。よし! 決めた。俺、行くわ。屋上に」

「うん」

「彼女できたら教えろよな」

「了解」


 その時丁度、昼休み終わりの十分前を知らせる予鈴が鳴る。


「教室に戻るとするかー。ここ気持ちよかったのになぁー」

「もう、すっかり暖かくなってきてるもんね〜」


 悠希と梓紗はベンチを立ち、校舎の方へと向かう。


「俺は、この2人がお似合いだと思うんだけどな……」


 2人後ろ姿を見ながら自分にしか聞こえないような声でそう呟いた。


“キーンコーンカーンコーン”


 今日最後のチャイムが学校に鳴り響く。それは四時きっかりに鳴る下校のチャイム。このチャイムが鳴った以降は放課後ということ。


「さて。行きますか……」


 神崎さんは「またね」と言って足早に教室を出て行った。ますます怪しさが増すばかり。


 俺は屋上を目指すべく廊下をいつも通りに歩いて向かう。

 夕日の差す渡り廊下はちょっと眩しかった。


“ガチャ”


 覚悟を決め、俺は屋上の扉をゆっくりと、でも力強く押す。


 風に紺色の髪が煽られ、耳元に軽く手を当て、黄昏ている一人の少女が目に入った。


「待ってたよー。瀬尾暁斗君。君は来てくれると信じてたよ」


 ラブコメでありそうな台詞セリフを言うのは俺もよく知っている隣の席の彼女―― そう。神崎奈々海だ。


「やぁ、神崎さん。わざわざ俺を呼び出して何の用なのかな?」

「ふふっ。もうわかってるくせに。茶化さないでよ。意地悪だなぁー」

「そうだな。大体わかってる。けど……予想は予想だ。ハズレるかもだろ?」

「なになに? 私が、瀬尾君と決闘するために呼び出したとでも思うの?」


 落ち着いた雰囲気を乱すことなくボケる神崎さん。だけど、緊張しているのはこっちにも伝わってきている。


「あれを果たし状とでも受けったかな?」

「いや。あれはだろ?」

「アタリ! さすが瀬尾君。わかっちゃうかー」


 シュバッと勢いよく俺の方を指差し、ふむふむと考えるようなポーズをとる。


「朝、下駄箱開けた時は驚いたけどな。誰かが郵便ポストと間違えたんじゃないかってな」

「あははっ。それはさすがにボケ過ぎだねー。赤くもない郵便ポストに手紙入れようと思わないでしょ」

「それもそうだな。……それで? そろそろ本題と行こうか」

「それ、瀬尾君が言うセリフ?」


 苦笑いをし、「うん。そうだね」と頷き、深く深呼吸をする。覚悟が決まったのか顔つきがガラリと変わった。震える手を胸の前で握り顔を上げて口を開く。


「瀬尾君。私は君が好きです。付き合って下さい!」


 人生初の告白をされた。これから俺はどうするべきなのか。はいと言って手を取る? いいえと言って断る? どれが一般論なんだろう。そんなふうに迷っている時間はなかった。俺は、俺の思うままの事を口にする。


「俺はまだ、神崎さんの事をよく知らない。知らなさ過ぎる」

「っ……」


 やっぱりだめだったかと言うように悲しそうな表情を浮かべる。

 そんな彼女の手を取り、さっきの言葉の続きを言う。


「でも、神崎さんが俺を好きだと言ってくれるなら、これから知っていく。君の事を――。だから、はい。喜んで」


 こういうことをするのは普通、男女が逆なのかも知れない。だけれど、それはつまらない一般論。これは俺の物語であり、ありふれたラブコメではない。俺にしか語れない。俺にしか味わえない。俺だけの青春ラブコメなのだ。


「も……もぉー心配させないでよぉぉ……!!」


 その場にヘタ……と崩れる。緊張がほぐれ、プラス嬉しさで目のダムが決壊してしまったようだ。滝のように溢れる涙は止まらない。


「ほらほら。かわいい顔が台無しだぞー」

「だ、誰のせいよ!」


 俺のせいです。


 俺はハンカチで神崎さんの涙を拭い、今度は俺が手を差し出した。


「これからよろしくな。神崎さん」


 俺は手を差し出す。


「こちらこそ……瀬尾君!」


 二人で笑い合い、まだ薄明るい四月の青空を眺めながら屋上を後にした。


 俺が主人公で神崎さんがヒロイン。そんなラブコメがここから始まるのじゃないかと思うとワクワクする。登場人物はこれから増えるのだろうか。ストーリーはどんな感じなのか。今から楽しみだな。


「これが、青春なんだね!」


 神崎さんは、俺が人生で見たことある笑顔の中で一番の笑顔でこっちに顔を向け、そのように言った――。

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