転機はいつも気まぐれに3
この国、バズ・ア・ランド王国は広大な土地を所有する国である。しかし、その国土の三分の二は山岳地帯と平原で形成されており、人が住める場所は首都近くに限られている。首都から少し離れるだけで、森と山が広がり、小さな村が点々とあるだけだ。
基本的に小さな村は第一次産業(放畜や狩猟)からなる収入で生計を立てている。そう、中心部から離れればすぐに田舎なのだ。しかも、王都に入るためにはある程度の本人又は家の実績や血筋がないと入る事はできない。田舎暮らしの少年少女が上京したいと言っても簡単にはできない。しかし、奴隷商と結託し、王都内に入ることもできるが、後ろ盾のない人間が王都で生活するのはとても難しい。この国は才能よりも代々続く血筋、歴史による実績を重んじている。そのため、古くから国王に支えている家が絶対的な力を握っている。叛旗を翻そうにも、旗を握る前にその夢を絶たれてしまう。身内が謀反を起こそうものなら一族全員でその罪を償う事になる。そう言った圧政により、この国は血筋のある者だけが肥え、才能ある者が痩せていく。それが私達が生きる世界だ。
その中で騎士とはかなり上位の存在だ。騎士になろうにも後ろ盾や血筋を必ず見られる。それが無いものは兵士と呼ばれ、騎士よりもランクが数段落ちてしまう。兵士に指揮権はなく、騎士の指揮の下、騎士の手足のように動かねばならない。無能な騎士団に充てがわれれば命の保証はなくなる。
そんな騎士がこの辺鄙など田舎に来ている。しかも小隊として、指揮官と魔術師も連れて。
騎士一人で兵士十人分の力があると言われている。それは彼らが着ている鎧に、身体強化の魔術がかけられているからだ。どんなに優秀な兵士であっても、無能な騎士には勝てない。そういう風に上手くできている。
話を戻そう。
そんな騎士が三十人近く、山と森と池しかない、酒場も武器屋もない、娯楽施設なんて何にもない、こんな辺境の地に来ているのは、どう考えてもあり得ない事なのだ。
百歩譲って兵士三十人ならまだ理解できる。謀反の疑いがある、王都に納める献上品の量を増やせなど、民をいびるのは下っ端の仕事だからだ。
しかし、私達の家は燃やされた。そして、まだ何もしていないのに、私はグウと共に攻撃され死にかけた。こちらから攻撃を仕掛けていたのなら弁解の余地はない。
しかし、まだ何もしていない。こちらに敵意はなかった。にも関わらず奴らは遠距離の魔術攻撃を仕掛けてきた。何故?
主人様と何か関係があるのか?
私は何度も頭の中の情報を整理し、思考を積み重ねたが答えは出なかった。
レンズから入ってくる、奴らの位置情報も変化なく、しかし、主人様とみのりさんの姿だけは捉えることができなかった。
この森の中に沢山配置してあるレンズ、とは言え数に限りはある。逃げ隠れるうちにその死角に入ってしまったのだろう。と私は勝手に解釈していた。
風のように駆けるチーは私の思考の整理より早く、広場近くの木の幹に姿を隠した。木の影から広場を眺めるとそこには、倒れた騎士と長柄の武器を地面に突き刺し、その柄にもたれかかる様に座り地面を見つめる少女がいた。その周りに鎧を切り裂かれ横たわる騎士が四人いた。
ことはがチーの手綱を引き、広場の中央に向けてゆっくりと歩き出した。
一歩、また一歩と近ずくにつれ、長柄の武器にもたれかかる少女から、似つかわしくない殺気を感じた。近づけば近づく程にその重苦しい空気に意識を失いかけた。私達は声を掛けることすら出来ず、無言で近づいた。気がついているだろう。でも、少女
は私達の方に顔を向ける事は無く、じっと地面を見つめていた。また一歩一歩とゆっくり歩みを進め、十メートル位の距離になった時、チーの足が止まり、突然唸り出した。
周囲を確認するより早く、私の耳に、金属がぶつかる音、カチカチと言った音が後ろから聞こえた。
考えるより早く、ことははチーの手綱を叩いた。私の視界にはしっかり見えている。青銅の鎧を着込み、白銀の剣を天に掲げ、今にも振り下ろさんとしている騎士の姿が。
瞬きするよりも早く、ハルバートの剣先が鎧に当たり、そのまま紙に穴を開けるかのように軽々と貫いた。
騎士はそのまま後ろに力なく倒れていった。
振り返ると、先程まで下を向いていた少女が投擲後のフォームを綺麗に維持したまま立っていた。
少女は無表情で、目に光はなく、とても冷たい目でこちらを見ていた。
一拍の間を開けてから、少女はこちらに向かって歩き出し、私達の横を通り過ぎると、機械的に、倒れた騎士からハルバートを抜いた。抜いた際に傷口からは赤い体液が溢れ出した。
少女は剣先に付着した血液を腰につけた布で拭き取ると、私達の方を振り向いた。
また、一拍の間を置いて、少女は私達を見つめ、目元を潤ませた。
「二人とも無事でよかった・・・」
そう呟くと、ハルバートを地面に落とし、少女はへなへなとその場に座り込んでしまった。
私達は、座り込んでしまった少女の元に駆け寄り、
「しおりさんも無事でよかった・・・怪我としてませんよね?」
と私達は心配になり、座り込んでしまったしおりさんの顔を覗き込んだ。
しおりさんは
「体の頑丈さには自信があるから、怪我とかは大丈夫だよ!でもね、すごい怖かった・・・」
と潤んだ瞳で私達の顔を交互に見た。
私達は胸を撫で下ろし、私達側の状況を説明した。
ふむふむと頷きながら、しおりさんの眉間には皺が寄っていた。
「何となく状況は掴めたけど、なんでそんなに騎士が出てきているんだろう?」
と現状で一番の謎を、しおりさんも疑問に思っていた。
「しおりんは、家に向かう途中でこの広場を突っ切ろうとしたら、アイツらにバッタリ会って、そのまま襲われたんだよね?」
とことはが聞いた。
しおりさんが
「そうだよ。でもね、変なんだ。」
とまた、眉間に皺を寄せた。
「騎士ってさ、無駄にプライドが高くて、斬りかかる前でも名乗りを上げたがるはずなのに、何を聞いても無言だったんだよね。」
「しかも、攻撃も騎士っぽくなくて、全員、魔術で姿を隠しながら、不意打ちばっかり。アイツら何なんだろうね」
しおりさんは両手を上げて、私じゃ分かりませんというポーズをした。
騎士は名誉と血筋のために、国に尽くし、戦っている。そのため、戦場で名乗りを上げる者が多い。それは、自身の血がどれだけ優れているか、脈々と受け継がれた血筋の長さを相手にいう事で、相手を萎縮させる効果もある。
先述では、才能がなくても、血筋が長い事が正とされていると言ったが、訂正しよう。
血筋が長ければ、それだけ継承されるの能力は増えるのだ。
例えば、元々「火」の能力に長けた一族なら、他の「火」の能力に長けた家と結びつく事で、より強い「火」を扱えるようになる可能性がある。
一代では扱えなかったとしても、何代も、何代もそれを続ける事により、生まれながらに「火」の能力を持った異能者が生まれる可能性、「火」の能力に関してのスペックや、先代が継承していた能力の継承率が上がる。だから、血筋が重んじられているのだ。まぁ、それとは一切関係無く、最初からフルスペックの「火」を操れる能力者もいるだろう。しかし、家の名前と血筋の長さがなければ上にはいけない。当然だ、代々受け継いできた人間からすれば、そんな奴がいきなり現れて、いきなり自分の地位を奪い去って行ったら面白くないを通り越して、恨みや妬みが生まれ、謀反などの火種になりかねない。だから、この国では生まれが全てなのだ。どれだけ優れていても、才能があっても意味がないのである。
しおりさんが戦った騎士と私達が知る騎士には大きな溝があった。
聞いてもいないのに勝手に名乗るのが騎士であり、国のため、もとい家名のために基本は正々堂々と戦う騎士が、『名乗りも上げず、姿を隠しての不意打ち』など、あり得ない。私のように、誇りも誉れも無いような人間ならわかるが、騎士になれている時点で、そんな選択肢は彼らには存在しないのだ。
しおりさんは話を続けた。
「何より腑に落ちないのが、この五人、全員が武器の使い方が素人なんだよ。騎士だよ?騎士のくせして剣は大振り、槍の突く位置も速度もガバガバ、連携がないのは当然なんだけど、一人一人のレベルが低すぎ、優しい師匠でも、顔を鬼みたいにしちゃうよ」
と少し怒りながら不満を溢した。
騎士なのに、動きは素人、何とも理解し難い事だった。
騎士は家名を背負うことから、修行も相当厳しい。簡単になれるものでは無い。ここに横たわる五人も、騎士であるなら、相当厳しい修行を積んでいるはずだ。いくらしおりさんが特別だと言っても、騎士五人を同時に相手して無傷であったのは疑問だったが、しおりさんが言うことが本当なら、この五人が騎士の鎧を着ただけの素人だとしたら、しおりさんなら余裕だろう。しかし、グウと共に私を撃ち落とした魔術師、あれだけは間違い無く本物だ。遠隔で、尚且つピンポイントで飛んでいる目標に当てる事は、簡単なことではない。確かに、私はあの時、周囲を見るためにその場に留まっていた。でも、完全に停止していたわけではない。少しずつではあるが、移動していた。制空権は取れただけで優位になるものだ。だからこそ、この国も他国も対空戦の魔術や、空戦魔術師、空戦魔導士を血眼になってかき集めている。
何度でも言うが、ここは辺境のど田舎だ。そんな所に対空戦の魔術を持った魔術師を派遣するメリットは何処にもない。
なのになんで?
私達では相手の目的も、このあり得ない状況も理解が出来なくなる一方だった。
私としおりさんが難しい顔をしていたら、
「とりあえず、お兄ちゃんとお姉ちゃんと合流しようよ。お兄ちゃんなら何か知ってるでしょ」
そう言いながら、ことはは、チーの頭を撫で、背中に跨った。
私は大きく頷くと、チーの背中に跨り、ことはの腰に手を回した。
しおりさんは、地面に転がっていたハルバートを拾い上げ、リムーブと呟き、ハルバートを長い鉄の棒に戻した。
鉄の棒を腰に付いた専用の袋にしまうと、
「このまま南下していけば師匠たちに会えるんだよね?」
とチーに跨った私に声をかけた。
私は
「最後に確認してから二十分くらい経っていますが、多分そんなに遠くには行ってないはずです。」
と答えた。
しおりさんが、よし、と一言呟き、勢いよく走り出した。
それを見てことはが、チーの手綱を叩いた。しおりさんを追いかけるように、チーも私達二人を乗せて走り出した。
私は主人様の無事を祈りつつ、一刻も早く、あの優しい声を聞きたい気持ちでいっぱいだった。
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