2-4 『試合は見られると力みがち』
「やんちゃそうな子だとは思っていましたが、まさここまでするとは思いませんでしたね」
「その割には楽しそうだな、フィーネ」
「もちろんです。後輩たちの活躍を見逃す訳にはいきません♪」
アルフォード一行が模擬戦の申し出を受けたと聞いた時はそれはもう驚いたが今となっては心配なんてまるでない。何故なら彼らは一時的とは言えど世界を救って見せたのだ。手練れの構成員は確かにいるが心配はあるまい。
各支部のお偉いさんだったり構成員だったりと様々なギャラリーが訓練場を見下ろす中、フィーネ達は窓際ではなくモニターの前で止まり開始の時を待つ。
「それに、心配なんて彼らには不要な物でしょう。――大丈夫。彼らなら勝ちます」
「……そうか」
自信満々に言うと黒隴は納得してそれ以上の言葉は出さなかった。
他人を強く信頼するだなんて物は、本来ならば時間をかけてようやく出来る事だ。それが出会って二日や三日程度の時間で「勝てる」と信じるのはあまりよくない判断である。黒隴はそういう意味もあって彼らの事はまだ完全には信頼しきれていないのだろう。
だが、フィーネには分かる。
あの三人の間に結ばれた絆を……感情を“触れた”のだから。
そうしていると模擬戦の開始合図であるブザー音が鳴り響いてギャラリーが一斉にざわめきを消し去った。
そしてフィーネ達がいる場所とは別の訓練場を全て見通せる位置にあるフロアからある白衣を着た女性が姿を現した。
『それではこれより、【ヴィールド】と【magic & bar】の模擬戦を始める。立会人は私、ネヴィック=ロースブラアが務める』
「指令……!?」
「なんであんな人がこんな模擬戦に……」
ネヴィック=ロースブライア……。この地下基地をまとめる司令官だ。普段から顔を出さない彼女なのにこの場で出てくるという事は――――。
「なるほど」
新設されたばかりの支部。異常な強さを誇る新入り。そして、その新入りの教育係として任されたのは“精神の支配者”と“存在を隠す上位存在”。
それらの理由をこんな所で知る事になるとは。
「可愛い後輩達を守る為にも気を引き締めないと」
ネヴィックを見つめながらそんな言葉を呟いた。そして、その言葉が聞こえているかのように彼女はこちらを見下ろした。
『双方、実践だと思って挑む様に。それでは――――始め』
その行動をなかった事にするかの様に、低い声で模擬戦の開始を宣言した。
※ ※ ※ [数分前……] ※ ※ ※
「基本の展開はリアの作戦を採用。相手が想定内の動きを見せたのなら各プランに切り替えて行動。情報は無線通信で共有。良いな?」
「うん」
「おう」
模擬戦の開始位置に到着して作戦の最終確認を進める。
相手の情報がジンからしか得られない以上当然想定外の事は起こるだろう。ここへ到着するまでにも調べたが相手になる【ヴィールド】とやらは《リビルド》の中でもそれなりに大きい支部だ。そこの一部の構成員とはいえ、リアと同格の実力を持っている構成員がいない訳ではないだろう。
だからこそ今回の戦闘では連携と精密さが重要になって来る。
「ジン、相手の狙いはまずお前になる。矢面に立たせる事になるけど……俺達が雑兵を倒しきるまで主力からの攻撃に持ちこたえてほしい」
「いーぜ。お前らだって俺のタフさ知ってんだろ」
「頼もしくて何よりだな」
【ブラッド・バレット・アーツ】の一撃を耐えられる人間はそうそういない。ジンなら主力部隊を正面切って受けても致命傷になる事はないだろうが……。
不確定要素なのは喧嘩を吹っかけて来たあの男――――ウィル・バーザンだ。リアが魔眼で見た時に捉えたという“不可思議なオーラ”とやらが気になる。覇気とか気迫とかならまだ分からなくもない。だが魔眼保有者であるリアがそんな簡単なものを見抜けないとは思えない。
であるならウィルが放っていた“不可思議なオーラ”とやらはリアが一度も目にしたことのない別種の力なのだろう。
そう。例えば上位存在から与えられた《天賦の才》とか。
数多くの種族や人材を受けいている《リビルド》だ。それくらいの実力者がポンポンいたって何ら不思議ではない。
だからこそ警戒は怠れない。
「ジン、分かってると思うがアイツ……ウィルは……」
「わーってるぜ。要するに先手で潰すか後手になるなら観察すりゃいいって話だろ」
「分かってるならいいけど……」
「お前らの中の俺ってそんなにバカなの」
別にジンの実力を信頼していない訳ではない。ただ仮にアルフォードの予想通りなのだとしたらジンは必ず負ける。初見の技に対応できるのなんてごくわずかな人でなければ出来ないし、突発的な事象の対処には向いていないのが分かる。
もしウィルが天賦保有者であれば用意した作戦も根底から覆されるだろう。そうなった場合の要はウィルと相対するジンの頑張り次第。
当然、何か異常があればすぐに仙札で伝わるし、仙札越しでジンを援護する事だって出来る。それでもほんの少し物理法則を捻じ曲げる力と上位存在から与えられた能力ではその本質が異なる。やられる可能性は決して低くはない。
「リア、作戦通りに進むのなら俺の援護はいいからなるべく早くジンの援護に向かってくれ」
「うん。私もあのウィルって奴の力には警戒してる。頑張るね」
確認を取るとリアは心意気を露に拳を握り締めた。それだけのやる気があるのなら心配はいらないだろう。まぁ、数少ない友達を侮辱されたのだからやる気に満ちて当然か。
「最終確認だ。ジン、俺達はまずお前を囮にして雑兵を片付ける。アイツの一番の狙いがお前である以上、俺達が到着するまでお前が耐えられるかどうかが作戦の要だ。お前にとってされたくない攻撃もされるだろうけど、なるべく持ちこたえろ」
「おう。そこんトコはばっちり任せとけ」
彼の立場は最も苦しい立ち位置を押し付ける形になってしまっている。それでもジンはVサインで返事をするといつもの気楽な顔を浮かべて見せた。
「とりあえずはこんなモンかな。後は状況によって柔軟にって感じで」
「おう」
「うん」
最終確認も終えたところで訓練場の地形変更も終わったのか、鳴り響いていた蠢くような音が消えている。それを合図に大きな扉が開いて訓練場の姿が露になった。
今回の訓練場……いや、ここまで来たならフィールドと言い換えた方がいいかもしれない。
今回のフィールドは市街地戦を想定した構造になっていて、数多くのビルが立ち並んで見慣れた光景を作り出していた。
「へぇ~、これがランダムに地形を作るって言う……」
「聞いた話でしかねーけど、ここのランダム数は一万を超えるって言われてんだぜ。だからどんなに同じ場所で模擬戦をやっても道を覚えられる奴はいねぇ。完全初見のフィールドでやりあうんだ」
「適応力も試されるってか。面白い」
開始位置から目立って見えるのは立ち並ぶビルと少し奥の方に見える工場だけ。遮蔽物になりそうなものもチラホラあるし、なんなら駐車している車もある。これらを盾にすればそれなりの時間は稼げるだろう。
まぁ、問題は相手が銃撃戦を行う場合にのみ限られる時間稼ぎだが。……というか今回の作戦は時間稼ぎは肝ではないから別にいいか。
『それではこれより、【ヴィールド】と【magic & bar】の模擬戦を始める。立会人は私、ネヴィック=ロースブラアが務める』
「お、そろそろだな」
「よっし、頑張ろう!」
天井から声が響いて軽く腕を回す。リアは拳を鳴らして既に戦闘態勢を整えているし、ジンは腕を刃物の形状にして体調を確かめている。
血法も仙術も問題はない。
さて、ここから大暴れしてやろうではないか。
『双方、実践だと思って挑む様に。それでは――――』
両手首から血を噴射させると身近にあるビルの角へとくっつけるべく弾性を加えて腕を振るう。
『――――始め』
冷たい声とブザー音が鳴り響く。
直後には上空へ飛び出し一番近く、そして高いビルの屋上へと飛び移る。
市街地戦での作戦展開は敵の動向をどれだけ探れるか……つまりどれだけ相手の情報を掴めるのかが要となる。相手の進軍ルートが分かれば罠を設置して手を下さずとも殲滅できるし、仮にそれで倒せなかったとしても先に地形有利を取って置ける。
「すぅっ」
その為にこれほどまでに索敵に特化した言霊もあるまい。
「――――“
直後、頭の中に大量の情報が流れ込む。
地形。流動。匂い。熱。音。etc……。五感の全てで感じられる情報が濁流となって一斉に流れ込んで来て、一瞬だけ激しい頭痛が発生する。まるで頭の中で爆竹が炸裂しているかのようだ。
二千年前にも何度も使ったがこの感覚だけは一向に慣れない。少しでも情報の処理を間違えれば完結しない情報に体が動かなくなるのだ。言うだけの簡単な言霊なのにリスクも秘めているのだから面倒くさい。
が、使いこなせればこれ以上に便利な索敵もそうそうない。
「プランA。展開」
『おう!』
『わかった!』
相手の陣形展開は右翼・左翼に戦力を分けて本隊が真ん中から攻め入って来るという展開になっている。であれば当初の予定通りジンを囮に雑兵を片付けてなるべく早く彼の援護に向かうプランAの方が得策か。
数秒もすればジンが同じように両腕を伸ばして建物にひっつけ、パチンコの要領でアルフォードよりも素早く遠くまで飛び出した。
ビルの屋上から飛び降りて大通りを駆け抜ける。まだ相手の戦力が分散しきっていないうちに倒せればその分ジンの援護へ向かう時間が早まる。雑兵程度なら血法と言霊を用いれば一撃で殲滅できるはず。
そんな考えをしながらも三十人程度の部隊が進行するルートの正面に降り立つと全員が足を止める。
「なっ、何故ここに!? たった今始まったばかりのはず……!」
「意気揚々と走ってた所悪いけど、今は少し不確定要素に備えておきたくてな」
身体からマナを放出して竜巻の様な螺旋を描く。そうして薄青色の薄く透ける光が腕の周囲を旋回すると風を伴い来ていた服を煽った。
組織へ所属できる基準としては一定の戦闘力さえあれば可能のようだったからか、戦闘態勢になってもそれらしい能力や魔術は発動せずに銃口を構えている人達もいる。その分重装備で固めているから正攻法なら少し手間取るだろう。
彼らが相対している人間が普通の人間であれば。
「――“
言霊でインパクトの瞬間を強制的に捻じ曲げ、威力を増幅させる。そうして放たれたマナだけの螺旋はコンクリートや小石を巻き込みながら広範囲に拡散・破壊を繰り返す。
当然相手も抵抗するがマナの螺旋はそう簡単に振り払えるものではない。
だから暴風が過ぎ去った後には、大通りには人影一つもありはしなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
アルフォードに任された敵の数は四十かそこらだ。それも全員が訓練を積んだ軍人相当の実力者。それにたった一人で挑むとなれば無謀も当然。
だがそれも魔眼を開眼してしまえば一人で挑むのがイーブン……いや、ハンデにもなりうる。それがリアという普通に見える少女に与えられた能力だ。
廃工場を模した建物のそこらじゅうから爆発音とざわめきが響く。至る所に設置しまくったブービートラップが炸裂しているのだろう。
学戦の時に主に罠を張る係りを選んだのがここで生かされるとは思いもしなかった。
ブービートラップは主に戦闘継続能力を削ったりするのに用いられる物だ。だが、今回はチマチマと削っている時間はない。あのウィルという男の不可思議なオーラの正体が分からない以上素早く片付けるのが最善。
つまりこの廃工場の中で一気に叩く必要がある。その為にもトラップで道を誘導し大きな広場へ押し込める必要があった。
「ここだ! ここなら罠も仕掛けられない!」
「くそっ! どうやって俺達の動きを読んでるってんだ……!?」
広い倉庫へ誘導された彼らは真ん中に固まって周囲を警戒する。まぁ、トラップで誘導された先にある広場なんて警戒するに決まっているか。
出来ればここで建物ごと天井から崩して生き埋め……にはならない程度で殲滅したかったのだが、持参できる爆薬には限りがあるし、マナで爆薬を生成するにしても数が多すぎる。
よって一気に叩く方法は一つしかない。
「それはね、私達のリーダーが優秀だからなの」
「…………」
自ら姿を現し数メートル手前で立ち止まる。
広場にトラップがあるならそれは大掛かりな物と相場が決まっている。そんな中、本人が出て来たという事はトラップとしてはこれ以上の手がない証明。その意図を察した相手の隊長は杖を振るうと魔術で臨戦態勢に入る。
「私の目的はたった一つ」
魔術師に銃で挑んでも勝ち目は薄い。だが魔眼で相手の魔術の構成や手口を視れる以上対処のしようなんていくらでも存在する。少し強引なのは分かっているが、やはりこういう場面で頼れるのは――――。
「私の親友……私達の仲間を馬鹿にしたあのウィルって奴をぶん殴る事」
右手で中折れ式のグレネードランチャを持ち、左手には魔結晶を持つ。
爆破で敵を撃ち、爆煙に身を潜め白兵戦で止めを刺す……。ゲリラ戦法と呼ぶにも物騒過ぎる戦闘スタイル。それがリアの能力と性格に合ったやり方だ。
「私、結構短気だから」
そう言って引き金を引くと発射した弾が爆発を引き起こして周囲に硝煙を撒き散らした。その後もリロードを繰り返し連発する。
相手は魔術師だから当然防ぐだろう。だがこの攻撃の目的はあくまでも視界の妨害と意識の誘導。硝煙の中、集団でいるのなら拡散するのは愚策だ。だからこそ彼らは否が応でも受け身の姿勢を取るしかない。
そして何より魔眼を使えば相手の一挙手一投足が細くできる分、硝煙に身を隠しているこっちにアドバンテージが大きく傾く。
足音を殺しつつも硝煙の中を駆け抜けると魔結晶を投げつけながらも白兵戦へと持ち込んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
複数の破裂音が鳴り響く中、腕を鞭に変形させて縦横無尽に振りまくる。すると放たれた炎や氷を巻き込みながら雑兵を蹴散らして周囲の建物へと打ち付けた。
斬撃系の攻撃が来ようとも体を硬質化させれば防げる。雷が来ようとも命中する直前に腕をゴムに変化させ盾にすれば絶縁体の効果で身体に雷が走る事もなくなる。
雑兵を蹴散らす。時間を稼ぐ。
それだけなら今ジンがどんな行動をすればいいのかがハッキリと分かる。大玉が出て来るまで雑兵を倒し過ぎてはならない。わざと力を弱めにして相手に依然と何も変わらない強さなのだと認識させ、その刷り込みを成功させた上で大将が出て来た瞬間に全力を出し注意をひかせる。
ここにリアとアルフォードがいない理由を考える隙を与えてはいけない。その為にも思考を制限させるために手加減からの全力で――――。
人の隙間から見えた光を捉えて翳した左腕を硬質化させる。
か細い光は腕に直撃した瞬間、まるで掌から肩まで伸ばした腕を貫かれる様な振動が激痛となり身体へ走った。
「ぃあ゛っ!? ンだこれ……!」
咄嗟に硬質化したとはいえ高度は剛鉄にも劣らないはずだ。それなのに内側まで振動させるような威力の攻撃を出せる相手なんて一人しかいない。
思っていたよりも出て来るのが速かった。流石に大将と雑兵を相手にする訳にはいかないから手早く全力で周囲の敵を蹴散らすと視界が開けた先に木の杖を持ったウィルが視界に入る。
「
「はっ! テメーのそん
「ひゅ~っ。いいねぇ、俺がボコボコにしたい奴ランキング上位に入賞できるくらいの調子乗った眼ェしてんなぁ。分からせがいがありそうだ」
雑兵はいわば体力を疲弊させるための囮みたいな物。硬質化や柔軟化は性質とはいえど持続時間には限度はある。つまり奴は今「弱った獲物を目の前に勝った気でいるお調子者」になっているのだ。
実際に体力はそこそこ削られたし左腕は未だ痺れてすぐには動かせそうにはない。今までの経験上片腕だけで張り合えた時間は……そう長くない。
「分からせがい? もう勝ったつもりでいんのかよ」
少しでもいい。ほんの少し、左腕が痛みから動けるようになるまで時間を引き延ばせれば避ける為に専念できる。
「言っとくが俺はあン頃の俺じゃあねぇ……」
元々ウィルに勝つ打算はない。時間稼ぎ前提に動けというのならやり方なんていくらでもある。そもそも奴の狙いがジンである以上一定の注意は常にこっちに惹かれている訳で……。
「ぞ……」
その分、こっちもウィルにだけ意識を向けてやらなければいけなさそうだ。
「俺もテメーがいなくなってから自分なりに能力教わっててなぁ。丁度いい。新作の実験台になってくれや」
さっきのは熱線かそれらの類の攻撃だろう。細さは小指と同じくらいでも突き出した掌から肩まで貫通するような……内側から振動される様な痛みがあった。
それが体一つ覆い隠す程の威力で放たれるの、流石にヤバくない?
「ドブネズミ」
光が視界を覆い隠す。
それなのに頭の中で自然と走馬灯でも再生しているのか、目の前には排水溝の近くで飢え死にしたネズミの死体を見ていた。
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